七十五話 進歩に心を躍らせて
※ウルフが倒される描写あり!
すぅっと消えていく癒しの魔法に、思わず名残惜しささえ感じ、微笑みを小さな苦笑へとかえる。
癒しならば、いつもそばにいてくれている、小さな三色の精霊さんたちがもたらしてくれているというのに、なんとも贅沢なことだ。
改めて見やった生命力ゲージは、しっかりと完全回復していた。
「癒しの魔法も、問題ありませんね」
『うん! もんだいないよ~!』
『いやし、だいじょうぶ!』
『だいじょうぶ~!』
真っ先に答えてくれた、小さな水の精霊さんにうなずきを返しつつ、風と土の精霊さんたちの言葉にも微笑みを返す。
ふと見上げた葉の重なりの先、陽光はその色合いを少しずつ、黄金から橙へと移ろわせている。
そろそろ現実世界でも、夜になる時間だ。
あと二、三回ほど戦い、神殿へと戻ることにしよう。
以前の学んだ教訓を活かし、アースウルフたちの縄張りギリギリから、ホーンウルフの群れを魔法で狙い撃っていく。
水の渦や氷柱を飛ばしていると、突然しゃらんと効果音。
ちょうど倒し終わり、眼前の空中を見ると[《一段階攻撃系属性魔法増加 一》
]と書かれていた。
――瞬間、高揚が跳ね上がるように胸中を満たす。
「これは、まさか……!」
期待で弾む声音もそのままに、灰色の石盤を開き、スキルの一覧から新しいスキルの内容を確認する。
「[一段階にあたる攻撃系属性魔法の出現数が、魔力の安定性に応じて一つもしくは二つ増加する。常時発動型スキル]――」
たっぷりと、間をためたのち。
ぐっと拳を握り、思いを言葉として開放する!
「~~ッついに! やりました!! これは間違いなく、魔法の進歩です!!」
鮮やかなまでに、ぱぁっと笑顔を咲かせていることが、自身でも分かった。
けれども、この笑みをひそめることほど、無粋なものもないだろう。
――なにせ、これは明確な手持ちの魔法の進歩なのだから!!
スキルにより、同時発動できる魔法の数が増えたり、隠蔽できる魔法の数が増えたり、ということも確かに、使う魔法の幅が広がるという大きな進歩ではあった。
けれども、今回は魔法そのものを一段階進歩させるものに、違いない。
「つまるところ、水の渦や氷柱を出現させる一段階目で、今まで三つ出現していたものが四つや五つになる、ということですよね!」
少しでも冷静に理解するためにと、新しいスキルの効果を言葉にしてみる。
これはやはり、純粋な魔法そのものの強化で間違いない。
魔法そのものを強化していくことができるという可能性を、この新しいスキルは証明してくれたのだ!
嬉しさと期待に満ちた高揚感はあふれるばかりで、緑の瞳は幼子のように煌いていることだろう。
『しーどりあ、よろこんでる!』
『あたらしいすきる、いいのだった?』
『よかったね、しーどりあ~!』
「えぇ、それはもう! これは確実に魔法の強さを引き出し、可能性を証明してくれるスキルですから、私としましてはまさに待望していたものです!」
楽しげに声をかけてくれる三色の精霊のみなさんへ、思わず拳を握ったまま力説する。
今はまさしく、ロマンの内側にさらなるロマンを見出した瞬間であり、必然的に心が弾んでしまうことは止められない。
きっと、魔法の可能性は、まだまだ広く深く存在するのだろう。
上がった口角は、しばらく笑みの形から変わりそうにない。それもまた、このロマンに踊る心では仕方がないというものだ。
ふと、遠くに灰色の姿が見え、高揚感をそのままに手飾りをゆらして右手をかかげる。
ありがたくも、さっそく実践する機会が巡ってきたのであれば。
「――試させていただきましょう!」
フッと、喜びの笑みを不敵な笑みへと切り替え、〈オリジナル:風まとう氷柱の刺突〉を発動。
ひやりとする冷風をまとい、すぐそばに氷柱が――五つ、現れた。
魔力の安定性に応じて、二つまで出現数が増えるというスキルの文言通り、〈ラ・フィ・フリュー〉と手飾りのもたらす魔力の安定化により、三つから五つに増加したということで間違いないだろう。
迷いなく、遠くに見えるホーンウルフの群れへと氷柱を飛ばし、次いで水の渦も無事に五つ出現させて追撃。
驚くほどあっさりと、ホーンウルフたちを倒すことに成功した。
「これは……いっそう強く、便利な魔法に様変わりしましたね!」
『つよ~い!』
『べんり~!』
『すご~い!』
問題なく新しいスキルの効果を実感することができ、大満足で言葉を紡ぐ。
もう一戦、鐘の音が鳴るのを聞き流しながらホーンウルフを倒し、ここでも魔法の出現数は五つであることを確認して、笑みが深まった。
予想以上に私の魔力が安定していることも知ることができ、ほくほくとした気持ちで手際よく素材を回収していく。
さて、色々と確認も出来たところで、そろそろ神殿へと戻るとしよう。
時折他のシードリアたちが戦う様子を遠目に眺めながら、再び枝から枝へと軽やかに飛び移り帰路を進む。
遠目に見る限りでは、やはり無詠唱の魔法を使っているシードリアのかたはいないようで、距離を取って戦闘をしてよかったかもしれない。
無詠唱のオリジナル魔法を連発するところを目撃されてしまうと、どうしても目立ってしまっただろうから。
枝の上を行き、食堂裏の森から出ると、パッと照りつけた夕方へと移ろいゆく陽射しの眩さに、片手でひさしをつくる。
脚にまとっていた風の付与魔法を消し、陽光に瞳を細めながらのんびりと神殿への土道を歩み、たどり着いた壮麗な白亜の神殿へと踏み入った。
今日は早々にいつも使っている二階の宿部屋へと入り、ソファではなくベッドへと腰かける。
一度伸びをして、くすぶる高揚感をさっと散らす。
楽しむことは素晴らしいことだが、冷静に物事を見つめる視点も、とても大切なものだ。
ふぅ、と息を吐き、今回の戦闘で改めて感じた、土地の加護について思いをはせる。
魔法の習得や熟練度への影響、それにレベルの上昇にも影響を与えることを考えると、つくづく破格の内容だ。
この里にかけられている加護はいわゆる初心者特典だとして、さらには他の街やその他の土地にも加護自体はかかっているということに、【シードリアテイル】の奥深さを感じざるを得ない。
パッと開いたステータスボードを確認すると、しっかりとレベルを上げることができた証拠として、レベル十八と刻まれている。
私の魔法戦闘がそれなりに効率のよいものだとして、それでも十分なレベルアップと言えるだろう。
自然と微笑みながら、加護と戦闘による輝かしい結果を見つめていると、ふよふよと肩と頭から離れた小さな三色の精霊のみなさんが、灰色の石盤を囲む。
『れべるあがった!』
「はい、順調に上がっていると言えるかと」
『いっぱいあげる~?』
「そうですねぇ……ひとまずは、三十までは上げてみましょうか」
『おてつだいするよ~!』
「えぇ、戦闘の際はまたみなさんのご助力が必要でしょうから、どうぞよろしくお願いいたします」
『は~い!』
『まかせて~!』
『がんばるよ~!』
水、風、土の小さな精霊さんたちと、こうして話すことができるのもまた、そうできるのだと知り学ぶきっかけがあったからこそのもの。
知ることができた幸運に感謝し、それを全力で活用する――それこそが、知識を得た者としての私が目指す在り方だ。
「……しっかりと、この知識を活かしていきましょう」
小さな決意を秘めた呟きを零し、窓から射し込む陽光が、眩さを増して橙色へと変わるのを見つめる。
昼の訪れにもう一度、この居心地の好い里と、いまだ未知を秘めた森を全力で楽しみながら過ごしていこうと、強く思った。
ふわりと微笑み、ちょうど良い区切りに、精霊のみなさんにお礼とお別れを告げ、各種魔法の発動を終了。
寝心地の良いベッドへと横になり、眼前で淡くまたたく三色のみなさんとの束の間の別れを惜しみつつ、そっとログアウトを唱えた。
※明日は、情報掲示板内のやり取りの記録の、
・幕間のお話し
を投稿します。




