六十三話 一段飛ばしの討伐依頼
昼食後、少しの休息ののち、再び【シードリアテイル】にログインする。
さわっと頬を撫でたそよ風と、ゆたかな森の香りに微笑み、そろりと瞳を開く。
夕暮れ時の橙色の光が射す森の中は、やはり美しい。
『しーどりあ、おかえり~!』
『まってたよ~!』
『おかえり~!』
「はい、ただいま戻りました」
一瞬で現れ超至近距離で光り響いた、小さな三色の精霊さんたちの煌きと声音にもすでに慣れ、穏やかに言葉を返す。
ゆっくりと立ち上がる感覚にも、〈フィ〉と唱えて小さな多色の精霊のみなさんを呼ぶことにも、〈ラ・フィ・フリュー〉と〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を発動させてそれを《隠蔽 二》で隠すことにも、もうずいぶんと慣れた。
三色の精霊のみなさんと連れ立って、神殿の中の小部屋で神々に《祈り》を捧げることも、それなりに自然に出来るようになってきた、はず。今回のお祈りでも、特別何かを授かることはなかったが、それはおそらく普通のことなのでよしとしよう。
むしろ、ここまでの行動がそれなりに様になってきたことのほうが嬉しい。
これは没入ゲームの常として、やはりそのゲーム内の感覚に慣れるほど、より深く多くの物事ができるようになるものだからだ。
【シードリアテイル】の大地ですごすこと、それ自体に慣れてきたという点は、純粋に喜ばしい。
それはつまり、この先――もっとこの世界を楽しむことができるようになる、ということなのだから!
うかぶ微笑みをそのままに、弾んだ心で神殿から外へと踏み出す。
直後、さぁっと陰った周囲の暗さに、宵の口の時間になったことを感じながら、颯爽と土道を進んでいく。
『しーどりあ、これからなにするの~?』
好奇心を宿した小さな水の精霊さんの問いかけに、微笑みを不敵に深めて答えた。
「――少々、魔物狩りを」
目指す場所は、もう見えている。
ずいぶんと姿が減った他のシードリアたちが、それでも数人魔法や剣や弓の練習をしている、広場の端。
杖を持ち凛とたたずむシエランシアさんの元へと、迷わず足を進める。
ふいに淡い金の長髪と緑のローブがゆれ、朝の澄んだ空のような瞳と視線が合った。
フッとうかんだシエランシアさんの不敵な微笑みに、同じ微笑みを返し、目の前へとたどり着く。
優雅なエルフ式の一礼を互いに交し合い、再び瞳を合わせる。
「こんばんは、シエランシアさん」
『よく来たな、ロストシード。ようやく、討伐依頼を受ける気になったのか?』
「えぇ。今夜は狩りをしたい気分でして」
低めの女声がからかうように、愉快気な響きを宿して問いかけるのに対し、こちらも涼しげに返事をしてみる。
すると、とたんに空色の瞳が細められた。
杖を持っていないほうの手を軽く握り口元に当て、楽しくて仕方がないという笑い声を、シエランシアさんが小さく零す。
『くくっ! なかなか、優しげな顔に似合わず好戦的だな、ロストシード』
「いえいえ。シエランシアさんのご教授のたまものですとも」
『なるほどなぁ、たしかにそれは一理ある。君に戦闘時の心得を伝えたのは、間違いなくわたくしだからな』
互いに不敵に微笑みながら、そうおどけたやりとりを交し合うのは、なかなか新鮮な体験だ。
当然、このような遊びを混ぜた会話ができるのは、初見で私がすでに魔法を習得していると見抜いた慧眼を持ち、敵は確実に仕留めなさいと教えてくれた、指南役のシエランシアさん相手だからだけれど。
コホン、と小さく咳払いをして、微笑みをいつもの穏やかなものに戻すと、シエランシアさんのほうも凛とした笑みをうかべなおしてくれる。
では、改めて。
「次の討伐依頼を受けたいのですが、どのような依頼があるのか、教えていただけますか?」
『ああ、これだ』
私の問いに対し、端的に告げたシエランシアさんが、ピラリと紙を差し出す。
受け取り目を通すと、どうやらホーンウルフという魔物を討伐する依頼らしい。
名前の通り額に角を生やした灰色の狼で、五匹一セットの集団で行動するのだと、魔物図鑑で読んだ記憶を引き出す。
依頼紙には[ホーンウルフの討伐 一集団 計五体 証明部位は角 報酬は銅貨五枚]と書かれていた。
なるほど、とうなずく。
「今回はこのホーン」
『ロストシード』
低めの声に言葉をさえぎられた驚きで、依頼紙からパッと顔を上げる。
真剣な空色の瞳に、静かにひたと見つめられ、思わず緑の瞳をまたたいた。
『実はな……』
声量を落として語る、シエランシアさんいわく。
普通はハーブスライム討伐の次は、三匹一セットで行動するアースウルフを討伐する依頼を受けるものなのだが。
と言うよりも、シエランシアさんたちがこの里で冒険者ギルドのかわりとして、事実上の初級冒険者扱いの私たちに出せる正式な討伐依頼としては、そもそもアースウルフ討伐までだそうなのだけれど。
『いやぁ、正直ロストシードには、これくらいがいいだろうと思って』
そう、とても――それはもう物凄くイイ笑顔で言われてしまっては、無言でうなずくしかない。
それで、どうやら特別に用意したらしい、五匹一セットで行動するホーンウルフの討伐を依頼した紙が目の前にある、と。
さきほどの私の言葉をさえぎったのも、おそらくは周囲の他のシードリアに、聞かせないようにとの配慮だろう。
……まぁ、普通はアースウルフの討伐依頼までしかないわけで。
厳密には、他のシードリアのみなさんには聞かせることが……いや、これ以上はやめておこう。
若干、視線を彼方へと飛ばしてしまったことは、許していただきたい。
『とにかく、だ』
実にイイ笑顔から、再び真剣な表情に切り替えたシエランシアさんに、こちらも気合いで意識を切り替える。
『今回の相手は、多少手こずる……とは、思う』
「えぇ、さすがにハーブスライムほど簡単には倒せないと、私も考えております」
何故か言いよどむシエランシアさんに、ひとまずは難敵だと予想して言葉を返す。
……習得済みの魔法を思いうかべ、反射的にハーブスライム戦のあっさり具合が想起されるのには、そっと蓋をしておく。
おそらく、シエランシアさんが言いよどんだ理由も、おおかた私がどのような魔法を習得しているのかを察しているからだろうという想像も、横に置いておこう。
二人そろって少しだけ微妙な表情になりながらも、なんとか体勢を立て直して話しをつづける。
「しっかりと用心して、戦いますね」
『ああ、そうしたほうがいい。なにせ――魔物は恩恵であると同時に、試練の象徴でもあるからな』
「恩恵と、試練……ですか?」
魔物がそのような象徴であると、はじめて聴いたのではないだろうか?
ざっと探る限りでは、記憶にはない。
うかがうようにシエランシアさんを見ると、凛とした笑みで一つ、うなずきが返る。
『魔物の素材はその多くが生きていくために必要な糧になるため、恩恵としてみなされている。だが一方で、あれらはわたくしたち生きとし生けるもののすべてに降りかかる、乗り越えなければならない試練でもあるんだ』
「……なるほど」
たしかに、武器などの素材としての恩恵を受け取る一方で、戦って勝利しなければならない試練そのものだ。
今まで思い至らなかったことが不思議なくらい、魔物をよく表現した言葉に、感動さえおぼえる。
深くうなずき、納得の意を示すと、シエランシアさんは何度見てもよく似合う、かっこいい雰囲気で、フッと不敵な笑みをうかべた。
『君ならば、勝てる』
凛とした断言。
それに瞳を開いて驚いたのは、一瞬のこと。
すぐに口元が描いた笑みは、きっとシエランシアさんのそれによく似た、不敵なものだったに違いない。
刹那に湧き上がった高揚感に、我ながら少々簡単にやる気になりすぎていると、思わなくもない。
けれど、それはそれでいいのだ。
それでこそ、この世界をより広く深く細やかに、楽しむ機会が生まれるのだろうから。
何より……今回こそは、華麗な魔法戦を楽しみたいのだと、そう思ってしまったのだ。
試練? よろしい。
――楽しみながら、打ち勝ってみせよう!
「鮮やかな勝利を、ご教授の成果として捧げてみせます」
私のやる気に満ち満ちた宣言に、シエランシアさんはまた心底楽しげに、小さく笑ってくれた。




