七十三話 言わぬが花とは言うけれど
思っていた以上に色々と予想外だった、ホーンウルフ討伐の依頼の達成報告も完了し、シエランシアさんに感謝を込めたエルフ式の一礼をおこなってから、広場を後にする。
土道を楽しみつつ、次に目指すのは里の入り口にほど近い場所。
「お次は、クインさんのところへ向かいますね」
『は~い!!!』
元気な精霊さんたちの声に自然とうかぶ微笑みを、好奇心がさらに深めていく。
ようやく――クインさんの示唆の真相を、知る時が来た!
里の入り口に一番近い、蔓の書庫が建つその手前。
緑の葉を茂らせる巨樹の根本に、今日もクインさんは座って読書を楽しんでいた。
「クインさん、よき朝に感謝を」
『おや、ロストシード。よき朝に感謝を』
あいさつと共に声をかけると、若葉色の穏やかな瞳がすぐにこちらを見やり、テノールの声があいさつを返してくれる。
どこか慣れた穏やかなこのやりとりが嬉しく、ついにっこりと笑顔になっていると、座ったままのクインさんが何やらぽんぽんと、ご自身の左側の地面を軽く左手で叩く。
はじめて見る仕草に、なんだろうと小首をかしげる。
すると、穏やかに微笑みをうかべたクインさんが、口を開いた。
『おいで、ロストシード。今日は隣に座って、話をしよう』
再度、ぽんぽんとクインさんが隣の地面を叩く。
優しげな微笑みとその言葉に、ようやく隣に座るようにまねかれているのだと理解した。
足を動かし、クインさんの前を失礼して通りぬけ、隣へと移動してそっと巨樹の根本へと腰かける。
ひときわ大きな巨樹は、クインさんと並んで座っても十分に、その幹にもたれかかることができた。
頭上から降り注ぐ木漏れ日があたたかく、ほっと小さく吐息が零れる。
右隣に座るクインさんをうかがうと、若葉色の瞳がこちらを見ていた。
『今日は、僕に会いに来てくれたのだよね?』
そう問いかける声が、真剣さを秘めているように聴こえて、ゆるんだ表情を引き締める。
「はい。以前のクインさんのお言葉通り、まだしばらくはこの里ですごしていこうと考えているため、こちらへとうかがいました」
『あぁ。君ならばそう考えると感じたからこそ、僕も会いに来るといいと伝えたのだよ』
「そうでしたか……」
紡いだ言葉に、クインさんが穏やかに返す言葉を聴き、なるほどと内心で納得が閃く。
指南役のシエランシアさんもそうだったが、やはりクインさんはまた別格で、とても細やかに鋭く見通す目を持っていると、しみじみ感じ入る。
他でもないそのクインさんが、会いに来るようにと示唆した意味がますます気になってきた。
私の高揚感を察し、三色の精霊さんたちがそわそわと動きはじめる。
煌いているだろう緑の瞳をクインさんに注ぐと、穏やかな表情で一つ、うなずきを返してくれた。
そうして、いつもクインさんの手の中にある、少しくすんだ紅い表紙の本がそっと差し出される。
『祝福を授かりし君にこそ、この本はふさわしい』
「っ!」
テノールの声音が紡いだ言葉に、思わず息をのんだ。
ハッと見つめたクインさんの若葉色の瞳は、木漏れ日の光を受け美しく鮮やかに、その内側にある英知を現す。
――さすがはクインさんだと、反射的に驚愕と感服が胸中に広がっていく。
驚きの理由は、私が祝福を授かっていることを知っているのは、小さな精霊さんたちだけのはずだから。
恩恵はシエランシアさんに見抜かれたものの、祝福を授かっていることを見抜かれたのは、クインさんがはじめてだ。
感服は、私の近い未来をいつも誰よりも察している雰囲気は、以前から気づいていたものの、まさかここまでとは思わなかったがゆえのもの。
緊張を感じながら、差し出された本を丁寧に受け取る。
歴史を思わす、少しざらりとした手触りの表紙には、何も書かれていない。
覚悟を決め、そろりと表紙をめくると――[祝福と加護は、神々の慈愛と恩寵の証]と書かれた一文が、丁寧な字で綴られていた。
想定外であり、予想以上の展開に、思わず口角が上がる。
これは、未知を既知にする絶好の機会だ。それも……かの謎深き祝福と、いまだ未知なる加護というものについての!
とたんにあふれるほどに湧き出た好奇心と高揚感に、深呼吸を一つ。
さっそくと、ページをめくり本文を読み進めていく。
祝福に関しては、知っていることもあったものの、案外広く授けられるものだということを知ることができた。
いわく、ロランレフさんのような神官全員が授かる、回復魔法の効能を上げる祝福があるらしく。これは、神殿で神官になった時点で、広く万人に授けられるものだそうで、多くの人々が名を知る祝福なのだとか。
とは言え、私が夜明けのお花様から授かった祝福のように、神々や古き存在が特別に目をかけて授けるものも細やかに多く、祝福自体は実に多様なものであるようだ。
さいわい、祝福に関してはすでに自らが授かっているものということもあり、比較的問題なく理解していく。
ゆっくりとページをめくってはいるものの、スキル《瞬間記憶》自体は発動しているため、幾つかの祝福の名前とその効能も覚えることができた。
……問題に感じたのは、加護のほう。
古き書物いわく、[加護とはすなわち、土地に与えられる特別な効能を持つ特殊な状態の総称]と記されている。
――この時点で、うっすらと察するものはあった。
あったが、ひとまずと先を読み進めていくと、どうやらこのエルフの里にも加護が与えられているらしい。
その内の一つは精霊神様から与えられている加護で、精霊魔法および風・水・火・土とその派生属性魔法の習得率が上がり、またその効能が上昇しやすい、というもの。
加えて、精霊のみなさんとの親交を結びやすいというものもあるそうで、うっかり真顔でうなずいてしまった。
――どうりで、さくさくと精霊魔法や各種属性魔法を習得できるわけだ。
しかし、ここまでならばまだ納得はしても、驚くほどの内容ではない。
そう思い、次の加護の内容を読み進めて――思わず、声が出た。
「大幅なレベルアップの原因は、これですか!?」
『あはは! 僕もはじめて知った時は、同じ様に驚いたよ』
「で、ですよね……」
うっかり叫んでしまった気恥ずかしさと、隣のクインさんが軽やかに笑いながらも同意してくれたありがたさを同時に感じつつ、そろりと本に視線を戻す。
この里に与えられている加護の、二つ目。
それは、どうやら創世の女神様から与えられている加護のようで。
[すべてのシードリアたちの、それぞれの目醒めの地では、レベルの上昇やスキル・魔法の習得率、熟練度の向上などが、極めて上がりやすくなる]
そう書かれた内容を再度視線でなぞり、間違いなくこれこそがレベルアップの謎の答えだと、確信する。
当然、さきほどの精霊神様の加護と共に、スキルや魔法の習得や熟練度の向上にも、大いに影響を与えていることは明白なのだが。
しかしやはり意識が向くのは、レベルが上がりやすくなるという部分の効能だ。
そうでなくとも、あらゆるものの経験値が入りやすくなる、このような状態には少々おぼえがある。
この里の加護、これはつまり。
いわゆる――初心者特典的なやつではないだろうか!!
閃きに、つい笑みを深める。
この加護の通りであれば、他の地と比べて、はじまりの地であるエルフの里やその周辺の森では、レベル・スキル・魔法全般が、上がりやすく習得しやすいはず。
要するには、ゲームをはじめたばかりのプレイヤーたちにとって、とてもお得な地である、ということになる。
では、他の街には加護がないのかというと、どうやらそういうわけではないらしく。
はじまりの地のその次にシードリアが行くことができるパルの街には、人間族の始祖であり技術をつかさどる技神様が与えた、技術系のスキルや魔法の習得率向上と、熟練度が向上しやすいという加護があるようで。
それだけでなく、なんと全てのフィールドに、存外細かく加護がかけられているとのこと。
身近なものでは、リリー師匠やアード先生のような技術者の作業場などは、技神様の祈りの間に近しいほど、技術向上などの加護がかけられているそうだ。これには、すぐにスキルを習得できた記憶がある分、得心がいく。
ただ、それでもやはり創世の女神様が与えている目醒めの地の加護は、一段とびぬけてとんでもない効能だと感じる。
どうやらこの加護のレベルの部分自体は、レベル三十になると効能の効果が発揮されなくなってしまうらしいが、それまでを初心者特典だと考えるのであれば、十分すぎるものだろう。
里に留まることを選択して、良かったと思える理由が明確に一つ増えたことは、間違いない。
すらすらと読み進めた、紅い表紙の本にびっしりと綴られている祝福と加護の知識は、今後の冒険の日々で間違いなく有効活用できる。
毎日クインさんが大切に読みつづけている意味が、ようやく少し分かった気がした。
読み終わった本を閉じ、そっと右隣を見る。
若葉色の長髪がふわっとゆれ、いつもクインさんのそばにいる小さな風の精霊さんがまたゆらす様子を、若葉色の瞳が優しげに見つめていた。
穏やかな光景に、自然と微笑みがうかぶ。
ふいに交わった視線に、迷いなく口を開いた。
「とても貴重な本を読ませていただき、本当にありがとうございます、クインさん」
『君の役に立てたようで、僕も嬉しいよ』
心からの感謝を込めた言葉に、本当に嬉しそうな声音で返事が紡がれる。
たとえノンプレイヤーキャラクターであろうとも、やはりクインさんは素敵なかただ。
――私もいつか、このように誰かを大切に導くことが、できるようになるだろうか?
ほんのりとうかんだ淡い未来の形が、実現するのはまだまだ先だろうけれど。
穏やかに交し合った若葉色の瞳が細められ、次いでやわらかに紡がれたその言葉は、きっと忘れはしない。
『知識が必要な時は、いつでもここへおいで。知識は決して、君を拒みはしないから。僕と本は、幾度でも君と会うことができるのだから。迷った時も、そうでない時も――いつでもおいで、ロストシード』
「――はい!」
ありがたい言葉に、声を弾ませて言葉を返し。
ぱっと、自覚するほどに華やかに、笑顔を咲かせた。
やはり……読書好き仲間は、大切だ!!




