七十八話 深く感覚を研ぎ澄まして
魔力の消費量を確認することができれば、おおよそ戦闘時に使う際の回数やタイミングも予測は可能だ。
残る問題が発動の感覚に慣れるだけであれば、わざわざ魔物と戦う必要はない。
コホン、と軽く咳払いをして、小さな三色の精霊のみなさんへと声をかける。
「――みなさん」
『なぁに~???』
「後は星魔法の魔力消費量の感覚に慣れるだけなので、ゆっくり神殿の裏の森で練習しようと思います。あの場所ならば魔物はいませんし、他の方々も訪れないでしょうから」
『わかった~!』
『れんしゅ~!』
『は~い!』
快い返事に、ほっと吐息を零す。
ホーンウルフが現れる前にと、足早に神殿の裏側まで戻り、念のため今回は少しだけ森の奥へと入る。
白亜の壁に背を向け、巨樹の陰に隠れてしまえば、魔法を使ってもあまり目立たない……はずだ。
にじみ出た緊張を、深呼吸をして集中力に変える。魔法を練習する際、別のことに気を取られているわけにはいかない。
凛と前方へ緑の瞳を向け、まずは一度と、魔法名を宣言する。
「〈スターリア〉」
ささやくように告げた魔法名と共に、《魔力放出》による魔力消費の感覚が起こり、刹那頭上に一つの星が出現し――それが流れる前に消す。
さいわい、発動と消去の流れは問題なし。発動感覚に慣れる練習ならば、これだけで十分だ。
では改めて存分に、練習するとしよう!
今回、慣れるという名目で追究していくものは、魔法の感覚だ。
これはおそらく、この【シードリアテイル】という没入ゲームにおいて、プレイヤー各個人によって異なる表現をするその最たるものだと思う。
たとえ同じ言語を使う者たちが、同じ刺激を与えられたとしても、別の表現をつけるところが感覚と言語の奥深さ。
言語面はさておき、この魔法の感覚をしっかりと追究することで、きっと新しいロマンに出逢える……そんな予感がしてしまっては、探っていくしかない!
ふっと口角を上げ、魔法発動における初歩から探ってみることにする。
魔法を発動する際、必ず必要になるスキル《魔力放出》。これの感覚にはもうずいぶんと慣れたもので、ふうっと息を吹きかけるような感覚で周囲へ魔力を放ち、魔法を紡ぐ準備が整う。
では、現在も持続発動している〈ラ・フィ・フリュー〉などの持続系魔法の感覚はと言うと、そよ風が自身の身体から出ていくような感覚を、発動開始時に感じる。以降は特別何かを感じるということはなく、おそらくこの持続発動中の感覚がないという点は仕様なのだろうと、現段階では考えておく。
オリジナル魔法は浮遊感に似たふわりとした感覚があり、そして星魔法は圧力のようなものを感じる。
……なんとも魔法の感覚とは奥深いものだと、反射的に好奇心と高揚感が湧き出す。
「〈スターレイン〉」
おもむろに小声で詠唱し、発動感覚を確かめたのち、すぐに発動終了。
何度か繰り返していくと、感覚自体には当然慣れてくるわけだが……。
「こう……何か、根本的なものを改善できるのでしたら、ぜひとも改善してみたいですね……」
『こんぽんてき?』
『かいぜん?』
『なになに?』
「ええっと、そうですねぇ……」
思わず腕を組み、片手を口元にそえながら呟いた言葉に、三色の精霊のみなさんが問いを発する。
疑問符を飛ばしているみなさんに、少し思考してから答えを紡ぐ。
「例えば、魔法を発動する際に消費する魔力量を減らすことができれば、発動感覚も変わってくるのではないかと思うのです」
「つかうまりょく、へらす?」
ふわっと動きながら言葉を返してくれる、小さな水の精霊さんにうなずきながら、説明をつづける。
「えぇ、そうです。おそらくですが、魔法の発動感覚は、魔力の消費量によって変化しているものだと思うので……。もう少しだけ魔力消費が少なくなれば、星魔法も圧力のような感覚ではなくなるかもしれません」
『おぉ~!』
『すくないの、すごい!』
『すごい~!』
説明の言葉に上がった歓声を聴く限り、不可能なことではないのかもしれない。
精霊のみなさんは、私ができることとできないことを、いつも会話の中で伝えてくれている。今回、否定的な言動がないということは、すなわち――。
「挑戦あるのみ、ですね」
口元にうかべるのは、不敵な笑み。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐きながら神経を研ぎ澄ますように感覚に集中。
《微細魔力操作》を習得した時を思い出し、《精密魔力操作》も加えて細かく深く《魔力放出》で出した魔力を、風を撫でるようなあいまいな感覚から、水の感触を探るような明確な感覚へと変えていく。
もっと……そう、もう少し、この感覚と同じく明確に魔法の感覚をつかむことができれば、少ない魔力でも魔法を発動させることができるかもしれない。
放出した魔力に合わせ、すでに幾度となく星魔法発動時に感じた、あの圧力に似た感覚を少しでもやわらげるようにとイメージしながら、口を開く。
「〈スターリア〉」
魔法名の宣言と共に、ぐっとかかる圧力はやはり、急激に大量の魔力が消費されることに対する反動のようなものだと感じる。
消費……いや、身体の外へと放出された魔力が、頭上のひとところに集まり、魔法を形作り――慌てて、完成して流れ落ちる寸前であった〈スターリア〉を消す。
思わず、ふぅと焦りと安堵が混ざった吐息が零れた。
一応、魔力だけではなく、魔法の感覚も少しつかむことができたと思う。
しかし、感覚に集中しすぎるあまり、あやうく敵もいない森の中に必殺の一撃を流れ落とすところだった。これはさすがに気をつけなければ。
とは言え、もしこの練習で星魔法の魔力消費を減らすことができ、それによって発動時の圧力のような感覚を改善することが可能となれば、この先でもおおいに役立つはずだ。
もしかすると他のすべての魔法も同様に、魔力消費の軽減やもっとするりとした感覚で、発動させることができるようになるかもしれない。
それはなんとも魔法使いらしい、実に魅力的な魔法の使い方ではないだろうか?
――そこにロマンがあるのならば、必ずや成功させてみせよう!
意気込み、今度はしっかりと発動後の消去にも気をつけながら、再び〈スターリア〉を放出する魔力と形作られる魔法の感覚を意識して、発動と消去を繰り返す。
集中をしてつづけていると、時間が過ぎていくのはあっという間。
やがて夜、そして深夜へと時間が移ろい、夜空や周囲の暗さを感じて、一息つく。
これほどまでにじっくりと練習することは、この大地で目醒めてからはじめての出来事だ。改めて、つくづく魔法の奥深さを実感する。
『しーどりあ、がんばってるのえらい~!』
『よしよしする~!』
『なでなでする~!』
「ふふっ、ありがとうございます、みなさん。もうずいぶんと感覚を探るのにも慣れてきましたので、あともう一歩だと思います」
『すご~い!』
『しーどりあなら、できるよ!』
『がんばれ~!』
「えぇ、必ずやロマンを……ではなく、成功をこの手に!」
『わ~~い!!!』
心優しい小さな三色の精霊のみなさんに励まされ、うっかり本音を零しながらもやる気と集中力を再び整えていく。
さてもう一度、と気合いを込めて〈スターリア〉を発動させ――瞬間、しゃらんと美しい効果音が鳴った。
「おっと!」
反射的に声を上げながら〈スターリア〉を消し、集中するために閉じていた瞳を開く。
そう言えば、さきほどの魔法発動時には圧力のような感覚はなく、オリジナル魔法の時のような浮遊感のみだった。
もしや、と思いながら前方の空中を見やり、そこにうかんだ文字の意味を理解して、つい誰にともなくうなずく。
「なるほど、そう言うことですか」
思わず零れた言葉が、愉快気な響きをともない、口元の微笑みは自然と深まった。
空中で光る文字は[《効率魔法操作》]と書かれていた。
サッと開いた灰色の石盤で、スキル一覧のページを確認。
明滅する新しいスキルの説明文に目を通す。
「[魔法操作の一つで、すべての魔法の魔力消費および魔法操作を効率よく発動する。常時発動型スキル]。やはり、魔力消費に干渉できるスキルですね。どうやら魔法操作のほうも、効率よく扱うことができるようですが……」
説明文の理解を進めつつ、おもむろに〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を発動。あまりにも軽やかに、まるで〈ラ・フィ・フリュー〉の発動時であるかのような、そよ風が身体から出ていく感覚と共に小さな円盤状の水の渦が五つ、そばにうかぶ。
それを一つずつ、少し間をあけて前方へと飛ばし消していくと、予想通り明らかに今までとは異なるなめらかな動きが、同様の感覚と共に違いを証明してくれた。
念のため再度〈スターリア〉を発動すると、やはり感覚は浮遊感ていどで圧はなく、左上の魔力ゲージを確認するとオリジナル魔法より少しだけ多い、という量にまで魔力消費も減っている。
これはもう、間違いない――練習は、大成功だ!
頭上に輝く星を忘れずに消したのち、自然と視線を向けた精霊のみなさんに笑顔で両手を広げて掌のほうをかかげると、三つのふわりとした感触が掌にぽふぽふつんつんと幾度も当たる。
『わ~い! できたね~!』
『だいせいこうだ~!』
『わ~い! わ~い!』
「無事に成功できて、嬉しいです!」
歓声を響かせる小さな精霊のみなさんと、仲良くハイタッチを交わしながら、同じく嬉しさで弾む声音で紡ぐ。
満面に広がった笑顔は、きっとこの闇の中でも輝いていることだろう。
やはり――ロマンは大切だ!!




