六十九話 流れ星と託されたもの
※ウルフが倒される描写あり!
石盤を凝視することしばらく。
『しーどりあ、だいじょうぶ~?』
「あっ! はい! 大丈夫です!」
つんつんと頬をつつく小さな水の精霊さんの涼しさと声に、はっとして返事をする。
石盤を消し、眼前を見やると、姫君はいつの間にかまた星の石のそばの空中へとうかんでいらっしゃった。
左手を右胸へとそえ、姫君へと言葉を紡ぐ。
「失礼いたしました、姫君。少々、驚きがまさってしまい……」
『あら、わたくしは気にしていないわ。魔法についてよく知っている子ほど、似たような状態になるもの』
「……さようでございましたか」
思わず、視線を明後日の方向へと飛ばしてしまった。
――いやまぁ、そうでしょうね!? 他の人たちもそうなるでしょうとも!!
うっかり頭の中で、姫君の言葉を全力で肯定しつつも、飛ばしていた視線を気合いと根性で引き戻す。
……まだ若干生暖かい眼差しであることは、どうかご容赦いただきたい。
見上げた姫君は、また淡く微笑みながら口を開く。
『ここから先、星魔法はあなたの力。くわしく知りたいのなら、アストリオンにたずねるといいでしょう』
「承知いたしました。お導きのほど、感謝申し上げます」
『いいえ。これはわたくしの役目ですから。――では、またいずれ』
導きを終え、その言葉を残してしゅるりと、姫君は闇色のその姿を消してしまった。
残された星の石も、少しずつその銀点のまたたきをおさめていき、また闇色の静寂がおとずれる。
せめてもと、できる限り優雅にエルフ式の一礼をおこなったのち、闇色におおわれた護りの地から森のただ中へと戻った。
吹き抜けた夜風に、ふぅと吐息を零す。
ゆれる長髪とマントに加わり、耳元で星のカケラの耳飾りがゆらゆらと動く感覚が楽しく、自然と口元がゆるむ。
ふと気になり、ステータスボードである石盤の中に、全身の姿を確認できる鏡のような機能はないものかと、イメージしてみる。
刹那、パッと眼前に現れた石盤には、好奇心を宿した微笑みをたたえる、私の顔が映っていた。
『しーどりあだ!』
『しーどりあのおかお!』
『しーどりあ、もうひとりいた?』
「ふふっ。いえいえ、これは鏡に映った私ですよ」
『かがみだった~!!!』
無事に出現した鏡のような石盤を見て、驚いた声を上げた小さな三色の精霊さんたちの反応が可愛らしく、ついつい笑みを零してしまう。
改めて見やった石盤には、白皙の肌を流れる、金から白金へと色を移り変える横髪と――そのすぐそばでゆれる耳飾りが、やはりとても美しく星空の煌きを見せていた。
肩と頭に乗っていた精霊さんたちがふわりとうかび、左右の耳元へと飛び交う。
『きらきら、きれい~!』
『しーどりあ、にあってる!』
『にあってるよ~!』
「ありがとうございます、みなさん。素敵な耳飾りが似合っているようで、とても嬉しいです」
小さな友人たちの褒め言葉に、少しだけはにかむ。
耳飾りの見え方を確認でき、満足に思いながら石盤を消すと、サアァ――とあたりがいっそう暗くなる。
見上げた星空は漆黒の中で煌いており、深夜の時間に移ったのだと気づいた。
まるで星の石のように美しい夜天を見つめていると、やはり試してみたいという気持ちが湧き出る。
ふっと微笑みを深め、精霊のみなさんへと紡ぐ。
「みなさん、さっそく星魔法を試してみたいと思います。ホーンウルフのなわばりまで、戻りましょう」
『は~い!!!』
愛らしく返事をして、ぴたりと肩と頭にくっついてくれるみなさんとは、もはや以心伝心と言っても過言ではないかもしれない。
発動を継続させていた両脚にまとう風の付与魔法を駆使し、素早く枝から枝へと飛び移りながら高速移動をおこなうと、ウルフたちのなわばりに着くのはあっという間。
枝の上で、遠くで光る赫い炯眼と目が合った。
すぐさま意識を集中させ、発動を終了させた風の付与魔法のかわりに、天へと右手をかかげ――習得したばかりの魔法名を、宣言する。
「〈スターリア〉!」
凛と響かせた単発型の星魔法の名に、普段感じる以上の魔力消費の感覚があった。
驚きに緑の瞳をまたたいたのは、一度だけ。すぐに視線は、ハッと見上げた頭上で釘付けになった。
漆黒に銀の星々が煌く夜天が、葉の重なる隙間から見えるその空中で、突如漆黒に銀と蒼の光をまとう球体が出現。それがキラリと銀と蒼の光の尾を引き、樹々を照らしながら、サァ――と流れて行った。
それはまさしく一条の――美しくも脅威的な、流れ星。
頭上から流れて行った美しい〈スターリア〉はやがて、こちらへと駆けてくるホーンウルフの一匹へと降り……その銀と蒼の光を輝かせて、灰色の姿を貫き消し去った。
『ガルゥゥ!?』
明らかに驚愕のうなり声を上げた、残り四匹のホーンウルフを見つめ、〈スターリア〉に見惚れて下げ忘れた右手をかかげたまま、再度魔法名を宣言する。
「〈スターレイン〉」
やはり無詠唱でオリジナル魔法を使う時よりも、魔力を消費する感覚と共に、今度はサッと振り下ろした右手の先の残りのホーンウルフたちへと、五つの流れ星が降り注ぐ。
そうして、やはりあっけなく四匹を美しく貫き、その姿を灰色の風に変えてしまった。
……念のためにと、星の石を探しはじめた時から《隠蔽 二》で隠していた〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を、二段階目に移す必要さえない――鮮やかすぎる魔法。
「いや、さすがに凄すぎて怖いのですが」
『わ~!! すごかった~!!』
『きれいだった~!!』
『ほしまほうつよ~い!!』
リンゴーンと響く鐘の音を横に置き、思わず若干口元を引きつらせて零した私に反して、小さな三色の精霊さんたちは肩と頭の上でぽよぽよと跳ねながら、歓声を上げる。
その可愛らしい言動に癒されながらも、先の戦闘では少なからず手強いと感じたはずのホーンウルフたちを、一瞬で倒した星魔法の強さには、慄かざるをえない。
無詠唱で発動するオリジナル魔法ですら、複数の魔法を当てなければ倒すことができなかった、あのホーンウルフを一撃で倒すとは……。
まさしく神々の魔法の名にふさわしい、一撃必殺の強さ。
そこに、ロマンを感じないわけでは、決してない。……ないのだが、素晴らしいと歓喜するには少々、今はまだ刺激が強すぎた。
――よし。星魔法は、ちょっと使いどころを考えよう。そうしよう。
微笑みが戻らない表情のまま、無言で角と魔石を回収し、今度こそ帰路につく。
静寂に包まれた里の中を足早に抜け、神殿の先にある大老様たちの家々のその先へと進むと、さいわいなことに暗がりの中で、今夜も巨樹に腰かけるアストリオン様を見つけた。
星魔法へと導いてくださった偉大な先人に、さっそくご報告をしよう!
優雅な足取りでアストリオン様へと近づくと、藍色の瞳がこちらを向く。
上品にエルフ式の一礼をすると、磨いていた小さな竪琴を手に立ち上がり、私を見て軽くうなずいてくれた。
『星のカケラと、星魔法を授かったのだな』
「はい。姫君にも、お会いいたしました」
『――そうか』
深く澄み渡る美声で紡がれた言葉にそう返すと、藍色の瞳がどこかなにかを懐かしむように、そっと細められる。
姫君と重なるその仕草を見るに、やはりアストリオン様と約束を交わしていた古き精霊とは、姫君で相違ないのだろう。
私の存在が少しでも、お二方が交し合った約束を果たす一助になっていることを、祈るばかりだ。
優しい眼差しを、そっと夜天へと注ぐアストリオン様を静かに見つめる。
その胸元で、首飾りとしてゆれる星空色の多角柱が、アストリオン様の星のカケラの飾りなのだと気づき、自然とやわらかな微笑みが口元にうかんだ。
やがて、静かな藍色の瞳が、ゆっくりと再びこちらへと視線を移す。
『……以前、そなたに託す、と告げたことを憶えているか?』
深い美声が紡いだ問いに、頭をよぎったのはアストリオン様と出逢った時のこと。
シードリアか、と響いた美声にうなずき、その後告げられた言葉が、私に託すという言葉だった。
しっかりとうなずき、返事をする。
「はい。憶えております」
『……その真意を、聴いてくれるか?』
「――はい」
切実さを秘めた瞳と声音に、凛と覚悟を宿して肯定を返す。
〈星の詩〉を授かった時、アストリオン様は私にそれを託した、とは語らなかった。
星のカケラも、星魔法でさえも、授けられたもの。
あくまで授けよう、と告げられた言葉たちに、ではいったい何を託されるのだろうかと、ずっと気にはなっていたのだ。
――ようやく、その答えが分かる時がおとずれたらしい。
真剣な表情でアストリオン様を見つめると、藍色の瞳もまた、覚悟の色を灯した。
『我はすでに古き者。これより先は、老いて土に還るのを待つばかりの身である』
静かに紡がれた言葉に、肩と頭に乗る三色の精霊のみなさんだけではなく、姿を隠して貰っている多色の精霊さんたちまでもが、しゅん……と寂しげな雰囲気をまとったことに気づく。
それは少なからず、私自身も同じだ。
けれど、私は知っている。
命は生まれ――そしていつか、還り行くものなのだ。
胸に飛来したこの寂しさは、私もいつか誰かに与えるものなのだと、そう知っている。
だからこそ、命は還るその瞬間まで、せいいっぱい生きて行くのだと。
なによりそう、信じている。
ゆるぎなく、まっすぐに藍色の瞳を見返す。すでに覚悟を灯しているその瞳から、視線をそらすことなどしない。これは、せいいっぱい生き行く命に対する、私なりの敬意だ。
ふ、と小さく、アストリオン様が微笑む。
その微笑みはすぐに消えてしまったけれど、藍色の瞳にはあたたかな光が新たに宿ったように、見えた。
『ゆえに、目醒めたばかりの栄光なるシードリア、ロストシードよ。この先の時を行く、星魔法を扱う者として』
深く澄み渡るその声が、真なる願いを告ぐ。
『そなたに――我の後継たる、その未来を託そう』
見張った瞳に映ったアストリオン様は、真摯さを宿した威厳をたたえて、小さく微笑んでいた。
――アストリオン様の、後継。
それが、どれほどの意味をもつのか……それはきっと、託されたこの先の未来が、答えをもたらしてくれるはずだ。
ならば私は、その未来を託された者として、この大地で星魔法を扱いながら生きて行こう。
深く笑みをうかべ、アストリオン様へと力強くうなずく。
返したい言葉は、もう決まっていた。
「必ずや、星魔法と共に――この先の未来を紡いでまいります!」
この言葉は、未来を行くことを確約するためのもの。
私の言葉に、アストリオン様はゆるりと藍色の瞳を細め、穏やかな首肯を返してくださった。
――美しい星空は、まだ終わらない。




