六十五話 戦闘の余韻とレベル十
勝利を喜びつつも、今度は油断なく近くの枝の上に飛び乗り、耳を澄ます。
念のため、しっかり肩と頭にくっついてくれていた小さな三色の精霊のみなさんに、小声で問いかける。
「みなさん、周囲に魔物はいますか?」
『いないよ~!』
『だいじょうぶ~!』
『もうこわいうるふ、いない!』
明るく元気なその返事に、ほっと安堵の吐息が零れた。
次いで――高揚感が胸に満ちる。
全力で戦った。間違いなく、あれは立派な魔法戦闘だった!
この大地で目醒めて以降、はじめての緊張感に満ちた真剣勝負をしたという実感に、自然と頬がゆるむ。
「私、特別戦闘狂のたぐいではないはずなのですが、それでも今回の戦闘はとても楽しかったです!」
『たのしいの、よかった~!』
『しーどりあ、かっこよかった!』
『つよかった~!』
「ふふっ、ありがとうございます。精霊のみなさんのご助力、本当に助かりました」
『えっへん!!!』
思わず発した呟きから、三色の精霊のみなさんと言葉を交わし合う。
この踊るような心地は、まだしばらくは落ち着きそうにない。
くるくると楽しげに舞う、精霊のみなさんの様子を笑顔で見つめていると、ふいに水の精霊さんが前方へと少しだけ移動して、声を上げた。
『しーどりあ、あれ、とらないの?』
「あれ? ……あ」
見下ろした先の大地に、幾つかの煌く物を見つけ、まぬけな声を零す。
――すっかり失念していた。
討伐の証明部位である角も、それと一緒に落ちている魔石も、回収しなければ!
「取りましょう!」
『は~い!!!』
勢いよく水の精霊さんに返事をすると、他の精霊さんたちも元気にやる気に満ちた声を返してくれる。
それに微笑みながら、ふわりと地面に着地。
最初に狙って討伐したホーンウルフの分も忘れないように、しっかりと合計十本の灰色の角と、七個の淡い銀色の魔石をカバンに回収して、再度枝の上へ。
一応の安全確保をしつつ、そう言えばと、銀色の魔石が示す通りホーンウルフは本来風属性の攻撃に耐性をもつ魔物だったと、記憶の中の情報を引き出して思い返す。
単純な風の魔法で戦わなかったことは、戦法的には正解だったことだろう。
チラリと見やった視界の左上の魔力ゲージは、半分ほど減っていた。これはすでに幾らか自然回復しているはずなので、戦闘終了時にはもっと減っていたことになる。
「……感じていたよりもずっと、たいへんな戦闘だったのですねぇ」
しみじみと、少しずつ回復していく魔力ゲージを見つめて呟く。
改めて考えてみると、背後から現れた二集団目のホーンウルフとの戦いは、魔法使いの戦闘で重要な距離を取るということさえできずに、ほとんど近距離戦闘になっていた。
あのような状況では、土壁の盾や旋風の盾などの障害物や跳躍で、少しでも魔法を発動するまでの時間を確保するように動くことで、距離のかわりにする他なかったと冷静になった今でも思う。
「むしろよく、怪我一つなく無事に勝てたもので……」
ついつい苦笑が零れる。
とは言え、あれほど上手に立ち回ることができたのは、やはり小さな精霊のみなさんが手助けをしてくれたからだ。
三色の精霊さんたちと、隠したままの多色の精霊さんたちに向けて微笑む。
「小さな精霊のみなさん。改めまして、ご協力本当にありがとうございました。私が無傷で勝利することができたのは、みなさんのおかげです」
『えへへ~!』
『えっへん!』
『しーどりあのためだもんね~!』
『ね~~!!!』
「ふふっ、嬉しいです」
――本当に、精霊のみなさんには感謝が積み重なって行く。
共に積み重なるこの信頼と友情は、きっとこれから先もこの胸をあたたかくするのだろう。
ほっこりとした心地に、零れた笑みの後にも、ふわりと微笑みがうかぶ。
戦闘前にひそめてくれていた、それぞれの光を戻した三色のみなさんが綺麗で、思わずほぅと感嘆の息を吐く。
ホーンウルフの群れが、またここへリスポーンして帰ってくる前に、本当はこの場を離れたほうが良いのだろう。そう考えが頭をよぎるものの、やはり少々疲れていたのか、あまり動く気にならない。
そのままほうけて小さな三色の精霊さんたちを眺めていると、ふよふよと眼前に近づいてきたみなさんがそれぞれ声を上げる。
『しーどりあ! れべるあがった!』
『ぱるのまち、いけるよ~!』
『まち、いく~?』
「あぁ、そういえば……」
そう言えば、レベルアップを示す鐘の音が鳴っていたのだと、今さらながらに思い出す。
パッと灰色の石盤を出現させると、基礎情報のページを確認する。
「えぇ、間違いなくレベル十になっていますね」
『わ~い! あんないするよ~!』
『わーぷぽるた、あっち~!』
『あんないできるよ~!』
「ワープポルタまで、案内してくださるのですか?」
『うんっ!』
ふむ、と口元に手をそえて、少し考え込む。
精霊のみなさんが言うのであれば、語り板の情報や以前クインさんが教えてくださった言葉の通り、これでワープポルタを活用できる土台が整ったのだろう。
しかし私は、そもそも今はまだ里の外である次の街へ行こうとは思っていない。
まだまだこの里の中で、見ていないもの、行っていない場所、出逢っていない未知が、たくさんあるはずだ。
――それに、クインさんの示唆も気になる。
あのクインさんが、次の街へ行けるようになった後も、まだ里ですごすのであれば自らに会いに来るといい、と伝えてくれたからには、きっと重大な何かがあるはずだ。
せっかくの案内の申し出だが、やはり今はまだパルの街へ行くわけにはいかない。
思考のために下ろしていた視線を上げ、自然と眉が下がるのを自覚しつつも精霊のみなさんを見つめ返して、やんわりと首を横に振る。
「いえ、その……私はまだ、この里の中でみなさんと一緒に遊びたいと考えています。ワープポルタへの案内は、またいずれお願いできますでしょうか?」
『は~い!』
『わかった~!』
『いつでもいってね~!』
「えぇ、ありがとうございます。その時はまた、よろしくお願いいたします」
『まかせて~!!!』
ご厚意を断る形になったことは申し訳なかったが、それを感じさせないほどに明るい声音での答えが返り、ありがたさに微笑む。
とは言え、サァッと闇が降りた周囲と星々が煌く夜空を見上げ、本格的な夜の時間になった以上は、今からクインさんのお話しを聴きに行くわけにもいかないと察する。
それならばと、夜の時間にしかできないことを思いうかべ……自然と微笑みが深まった。
そうだ――星の石を探しに行こう!




