七十四話 戦闘巡行で学ぶこと
※ウルフが倒される描写あり!
優雅に上品に、そして心を込めたエルフ式の一礼をして、クインさんの元を後にする。
少しのぞいた書庫には、残念ながら新しい本は見当たらなかったが、今回はそれ以上に貴重な知識を得た。
このエルフの里に与えられている加護を知ったからには、やはり存分に活用しなくては!
昼へと時間が移った空の下、軽い足取りで土道を進みながら、今後の方針を小さな三色の精霊さんたちへと伝える。
「みなさん。この後は少し、森を戦闘しながら回って行きますので、ご協力よろしくお願いいたします」
『は~い!』
『まかせて~!』
『おてつだい~!』
肩と頭の上で、ぽよぽよと軽く跳ねる精霊さんたちに、その動きが気に入ったのだろうかと、愛らしさについ小さく笑みを零す。
土道の両側に並ぶ店を横目に、広場の食堂側へと足を進め、その奥の森へと入り込む。
すっかりかけ直すのを忘れていた、風の付与魔法を脚にまとい――いざ!
「戦闘巡行、とまいりましょう!」
『しゅっぱ~つ!!!』
トンッと地を蹴り、枝から枝へとふわりふわりと飛び移りながら、まずは前方のアースウルフたちのなわばりへ。
少し本来の道を逸れながら進むと、やはり数名の他のシードリアたちが戦っている様子が、先のほうに見えた。
とは言え、まばらに姿が見えるだけということは、やはりエルフの里の中にいるシードリアの総数自体は、減っているのだろう。
一抹のさみしさを感じるが、【シードリアテイル】が最先端の技術と自由度を売りにする新作のゲームである以上、ここからさらにプレイヤーは増えていくはずだ。今は素直に、魔物の取り分があることを喜ぶとしよう。
他のシードリアたちから十分離れた位置の、足をかけた枝の上で幹に手をそえて移動を止め、ざっと油断なく周囲を確認する。
すると、前方に茶色い身体を持つ三匹のアースウルフの群れを見つけ、反射的に口角が上がった。
今回はレベルアップも兼ねて、森の中を戦闘しながら巡り、戦い自体の体験数を積み重ねて行く予定なので、サクッと倒しながら進めるように意識を集中する。
〈ラ・フィ・フリュー〉と共に、戦闘時に備えてずっと隠しつつ展開しつづけていた、〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を、素早く二段階目に移行。
姿は見えずとも、間違いなくアースウルフたちへと飛来して行った水の渦は、ウルフたちの死角から迫り、見事にその身体へ青銀色の軌跡をつけ……三匹共を茶色の風にして搔き消した。
リンゴーンとレベルアップを示す鐘の音が響き――そう言えば、星魔法を試し撃ちした際にも鐘の音を聴いたことを思い出す。
『しーどりあ、じょうず~!』
『たおした~!』
『すご~い!』
「ありがとうございます。牙と魔石を回収しに行きましょう」
『は~い!!!』
三色の精霊さんたちが上げた褒め言葉と歓声に、自然と頬をゆるませながらお礼を紡ぎつつ、まずは素材回収だ。
油断は禁物なので、今度は〈オリジナル:風まとう氷柱の刺突〉を一段階目で止めて《隠蔽 二》で隠してから、前方に見える枝へと軽やかに移動する。
アースウルフたちを倒した場所の地面へと降り立つと、落ちていた二つで一セットの牙と、二つの小さな茶色の魔石をそれぞれ拾い集めて、カバンへ収納。
比較的安全性の高い、巨樹の高い位置にある枝へと上り、ようやくステータスボードを開いて目を通す。
基礎情報のページでは、十だったはずのレベルが十四と表示されていた。
ふむ、と思わず口元に片手をそえる。
初心者特典のような加護が、このはじまりの地である里とその周辺の森にかけられていること。そしてその効能のおかげで、初陣で戦うようなハーブスライムとの戦闘でも、大幅にレベルが上がったのだろう、という部分はすでに理解している。
とは言え、やはりレベルアップの条件に関しては、まだまだ謎が多い。
星魔法の試し撃ちでホーンウルフを倒した際、おそらくレベルは十三に上がっていたのだろうという推測はできる。
ただ、レベル九からホーンウルフを八匹倒して十になり、その後残りの二匹分の経験値がのこっていたにせよ、星魔法の試し撃ちの際に五匹倒して十三になるとは、いったいどういうことだろう?
そこからさらに、アースウルフを三匹倒してレベルが十四となり、今に至るわけだが……。
どうにも、レベルが上がるごとにレベルアップに必要な経験値が、順当に増えているわけではないように思う。
特に、レベル九から十、そして十一から先は明らかに経験値の必要量が違って見える。
もしかすると、レベル十突破までに必要な経験値と、突破後にレベルを上げるために必要な経験値の量は、違うのではないだろうか?
「……やはり、レベルアップに関しては、謎は深まるばかりですねぇ……」
うーんと小さくうなってみるものの、今はまだ明確な答えは出ない。
ならば、と軽く頭を振り、戦闘へと意識を切り替える。
分からないことは、いったん保留。今はやりたいことを、進めよう。
次の敵を求めて、再び枝から枝へと飛び移りながら移動し、新しいアースウルフの群れを見つけて氷柱で倒したり、ホーンウルフの群れを遠くから奇襲したりを繰り返す。
戦闘中に気づいたことは、不思議なことに一歩異なるウルフのなわばりに踏み入ると、睨みつける赫い視線はすぐに外れる、ということ。
どうやら、はじめてのホーンウルフとの戦闘の手前で、アースウルフの近くを通った際に戦闘にならなかったのは、このようになわばりから出たからだったのだろう。
知識をしっかりと吸収しつつ、上手く活かして戦闘をつづける。
幾度か響く鐘の音は後で確認しようと横に置き、ちょうど再び戻ってきたアースウルフたちのなわばりで、何組目かの群れを倒して素材を回収した後。
唐突に、記憶の中のシエランシアさんが紡いだ言葉が閃く。
「そうでした! 私まだ怪我の感覚や状態変化などを、確認しておりません!」
『おけが? するの?』
『いたいいたい、する?』
『いたいの、ためすの?』
「いえ、痛いのを試すと表現されますと、若干語弊があるとは思うのですが……」
つい上げた声に反応した精霊のみなさんの言葉に、反射的に首を振り否定を紡ぎつつ。
……そう言われてみると、今まで自然には負わなかった怪我を、あえて確認しようとしているのだから、あまり強く否定ができないことに気づく。
――決して! そのような趣味があるわけではないのだが!!
とは言え、没入ゲームにおける感覚や状態変化の確認は、やはりとても大切だという考えは変わらない。
一度くらいは実体験していなければ、いざという時にもろもろの対応ができなくなる、というのもまた、没入ゲームあるあるなのだから。
ぐっと拳を握り、気合いを入れる。
「――よし! やはり未知を既知にするための挑戦は、大切です!」
『お~!』
『わ~!』
『がんばれ~!』
「えぇ! みなさんは、しっかりご自身の安全に気をつけていてくださいね」
『は~い!!!』
声音からして、あまりよく分かっていないながらも声を上げてくれたみなさんには、怪我をさせるつもりはないので念のために言葉をかけておく。
元気な返事が響いたところで、ちょうど右側の遠くから駆け迫ってくる、茶色の姿が見えた。
手早く、まずはなるべく安全な状態を確保するため三匹の内二匹を狙い、風の一閃と二匹に当たるように攻撃軌道を調整できた水の渦を当てることで倒し、残り一匹をそのまま迎え入れる。
『ガルウゥ!』
ホーンウルフより小柄で、狼と言うよりは犬を思わせる茶色の体躯が、牙をむいて突撃してくるのを見極め、身体をずらし右腕を伸ばして軽く牙がかすったあたりで左腕を突き出す。
『キャウン!』
左腕には銀の腕輪にかけてある風の盾があるため、その風圧に吹き飛ばされる形となったアースウルフは、それでも華麗に少し離れた地面へと着地した。
ちらりと見やった視界の左上、生命力のゲージは、少し削れている。牙がかすった右腕に感じたものは、押されるような圧と少しの肌寒さ。
――これが、【シードリアテイル】で、怪我をするということか。
当然、痛みとしての認識はない。しかし、それはそれとしてこれが怪我の感覚だということを認識すると、怪我などしないほうがいい、という結論が出る。
ついつい、未知を既知にできたことよりも、初期装備の服がやぶれていなかったことに安堵してしまった。
出方を探るようにうなっているアースウルフへ、お返しとばかりに土の杭でぬいとめ、針の雨を降らせて、あっという間に巻き上がる茶色の風に変える。
素材を回収しつつ、よく考えるとこちらもようやく出番だと思いながら回復魔法〈オリジナル:癒しを与えし水の雫〉を発動。
幾つもの小さな水の雫が右腕へと触れ、その涼しげな感覚に生命力だけではなく、不思議と心まで癒されるような心地になり、口元にふわりと微笑みがうかんだ。
このような癒し効果があるのなら――怪我をしていない時でも、回復魔法をかけてみてもいいかもしれない。




