六十四話 宵闇の華麗なるホーンウルフ戦
※ウルフが倒される描写あり!
シエランシアさんに見送られ、食堂のほうへと足を向ける。
魔物図鑑で見た情報の通り、アースウルフやホーンウルフは食堂の後ろに広がる森の奥に、なわばりをもっているらしい。
さらにシエランシアさんが言うには、ほとんどのシードリアたちはハーブスライムの討伐依頼を終えた後、そのウルフたちのなわばりで実戦をつづけているのだとか。
つまるところ、その場所がいわゆる狩り場と呼ばれる、プレイヤーであるシードリアにとって効率よく戦闘できる場なのだろう。
もっとも、さすがに今は次の街を楽しんでいるシードリアのほうが、多いと思うけれど。
昼前の里の入り口での一件を思い出し、ゆるく笑む。
とは言え、まさか私以外のすべてのシードリアのみなさんが、パルの街に行ったわけでもないだろう。おそらく、今から行く狩り場にはまだ先客のみなさんがいるはずだ。
食堂の裏へとたどり着き、トンっと軽やかに枝の上に乗ってから、少し考える。
少々悩ましく思うのは、私の習得している魔法についてだ。
「……さすがに今はまだ、人目にさらさないほうが良い気がするのですよね……」
思わず、ぽつりと呟く。
私が実戦で使うメインの魔法であるオリジナル魔法は、実は語り板に目を通す限り、周知されているもののまだ習得しているシードリア自体は少ないようで。
正直なところ、人前で大々的に使って見せていいものかと言われると、オリジナル魔法の存在自体は公式情報で提示されているため、まったく悪くはないのだが。
ただ、はじまりの地であるこの里の中では特に……目立つことこの上ないのは確かだ。
そして私としては、目立ってしまうのは単純に気恥ずかしいので、出来ることならば避けたい。
「――よし。なるべく人目のないところで戦いましょう!」
『お~!』
『がんばろ~!』
『がんばる~!』
一緒になって気合いを入れてくれる、小さな三色の精霊さんたちを肩と頭に乗せ、森を迂回するように枝から枝へとなるべく静かに移動を開始する。
脚には風の付与魔法がかかっているため、うっかり高速移動にならないように気をつけつつ、時折遠くに見えるシードリアと思しきエルフの姿を避けて、森の奥へ。
途中、茶色の毛並みをもった三匹の狼――アースウルフの群れの近くの枝を飛び跳ねる形になったものの、チラリと赫い眼差しが向けられただけで、追いかけられることはなかった。
近くに他のシードリアがいたからか、それともすぐに私がなわばりから出ることに成功していたのか。
ウルフの魔物たちの行動原理までは分からなかったが、アースウルフのなわばりを抜けた先に、ホーンウルフのなわばりがあることだけは確かだ。
ふわりと枝の上に着地し、その場で一度移動を止める。
ふよふよと目の前に来てくれた三色の精霊さんたちへ、右手の人差し指を立てて口元へと当て、静けさをたもってもらいたい旨を示すと、そっとその三色の光をひそめてくれた。
意識をして《魔力放出》をおこない、種族特性の一つである魔法を発動する。
ぐぐっと視界が変化し、まるで望遠鏡をのぞいているかのように、遠くの木陰が近くに見えた。
これは単発型の補助系初級身体魔法の〈遠見〉と言う魔法で、遠き地を見る力を瞳に宿すものらしい。
はじめて使った身体魔法だが、そこまで違和感などがあるわけではなく、無詠唱でも発動できるところも好ましく感じる。
魔法名の宣言でも発動することができる点が、身体魔法の便利なところだと、語り板で見かけたのを思い出す。
とは言え私の場合は、精霊魔法やオリジナル魔法が便利すぎるため、いまだに身体魔法の習得自体は先延ばしにしているわけだが。
そのようなことを考えつつも、視線ははるか遠くを見回していく。
そうして動かしていた視線の先に、ようやく目当ての目標を発見した。
――深呼吸を、一つ。
一度、脚にまとわせていた風の付与魔法を切り、シエランシアさんの教えの通りに戦闘準備を開始する。
かくれんぼをしてもらっている、小さな多色の精霊さんたちによる〈ラ・フィ・フリュー〉は、問題なく継続発動中。
単発型であるために短時間で切れた〈遠見〉を再度発動し、さっと見回す限り、敵影は他にはない。
魔力量よし、集中力もよし。
次は魔法の準備に取りかかる。
以前の夜間遊行の際、《並行魔法操作》の発動数の増加に伴い、並行して発動できる魔法が三つになったことで、格段に戦闘時に取りうる手段が増えた。
純性魔石が煌く手飾りをゆらし、軽く右手を上げ。
まずはと〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を発動。すぐそばに、円盤状の水の渦を三つ出現させる。
次いで〈オリジナル:風まとう氷柱の刺突〉を発動し、水の渦と並ぶように、冷気を伴う回旋する氷柱を三つ出現させ――それを《隠蔽 二》で隠す。
準備、よし。
遠くでうっすらと見える、灰色の毛並みを持つ五匹のホーンウルフを、ひたと見据える。
気分は、一流のスナイパー。後は……引き金を引くだけだ。
フッとうかんだ不敵な微笑みが、合図になった。
サッと上げていた右手を振り下ろし、二つのオリジナル魔法を二段階目に移行。
素早く、水の渦と見えない氷柱が五匹へと飛来し、まずは三匹を水の渦が切り裂く。
『グルァ!!』
鋭い怒気を秘めたうなり声ののち、水の渦が襲った三匹へとすぐさま氷柱が突き刺さる。
ここで、ようやく水属性に対して氷属性が触れる真価を、垣間見ることが出来た。
『ガァッ!!』
再度のうなり声の先、三匹のホーンウルフは水でぬれた身体を氷の冷気で凍りつかせたまま、ぶわっと灰色の巻き上がる風となって、搔き消える。
どうやら魔法習得時の予想通り、水の魔法によりぬれた敵を、氷の魔法でさらに凍結させることができるようだ。
――であるならば、戦法も自然と思いつくというもの。
遠くから、ようやく私の居場所を特定したらしい残りの二匹が駆けてくる姿が見えるが、問題はない。
示すように伸ばした右手の方向、二匹のホーンウルフの足元に〈オリジナル:大地より突き刺す土の杭〉を発動。大地から唐突に突き出た土の杭が、見事二匹をその場にぬいとめる。
そこに、すかさず〈オリジナル:降り注ぐ鋭き針の雨〉を発動し、頭上から針の雨を注ぎ降らす。
『グルアァァ!!!』
怒りのうなり声を聴きながら、再度風をまとう氷柱を三つそばに出現させ、振り払った右手を合図に二匹へと放つ。
勢いよく空中を切って進む氷柱は、吸い込まれるようにホーンウルフたちへと突き刺さり……キィンと冴えた音を鳴らして凍りつかせたのち、二匹の消滅と共に消え去った。
これでホーンウルフの討伐は、無事に完了だ!
ぱっと表情が華やいだのを自覚した、その瞬間――低くうなる声が、突如耳に届く。
意識の端で〈恩恵:シルフィ・リュース〉が発動したことに気づくのと、バッと枝の上で後ろを振り返ったのは、ほとんど同時。
『ガアゥッ!!』
「ッ!」
枝の上へと飛びかかってくる灰色の姿に、とっさに後方の空中へ飛び退る。
なおも追いすがり突き刺そうとしてくる頭部に生えた角の攻撃を、身体の前に動かした左腕で煌く銀の腕輪が、ぶわりと見えない風圧で防ぐ。
刹那、お返しにと放った〈オリジナル:無音なる風の一閃〉が、銀線を灰色の狼の身体へ刻んだ。
ザッと土を散らし大地へと着地すると同時に、素早く視線を巡らす。
目の前にいるのは三匹で、残りの二匹は左側に一匹と右側に一匹、少し離れたところで隠れひそむ、その息遣いが耳に届く。
音を届けてくれる〈恩恵:シルフィ・リュース〉に感謝しつつ、眼前の三匹の赫い炯眼を見つめながら、油断できない間合いのはかり合いをじりじりとつづける。
……まさか、二つ目のホーンウルフの集団に、背後から襲われるとは思わなかった。
このような状況を想定してかけていたとは言え、腕輪を包む付与魔法〈オリジナル:見えざる護りの風盾の付与〉が、さっそく役に立つことになろうとは。
緊迫した雰囲気に、しかし口元は弧を描く。
ずいぶんと本格的な戦闘の幕開けに――どうしても期待と好奇心のほうが、緊張感を上回った。
頭と感覚が、冴えていくのが分かる。
ゆっくりと互いに土を踏みながら、相手の出方をうかがう時間がすぎていくのに、微笑みを深めた。
おそらく、このホーンウルフは知らないのだろう。
戦闘時の停滞時間とはすなわち、魔法使いにとって……次なる魔法の、準備時間になるということを。
――仕込みは、相成った。
さぁ、反撃開始だ!
素早く〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を脚にまとわせ、後方の空中へと跳躍。
遠ざかる地面を見ながら、ダッと同じように飛び上がった三匹の空路を、一瞬で風の付与魔法を消したかわりに発動させた、〈オリジナル:大地よりいずる土の盾〉で塞ぐ。
『ガウッ!!』
ドンッと響いたにぶい音と、同時に上がった短いうなり声に、空中から落下しつつ土の盾を壊して声を張る。
「〈ラ・アルフィ・アプ〉!」
ぱっと出現した小さな水の精霊のみなさんが、空中で土壁にぶつかった影響で態勢をくずして地面へと落ち行く、三匹のホーンウルフへと水飛沫を叩きつけていく。
〈恩恵:ラ・フィ・ユース〉が同時に発動したその水飛沫の威力たるや、針の雨の比ではない。
ドサリと受け身もとれずに三匹が落下した後で、軽やかに後方の地面へと降り立つ。
またたく間の出来事に、しかし三匹だけでは不利だとようやく悟ったのだろう、左右の茂みに隠れていた二匹が飛び出てくるが――時すでに遅し。
反撃として先手を打ったのは私のほうだということを、忘れてもらっては困る。
トンッと前方へと飛ぶように駆け、三匹のほうへと接近し、
「〈ノクス〉!」
凛と魔法名を宣言して、夜の闇を頭上から降ろす。
樹々の緑を押しのけ、ザァッと一瞬で暗闇におおわれた周囲に、左右の二匹が土を蹴って急停止する音が耳に届けられる。
よろめきながらも立ち上がった眼前の三匹は、なりふり構わず再び牙をむいて突撃してくるが、これは想定済み。
――仕込んでいた魔法が鋭く、三匹へと冷ややかに突き立ってその身を氷漬けにする。
隠蔽がとけて現れたのは、ずっと隠してそばに待機させていた、風をまとう氷柱。
凍結した三匹はすぐに灰色の風となって掻き消えていった。
リンゴーンと厳かに鳴る鐘の音を、今は横に置いて。
残りは、二匹。
サァッと晴れて行く闇の魔法の先で、左右から飛びかかろうと大地を蹴り上げる姿が見えた。
落ち着いて〈オリジナル:身を包みし旋風の守護〉を発動。
身体を球体状に囲う旋風に流し弾かれ、二匹の爪も牙も角さえも、この身には届かない。
そして――わずかでも集中できる時間さえあれば、次の手は打つことができるものだ。
微笑みを深め、周囲の樹々が流れて見えるほど勢いよく、前方へと全力で駆ける。
旋風の盾が消えゆく間に三つの氷柱を出現させ、それを振り向きざま払った右手を合図にして、瞬時に二匹めがけて放った。
『ガアァウ!!』
氷柱が突き刺さる衝撃に、必然的に止まった二匹の動きを確認し――隠していた最後の魔法を、二段階目に移行。
宵闇から現れた水の渦が、いっそう無慈悲なまでに美しく、二匹を切り裂く。
キィン――と鳴った涼やかな凍てつく音の果て。
残り二匹のホーンウルフも灰色の風となり、消滅する。
涼しげなそよ風が吹きぬける中、あまりにも鮮やかな勝利体験に、満面の笑みが咲きほこった。




