六十六話 闇夜に響く〈星の詩〉
美しい星空を枝の上から見上げ、一つうなずく。
「みなさん。昨夜に引きつづき、今夜も星の石を探しに行きましょう」
『は~い!!!』
小さな三色の精霊さんたちの元気な返事を聴き、穏やかに笑む。
次いで、さきほどのホーンウルフ戦のような突発的な戦闘の可能性を考え、脚に風の付与魔法をまとわせ、すぐそばの空中に三つの水の渦を出現させる。
少し考えてから、夜の時間ならば脚でそよぐ風の付与魔法はあまり目立たないため、戦闘時のことを考慮して今回は水の渦のほうを隠すことにした。
涼しげな水気を放つ円盤状の水の渦に《隠蔽 二》をかけて隠し、出発準備は完了。
「いざ、星の石探索、開始です!」
『しゅっぱ~つ!!!』
ぴたりと肩と頭にそれぞれくっついてくれた、可愛らしい精霊のみなさんと一緒に、軽やかに森のさらに奥へと枝の上を渡って進んでいく。
さいわいにもウルフたちのなわばりからは、すぐに出ることができたらしく、戦闘をすることなく高くそびえたちたたずむ、護りの崖へと到着した。
この大地の上での昨夜に見かけた崖の最初の位置は、大老様がたの家々の奥で、仮に古典的な古時計の針の位置で言うところのちょうど十二時の位置とする。昨夜はそこから、だいたい三時の位置まで移動して、夜明けのお花様の小さな洞窟にたどり着いたはずだ。
とすると、眼前の崖は位置的には九時の位置だろうか。
「さて、今日はどちらを探しましょうかねぇ」
右か、左か、それが問題だ。
いや、見つけらなければ見つけるまで森の中を探せばいいだけなので、実際はそこまで問題ではないのだけれど。
とは言え、いわゆるフィールドを隅々まで把握する、マップ埋めとして考えるのであれば、九時から十二時の区間をいったん埋めることで、森のちょうど半分を探索したということになる。
――よし。分かりやすいので、そうしよう。
「今日は右側の森を、また護りの崖にそって探索して行きましょう」
『は~い!!!』
三色の精霊のみなさんに告げ、こちらまで元気の出る返事を受け取ったのち、崖を左側にして移動を再開する。
時折、見かけるマナプラムやリヴアップルを採取しつつも順調に進んで行くと、ふいに右側に広がる森の中に視線が吸い込まれた。
「っと」
『しーどりあ?』
どうしても上手く視線をそらすことができず、足をかけることが出来なかった枝をかろうじて手でつかみ、地面へと無事に降り立つ。
小さな水の精霊さんの疑問に、やはりひきつけられるまま森の奥へと視線を向け、不思議な心地で口を開く。
「いえ、何でしょう……あの場所から、なぜか目が離せなくて……」
『そうなの~?』
『いってみる~?』
『いってみよ~!』
「――えぇ。これほど気になるのですから、きっと何かがあるはずです」
精霊のみなさんの言葉にうなずき、ゆっくりと歩を進める。
何かがあるというこの予感は、おそらく外れないたぐいのものだ。
他の場所よりも巨樹が密集する目の前の地点は、ゆたかな葉が重なり合い、より闇色を濃くしているように見える。
そう考えた瞬間、思わず足を止めた。
いや……それは違う、と反射的に否定の考えがうかび、瞳をまたたく。
改めてじっと見つめたその場所は、たしかにただ葉陰がその場を暗くしているだけではなく――まるで闇魔法の〈ノクス〉のような、はっきりとした闇色をまとっていた。
唐突に、ここが探していた場所だと閃きが降る。
樹々が不自然でないていどに密集し、闇色がその内側をおおいかくした、この場所こそが。
「――星の石が、眠る場所……」
ふいに零れた呟きに、感覚がなくとも胸が高鳴るのを感じた。
記憶の中、大老アストリオン様が一目見れば気づくと語っていた言葉を思い出し、その意味をまさに今、理解する。
たしかにこの闇の先に、星の石がある……はずだ!
「……何事も、挑戦あるのみ、ですよね」
ふっとうかんだ微笑みをそのままに、止めていた足を前へと進めていく。
下草と樹々の低い枝に重なった葉を、優しく払いながら闇におおわれた奥へと、手を差し入れ、足先を入れ、ゆっくりと身体を入れ込む。
濃霧のような闇を慎重に抜けた先――巨樹と暗闇に隠されたその中には、漆黒に銀点を散りばめて煌めかせる、星空色の多角柱の巨石が鎮座していた。
間違い、ない。
「これが……星の石!!」
ぱっと咲いた華やかな笑みが、自然と満面に広がるのを自覚する。
すぃっと目の前へと飛び出してきた精霊のみなさんが、くるくると楽しげに舞う。
『ほしのいし~!』
『み~つけた!』
『ほしのいしあった~!』
「えぇ! ついに見つけました!」
緑の瞳が幼子のように輝いているのが自身でも分かるが、この感動を止めるわけにはいかない!
拓けた地面に鎮座する、私の背丈をゆうに越える巨大な星の石を見上げ、ほぅと感嘆の吐息を零す。
サークル状に並んだ艶やかな黒色の小岩が星の石を囲む、まるで遺跡の跡地のように歴史を感じさせる雰囲気に、好奇心を刺激されて口角が上がった。
闇色が周囲をおおい隠している分、星の石が煌かせる銀点の淡い光が、まるで地上に降りてきた星々のように美しく映えて見える。
その綺麗さに見惚れながらも、アストリオン様の言葉を思い出す。
「ええっと……たしか、星の石がある場所で〈星の詩〉を歌い、特別な魔法を授かりなさいと、アストリオン様はおっしゃっていましたね」
『おうた~?』
『ほしのうた~!』
『しーどりあのおうた~!』
「あぁ……そうですよね。私が歌うのですよね……」
呟きに反応した、小さな三色の精霊さんたちの言葉に、思わず彼方へと視線を投げる。
――歌は、好きだ。
普段からよく聴いているし、自ら好みの歌をうたうこともある。とは言えそれはあくまで、一人きりの空間の中で、と注釈がつく。
他者がいる前で歌った体験が、まったくなかったわけではない。気恥ずかしさはあるものの、それなりに歌えなかったわけでも、ない……はずだ。
しかしそれはそれとして、自らの歌声が聞き苦しいものでないかなど、確認したことがないのもまた事実。
そもそも〈星の詩〉に関しては、アストリオン様のあの美声から紡がれた歌を聴いているだけに――正直、とても歌いづらい!!
「……あの、みなさん」
『なあに~?』
そろりと向けた視線の先で、小さくくるりと回った三色のみなさんへ、ぎこちない微笑みをうかべて願う。
「私は、吟遊詩人だったアストリオン様のように、どなたかが共にいる場所で歌うことには慣れていません。ですので、歌が下手だった場合は、静かに聞き流していただけると嬉しいです……」
そっと右胸へと左手を当て、せいいっぱい心を込めて告げた願いに、精霊のみなさんはすいーっと近づいて来てくれた。
『だいじょうぶ~!』
『どんなおうたでも、ぼくたちだいすき!』
『しーどりあのおうた、すき~!』
なんともありがたく、心強い返答に、緊張感がほぐれる。
ほっと安堵し、今度こそ嬉しさを宿した穏やかな微笑みをうかべて礼を紡ぐ。
「ありがとうございます。では、歌ってみますね」
『わ~い!!!』
嬉しげに上がった歓声に微笑みを重ね、改めて星の石を見上げる。
ふぅ、と息を整えると同時に、瞼を伏せて心を落ち着けていく。
不思議と樹々のざわめきさえずいぶんと小さく聞こえる、静かな空間の中。
す、と息を吸い込み――それを魔法として、丁寧に歌で紡ぎ出す。
「〈万象の御名に 宿りしは夜天
煌きを灯す 神々の御力
其は星と呼ばれし 御力の欠片
永き眠りより 我が手に目醒めよ〉」
穏やかな心地で、どこからか響く伴奏と共に、高めの声音が穏やかさを帯びて歌いあげた最後の音がとけ消え――それを確認して瞼を上げた、刹那。
突如、夜天の星々のまたたきより眩く、星の石が銀の輝きを放った。
そのあまりの眩さに、反射的に顔を腕でかばい隠す。
「なにごとですか!?」
『わ~~!!』
『まぶし~!!』
『ぴかぴか~!!』
思わず上げた驚愕の声音と、精霊のみなさんの驚きながらも楽しげな声が重なる。
しばらくつづいたその鮮やかな銀光の輝きは、やがてゆっくりと静かに、その光量をひそめていった。




