七十話 夜明けの展望問答
静かな深夜の森に、アストリオン様が小さく響かせる美しい竪琴の音が奏でられる。
再び巨樹に腰を下ろした古き吟遊詩人と同じく、近くの巨樹の根本に腰かけ、小さな精霊のみなさんと共に空が明るくなるまで、その音色を楽しんだ。
鮮やかに移り変わった夜明けの時間に、薄青に降り注ぐ木漏れ日を見上げる。
『……時が過ぎ行くのは、何故こうも瞬く間であるのか』
「本当に、あっという間ですね」
小さなため息と共に紡がれた言葉に、小さく苦笑して返す。
ゆったりと立ち上がったアストリオン様につづいて立ち上がると、静かな藍色の眼差しが、帰路を示した。
微笑みをうかべながら隣に並ぶと、穏やかな歩調で一緒に歩きはじめる。
そのまま大老様がたの家々のほうへと揃って歩み、一番神殿に近い家の前で、アストリオン様と別れた。
見つけたばかりのお気に入りの場所である、神殿の裏側へと足を進めながら、さきほどのアストリオン様の話しを思い出す。
竪琴の音を奏でながら、深い美声でアストリオン様がぽつぽつと語ってくださった内容は、どれも星魔法に関することだった。
未来を託された者として、今後の星魔法に関することは一度しっかりと考えておきたい。
……扱い方に関しては、特に。
たどり着いた白亜の神殿の裏で、近くの巨樹の根本へと腰を下ろし、淡い薄青の木漏れ日が大地に降り注ぐ神秘的な光景を眺める。
この美しい薄青の時間以上に、貴重な魔法について、自然と思考が移った。
「大前提としまして、この一連の星を巡るストーリー展開は、やはり特殊クエストのたぐいで間違いないようですね」
ふむ、と口元に手をそえ、確信を宿して呟き、特殊クエスト――いわゆる、特殊な物語や探索などを有する冒険課題であったのだろう、今回の一件を振り返っていく。
そもそも、この一件がはじまる何か決定的な要素があったはずだが、結局そのあたりはわからないままだ。
夜の時間の行動が必要であるのは、おおよそ間違いないと思うが、それ以外はさっぱりわからない。
私にとってきっかけになったアストリオン様との出逢いは、もしかすると別のシードリアであれば、星の石を先に見つけることではじまる可能性もある。
どちらを先に見つける必要があるのかは、卵が先かニワトリが先か問題かもしれないし、あるいはそうでないのかもしれない。
この自由度の高さこそ【シードリアテイル】の魅力の一つだとしみじみと感じ入る。
……同時に、自由度が高すぎるがゆえに、今回のように特殊クエストの条件が分からないという結論も出るわけだが。
「――まぁ、分からないこともまた、醍醐味ですよね!」
ぐっと拳を握り、いさぎよくそのあたりの考察を切り上げる。
決して、あきらめた、とは言いたくないお年頃というやつなので、一時保留の気持ちで次の思考へと進む。
握った拳に自然と集まる三色の精霊さんたちが可愛らしく、ゆっくりと拳をほどくと、今度は掌の上でぽよぽよと跳ねて遊びはじめた。
愛らしさに再び癒されつつ、そう言えばとアストリオン様の言葉を思い出す。
「そう言えば……まさか姫君が、創世の時代から存在しているようなお方だとは思わず、さすがに驚いてしまいました。精霊の姫君がたの中でも、闇をつかさどる姫君だということにも……。みなさんは、知っていたのですか?」
よみがえった驚きと共に問うと、精霊のみなさんはお互いを見合うようにふらりふらりとゆれた後、不思議そうな声音で答えてくれた。
『よくわからないけど、でもわかったよ~!』
『やみのひめぎみなの、わかった!』
『しらなかったけど、わかったよ~!』
「なんと、そうでしたか」
よく分からなくても、知らなくても、下級精霊であるみなさんには姫君が姫君であることが分かった、ということだろうか?
精霊のみなさんには、どうやらまだまだ私の知らない謎が、多く残っているようだ。
再び掌の上でぽよぽよと跳ねて遊ぶ姿を眺め、少しだけくすぐったい掌の感覚に、自然と上がる口角をそのままにする。
ふと、姫君のような古き時代から存在する精霊のみなさんから、三色の小さなみなさんのような存在へと、継がれてきたものもきっとあるのだろうと思った。
例えば、そう――エルフ族との友情のように。
そうして引き継がれてきたものの中に……星魔法もあった、ということだろう。
隠され秘されている側面はあるが、それでも脈々と引き継ぐために、姫君もアストリオン様も行動していた。
少し前の深夜の時間、試し撃ちした際の星魔法のことを思い出す。
「星魔法は……魔法としての見目はとても美しいのですが、同時にやはり少し強すぎるとも思うのですよねぇ」
鮮やかに夜闇を流れる美しさはロマンに満ちあふれていたが、ホーンウルフを一撃で倒した、畏怖さえ抱いたあの強さはやはり別格だ。
『おほしさま~!』
『きらきら~!』
『ぴかぴか~!』
「えぇ、夜空の星々も星のカケラも、それに星魔法も、とても煌いていて綺麗ですよね」
『うんっ!!!』
私の言葉に反応したらしい小さな三色の精霊さんたちが声を上げ、掌の上から離れて私の耳元でゆれる星空色の耳飾りの近くを飛び交う。
その様子に微笑み返事をしながら、同時に美しさと恐ろしさは紙一重だとも思った。
「たしか、星魔法は本当にすべての存在に対して干渉できるものだと、アストリオン様もおっしゃっていましたね……」
それはすなわち、どのような敵に対しても、有効な一撃になり得るということに他ならない。
まさしく最強のカードであると同時に、くれぐれも慎重に使いどころを見極めなければならない、トランプのジョーカーのようなものだと感じる。
現時点で思いつく限りでも、星魔法を使うのであれば、幾つかの問題がうかんだ。
第一に、魔力消費量の問題。
星魔法は無詠唱で発動させるオリジナル魔法以上に、発動時に魔力を消費するため、戦闘の際の魔力量には、今まで以上に気を配る必要が出てくるだろう。
そうなると、他の魔法との兼ね合いも考えなければならず、調整が大切になってくる。
――できるかと問われてしまうと、挑戦あるのみ、と好奇心がまさるのだが。
第二に、私の理想の魔法使い像の問題。
強くて必ず有効だからと、安易に星魔法ばかりを使うようなことは、私の理想に反する。
星魔法を極めることも魅力的だが、私はやはり星魔法使いとだけ呼び表されるよりも、様々な魔法を扱う魔法使いになりたい。
となれば、やはり使いどころは重要だ。
第三に、ネタバレの問題。
おそらくこれが、もっとも根本的な問題だ。
……どう考えても、サービス開始二日目の現在では、星魔法自体が盛大なネタバレ扱いになる!
夜明けのお花様から授かった《祝福:不変の慈愛》と同等の、秘密にしておいたほうがいいたぐいの魔法であることは、もはや確実だ。
つまるところ……そもそも人前では使うこと自体を、控えたほうがいいだろう、と。
「美しい魔法を使うことは、ロマンに違いないのですが……」
とは言え、どう扱うかは悩ましい。
ふっと美しい薄青の木漏れ日を見上げ、葉の重なりのその先に広がる夜明けの空を眺めながら、魔法に関する今後の展望を自問自答する。
ネタバレは? ダメ、絶対。
せめて私以外の星魔法を扱うシードリアを見つけるまでは、人前では使わないことを厳守する。
星魔法の使いどころは? 初手かトドメの一撃、あるいは明らかに窮地に追い込まれた場合の発動を、基本としよう。
魔力の消費量を考える限り、むやみに使うことは論外。であるならば、使うタイミングをおおよそ決めておくことで、消費量の計算も幾分容易になるだろう。
加えて、これならば他の種類の魔法も存分に使うことができる。
星魔法の使い手としても、しかと状況を見定めて扱って行くことで、よりよき未来へと繋がることだろう。
……さしあたり、魔力消費の感覚に慣れるためにも、一つの魔法としての練習は必須だ。
「まぁ、焦らず確実に、一歩を進めるといたしましょう」
『すすむ~!』
『いっしょにいくよ~!』
『いくよ~!』
「えぇ、みなさんと一緒に」
嬉しく頼もしい小さな三色の精霊さんたちの言葉に、にっこりと笑顔を咲かす。
未来を託された者として――まずは、人目につかないように、星魔法の練習をしていくことに決めた。




