七十一話 期待の心と闇の精霊魔法
明るい時間帯には他のシードリアも多く行動しているようなので、星魔法の練習は残念ながらいったんおあずけ。
では何をしようかと、美しい木漏れ日を眺めつつ考えてみる。
夜明けの時間の美しさはやはり見惚れてしまうけれど、いつまでもこの場でゆっくりしているわけにはいかない。
なにせ、時間は有限で、未知は無限に近しい豊富さを、この大地に宿しているに違いないのだから。
「……星魔法のような凄すぎる魔法が、星魔法だけ、とは限りませんよね」
そう呟き、どうしてもこのように思ってしまうという自覚に、ふっと好奇心を秘めて笑む。
これは、私がこの【シードリアテイル】と言う名の没入ゲームへと抱く、純然たる期待だ。
この先も必ず多くの未知があふれ、まだまだ私たちシードリアが時には笑顔になり、時には驚くような要素が、待ち構えているのだと確信しているがゆえの、感情に相違ない。
はじめて【シードリアテイル】を知った時から、とても楽しみで、好奇心が消えることなどあり得ないと思うほどに――この世界のすべてのはじめましてに巡り会う時を、ずっと求めてきたのだ。
改めてはっきりと感じる、特別さを灯すこの気持ちを、大切にしよう。
そっと上げた右手で、左胸を一度だけ撫でる。
『まほう、いっぱいあるよ!』
『いろんなまほう、あるよ~!』
『すごいまほう、いっぱい~!』
「えぇ。必ずや、私はたくさんの魔法と巡り会ってみせます!」
『しーどりあなら、できるよ~!』
「ふふっ、ありがとうございます」
魔法について教えてくれる精霊のみなさんへ、力強くうなずき宣言すると、すぐにたしかな信頼を言葉として返され、嬉しさで笑みが零れた。
小さな三色の精霊のみなさんが、私へと向けてくれるあたたかい思いには、いつでも応えることができるよう精進していこう。
さしあたり、この夜明けの時間に魔法関連で挑戦できることというと、真っ先に思いうかぶものは目の前にたたずむ神殿での、神々へのお祈りだ。
何事も挑戦あるのみ、だろう。
「――さて。では、神殿にお祈りをしに行きましょうか」
『は~い!』
精霊のみなさんの元気な返事に微笑みを深め、巨樹の根本から立ち上がり歩き出す。
樹々の合間をぬけ、淡い薄青の光に照らされていっそう壮麗な神殿の正面へとたどり着くと、静かに白亜の広間へと足を進めた。
神殿内にはすでに、数人の神官のみなさんが神々の巨像や、その奥のお祈り部屋の近くに待機している。
その中に見慣れた姿を見つけ、また微笑みが深まった。
精霊神様の巨大な神像の後ろ、お祈り部屋から出てきたばかりのロランレフさんへと、優雅な足取りで歩みよる。
ふと振り向いた翠の瞳と視線が合い、反射的にお互いがにこりと笑顔を見せ合う。
ロランレフさんの翠の瞳はすぐにあたたかな色をたたえ、その口元が綺麗にほころぶと、見慣れたやわらかな微笑みがうかんだ。
『これはこれは、ロストシード様。ようこそおいでに』
「こんにちは、ロランレフさん』
静々と胸の前で組まれた両手に、同じ祈りのポーズをおこない軽くあいさつを交わす。
『本日はお早いのですね』
どこか眩しげに少しだけ細められた翠の瞳を見返し、紡がれた言葉にうなずいて言葉をつづける。
「はい。神官のみなさまも、夜明けの時間からお勤めされていらっしゃるのですね。いつもありがとうございます」
サービス開始二日目とは言え、ロランレフさんにはいつもお祈り部屋へ入室するご許可をいただいていることもあり、感謝の念は絶えない。
その思いを込めて告げると、ロランレフさんは優しげな微笑みを深めて、上品に再び両手を組んだ。
『私共こそ、感謝を申し上げます。神官一同、ロストシード様をはじめ、多くのシードリアの皆さまがたが神殿を訪れてくださり、とても喜ばしく思っております。
私共は皆望んで勤めておりますので、そのようにお言葉をいただけるだけで、本当に幸福に感じるのですよ』
にこりと、そう本当に嬉しげに微笑み見つめるロランレフさんに、こちらも嬉しさでゆるむ口元をなんとか微笑みの内に留め、言葉を返す。
「そうおっしゃっていただけますと、私も嬉しいです。――本日も、お祈りをさせていただいても?」
『はい、どうぞごゆるりと』
確認の問いに、ロランレフさんはやわらかな返事と共に、お祈り部屋を丁寧に示してくれた。
それに優雅な一礼をして、静かに小部屋へと踏み入る。
白亜の小部屋に鎮座する、私の背丈ほどの精霊神様の像は、今日も美麗だ。
長椅子へと腰掛け、ご報告も兼ねて《祈り》を発動。
次の街に行くことができるレベルに到達したことや、星魔法の使い手になったこと、様々な魔法がある事を嬉しく思うと同時に、ありがたいことだと感謝を捧げる。
最後に、今後ももうしばし里に残り精霊のみなさんと一緒に未知を楽しみ、新しい魔法もたくさん習得していきたいという思いを伝えるように祈ると、とたんにしゃらんと美しい効果音が鳴った。
祈りの間は閉じている瞳をそろりと開き、眼前を見やる。
空中には〈ラ・テネフィ・ヌース〉と刻まれた文字が光っていた。
さっそくおとずれた新しい魔法との出逢いに、思わず口元がゆるむ。
夜明けの時間でのお祈りに挑戦しようと思い立ったことは、どうやら良き結果をまねいてくれたようだ。
精霊魔法らしきその魔法の内容を、出した石盤で確認すると、なんと小さな闇の精霊さんのご協力のもと発動する魔法とのこと。
「[小範囲型の補助系下級精霊魔法。闇の下級精霊の力で、複数の敵に闇の光の粒を降らし、眠りにいざなう。詠唱必須]……これはやはり《祈り》から授かったものですよね」
唐突に授かった新しい、小さな闇の精霊の眠り届けの名を持つ精霊魔法に、好奇心がうずく。
闇の精霊さんは、今のところ姫君と現在も継続発動している精霊魔法〈ラ・フィ・フリュー〉以外では、お会いできていない精霊さんだ。
かの穏やかな夜色の精霊さんたちを、他の精霊魔法でも見ることができると思うと、自然と笑みが深まる。
これはおそらく、属性に親しむことの一つの要素として、闇の精霊である姫君と交流をしたことが習得に繋がったのではないだろうか?
ただの予想にすぎないが、おそらくはそう見当違いな考えでもないはずだ。
ありがたく感じるままに姫君と精霊神様への感謝を捧げつつ、小さな闇の精霊さんへのあいさつと魔法の確認のため、詠唱をする。
「〈ラ・テネフィ・ヌース〉」
瞬間、ぱっと前方に闇色の光をまとう、複数の小さな闇の精霊さんが現れた。
次いでサラサラと、煌めく鱗粉のように闇色の光の粒が床へと降り落ちていく。実際は、あの粒が降りかかることで、敵が眠りにいざなわれるのだろう。
見慣れぬ魔法の新鮮さに、満面の笑みが咲く。
「ありがとうございました、小さな闇の精霊さん。これからもよろしくお願いいたしますね」
精霊魔法の発動を終え、空中にとけるように消えてゆく闇の精霊のみなさんにそっと声をかけると、完全に姿を消す直前、応えるようにその身にまとう闇色の光が強くなった。
『またね、だって~!』
小さな水の精霊さんの通訳に、嬉しさで笑みが零れる。
再度両手を組み、精霊神様の像へと感謝を伝え、天神様と魔神様へもそれぞれお祈りをしてから神殿の外へと出ると、すでに眩く森を照らす朝日が昇っていた。




