六十八話 星のカケラと星魔法
『その言葉、この護り手がしかと聴き届けました。ゆめ、忘れることなきように』
「はい、心得ております」
幾分やわらかになった表情で、姫君がそう念を押すのに対し、こちらも誠意を込めて言葉を返す。
決して忘れはしないと、その思いを乗せた緑の瞳に、闇色の姫君はまた淡く微笑みを見せてくれた。
ふよっと私の肩と頭に乗った三色の精霊さんたちが、声を上げる。
『しーどりあなら、だいじょうぶ~!』
『まほう、だいじにする~!』
『だいじょうぶ~!』
『あなたたちは……ロストシードを、信じているのですね?』
『うんっ!!!』
淡く強く、その色を明滅させながら、精霊さんたちが伝えてくれる言葉が嬉しく、つい小さくはにかむ。
姫君はこくりとうなずき、次いで星の石へと視線を向けた。
そろりと伸ばされた指先が、美しい星空色の巨石を撫でる。
『それでは、次はわたくしではなく、星の石の番ですね』
星の石に向け、そう姫君が紡ぐ。
……星の石の番、とはどういうことだろう?
思わず、小さな精霊のみなさんと視線を交わしながら、小首をかしげる。
改めて見上げた視線の先で、唐突に星の石がキラキラとその星のような銀点をかすかに明滅させはじめた。
何かがはじまる予感に、心が弾む。
微笑みを深めて成り行きを見つめていると、ふいに姫君が煌く星の石から視線を外し、こちらを見下ろした。
『ロストシード』
「はい、姫君」
私の名を呼んだ姫君に返事をすると、小さく首をかしげて。
『あなたは、この星の石と同じ色の飾りものを身につけるのなら、どこに飾るものが好きなのですか?』
『星の石と、同じ色の飾り物……ですか?』
突然の問いかけに、若干戸惑いながらつい問いを返してしまう。
私の言葉に、姫君はこくりとうなずいた。
『一つの明確な証でもありますから、飾りものとしての形はあまりかえることができませんが……飾る場所くらいは、あなたたちの好きな場所に飾れるようにしてあげたいのです』
「なる、ほど……ええっと……」
おそらく意図的に、今はまだ核心部分を隠してつづいた姫君の言葉に、ひとまず返事をにごして思考の時間を確保する。
姫君が望む答えを出すためには、大前提としてたずねておかなければならないことが、一つあった。
「その飾り物は、長い期間身につけることが前提のものなのでしょうか?」
『えぇ、そうよ。これから先、必ず身につけていてほしいものなのです』
「……なるほど。では姫君は、この先必ず身につけつづけることができるようにと、私の飾る場所の好みをおたずねくださったのですね」
『えぇ』
姫君の答えを聴き、うっすらとその飾り物がどのようなものであるのか、予想がつく。
特別な何かを習得するために、特別なアイテムが必要なことは、古くからゲームの設定上ありふれたもの。
つまるところは、今回の飾り物もそのようなアイテムである可能性が高いと考えられる。
当然、まったくそのようなものとは別の意味がある場合もあるのだが……。
どうにもそのあたりの重要な部分を、姫君はまだ伝えるつもりがないように見える。
であるのならば、重視しなければならない点は――星の石と同じ色、という部分だろう。
漆黒に銀点を散りばめた、星空色の装飾品。それを私がどこに飾りたいと思うかと、問われているわけだ。
それならば、悩む必要はない。
――あの美しい星空色が、一番輝く場所に飾ればいいのだから。
「それならばぜひ、飾る場所は耳に」
『耳、ですか?』
確認を込めた問いに、微笑みを深めてうなずく。
「はい。耳飾りで、お願いいたします。私は、その美しい星空の色を、そこに飾りたいのです」
そう、真剣な眼差しで告げると、姫君はゆっくりと首肯する。
『そう……いいでしょう。どちらの耳に飾りたいのですか? それとも両耳に?』
「では、両耳に」
『――わかりました』
静かな返事と共に、真白い両手が星の石へとそえられ、そこから何かがふわりと引き出された。
『この星のカケラの耳飾りを、ロストシード……あなたに』
すぃっと眼前へと降り立った姫君の両手が、しとやかに開かれる。
見つめたその掌の上には、二つのシンプルな耳飾りが乗っていた。
星空色を煌かせる、細長い多角柱のそのピアスを、そうっと姫君の掌から自らの掌へと移す。
二つを左手に乗せ、改めて確認してみると、二センチメートルていどの長さの多角柱には、小さな黒色の半球を二つ使った留め具がついている。
半球から短く伸びた細い棒と、その先に繋がった半球を見る限り、これを耳たぶにとおせばいいのだろう。いわゆる、キャッチ式ピアスの飾り方だ。
さいわい、完全五感体験型を謳うこの【シードリアテイル】でさえ、痛覚は採用されていないため、飾る際にも痛みはないはず。
……そもそも、ピアスを通すためのピアスホールが耳にあいていないはずだが、そこはゲーム世界ならではのあれこれで、なんとかなるのだろう。
覚悟を決め、キラリと煌く多角柱を丁寧につまみ上げて、長く伸びるエルフの耳の薄く浅い両の耳たぶへと、問題なく星空色のピアスを飾った。
両耳に加わったかすかな重みを感じた、その瞬間――しゃらんと美しい効果音が鳴る。
姫君との間の空中で輝く文字を見やると、そこには三つの魔法名がうかんでいた。
[〈スターリア〉]、[〈スターレイン〉]、それに[〈スターテイル〉]。
どれも星を思わず魔法名に、これこそが特別なる、神々の魔法なのだと閃く。
はっと姫君を見ると、その美貌に淡い微笑みが静かにうかんだ。
『耳飾りから、確認してみるといいでしょう』
「承知いたしました」
姫君の導き通り、開いた灰色の石盤の中、まずは装備情報を確認する。
明滅していた耳飾りの文字を意識すると、追加の情報が刻まれてゆく。
[星のカケラの耳飾り
星魔法を扱うことを神々から許された証である、星のカケラから創られた、煌めく星空色の五角柱の耳飾り。
星魔法を装着者に馴染ませ、星魔法の威力を上げる効果を持つ。
装着時にしか効果を有さず、長時間装着することで恩恵がある。
闇の精霊の姫作]
――あやうく姫君の御前で、なるほどとうっかりポンと手を打つところだった。
驚きと共に感じた納得を、言葉にする。
「この星のカケラの耳飾りは、かの魔法を扱うために必須のものであり、扱うことを許された者の証、ということなのですね!」
思わず声音を弾ませてしまったが、こればかりは仕方がない。
心底から、素晴らしいアイテムを授かったのだと感動している最中なのだから!
内心で幼子のように心を弾ませていることは、きっと姫君にはお見通しなのだろう。
黒の瞳があたたかな色をたたえて注がれる。
『そのとおりよ。星のカケラこそが、神々の魔法を扱うことを許された証。星魔法の使い手である証明なのです』
「神々の魔法。それが、星魔法なのですね……!」
『えぇ』
静かな姫君の言葉に、湧き上がる高揚感を笑みにうつし、石盤のページを魔法のページに切り替えて開く。
そこには新しく、星魔法の欄が加わっていた。
なぜか下に連なる魔法だけでなく、[星魔法]と刻まれた部分まで明滅している。
意識をすると、星魔法自体の説明文が現れた。
「[星属性以外の全ての属性に対してわずかな有利性を持ち、星属性に有効であり不利である、万象へ干渉する神々由来の魔法]……」
小声で読み上げ――そのとんでもない内容に、思わずもう一度説明文を視線でなぞる。
……まさか、恩恵や祝福と同列、あるいはそれ以上かもしれない、トンデモ魔法がでてくるとは!
たしかに繰り返し、特別な魔法や神々の魔法だと聴いてはいたが。
よもや、精霊魔法・属性魔法・身体魔法の安定性と威力がすこし向上する〈ラ・フィ・フリュー〉よりも、凄いと感じる魔法を習得することになるなど、サービス開始二日目ではさすがに予想できるはずもない……!
わずかとはいえ、星属性以外の全ての属性への有利性をもって、万象へ干渉する魔法とは、これいかに。
星属性同士では有効であり不利である、という部分の謎は残るものの、やはりどう考えても凄まじい文言が並んでいるようにしか見えない。
うっかり夜天を仰ぎかけて、そういえば姫君の御前だったと思い踏みとどまる。
ちらりとうかがった姫君は、ただ静かに淡く微笑んで私の様子を眺めているように見えた。
おそらく、幼子が驚いているなぁと、微笑ましく思っていらっしゃるのだろう。今までお話ししてきたエルフの里の、ノンプレイヤーキャラクターのみなさんがしていた反応を思いうかべる限りでは、あながちこの解釈は間違いではないはずだ。
小さく、深呼吸を一つ。
気を取り直して、魔法の説明にも目を通していく。
[〈スターリア〉]は、[単発型の攻撃系下級星魔法。天から流れ落ちる一条の星の力で、万象を穿つ。詠唱必須]。
天から流れ星のように落ちる魔法なのだろうかと、想像する分には美しい魔法だと思うのだけれど。その後の、万象を穿つという文がもうすでに、魔法発動時に少々覚悟が必要な気配がする。
〈スターレイン〉のほうも似たような説明文で、こちらは中範囲型の攻撃系下級星魔法とのこと。
……今度こそ額に片手をあててうなりかけたのは、〈スターテイル〉のほうだった。
[超広範囲型の補助系上級星魔法。大地へと星の魔法陣を描き、星の煌きをまとう領域を展開する。超長文詠唱を必要とし、多量の魔力消費を対価に、星魔法の威力を一段階引き上げる。詠唱必須。
※現在は上級魔法を扱う力がそなわっていないため、使用不可――]
その後には超長文詠唱の文言が刻まれていたが……もうその手前から色々とおかしい!!
上級魔法、どこから出てきた!?
効果の内容も、素の状態で他の魔法に有利性がある星魔法の威力を、さらに一段階引き上げるとのことだが、いったい何と戦うことを前提にした魔法だと!?
極めつけは、そもそも今はまだ使えないことを示す、その注釈。
――なぜ、今この魔法を私は習得できているのだろう??
頭の中で飛び交う疑問符に、しばらく石盤を凝視してしまった。




