六十一話 甘いご褒美と木漏れ日の下
※甘味系飯テロ注意報、発令回です!
注文の品が届くのを待ちながら、ふとチョコの実というものは、植物図鑑などには載っていなかったと思い至る。
名前とメニュー本の説明書きだけで、いわゆるカカオのようなものだと判断したのだが、実際はどのようなものなのだろう?
個人的には、とても気になる。
さいわい私のそばには、植物関連の知識をもつ存在がいるので、そちらへと視線を向けた。
小さな土の精霊さんが、くるりと舞う。
『しーどりあ、どうしたの~?』
「えぇ、小さな土の精霊さん。このチョコの実というものは、どのようなものなのですか?」
『ちょこのみはね~』
私の純粋な疑問に、ふよふよと近づいて来てくれた土の精霊さんが説明をしてくれた。
いわく、丸い焦げ茶色の硬い実の中に、甘くて苦い固形や液体状のチョコと呼ばれる食べ物が、入っているのだとか。
つまるところ、チョコの実の中にいわゆるチョコレートがそのまま入っているということだろう。
「それはそれは……ぜひ実物を見てみたいものですね。教えてくださりありがとうございます、土の精霊さん」
『どういたしまして~!』
物知りで優しい精霊さんにお礼を告げ、王都にあるというチョコの実に思いをはせる。
まだまだこの里の中で未知を探りながらすごす以上、実際にチョコの実を見る機会が訪れるのは、ずいぶん先のこと。
それならば、今日はまずチョコケーキを堪能することにしよう!
そう、決意を新たにしていると、見慣れた小さな緑の姿がぴゅーっと飛んでくる。
『おまたせしました~! リヴアップルティーと、チョコケーキです!』
満面の笑顔を咲かせた中級精霊さんが、器用に蔓に乗せたコップと皿を机へと降ろす。
「ありがとうございます」
『はいっ! ごゆっくり、おたのしみくださいませ~!』
感謝の言葉に、ぺこっと快活にお辞儀をして去る緑の中級精霊さんは、もしかするとこの食堂の看板娘というものなのかもしれない。
可愛らしい接客に心があたたかくなる心地に浸りながらも、本題に意識を戻す。
机の上には、飲み物とデザートがそれぞれ一つ。
ポーションを入れる小瓶と同じく、透明なガラス製品のようなコップに薄紅色のリヴアップルティーが入っており、その横の白磁の皿には、四角の焦げ茶色と薄茶色の二層になったチョコケーキが乗っていた。
甘いリンゴのような香りと、深みのあるゆたかで甘い香り――どうやら本当に、チョコはチョコレートで間違いないらしい。
自然と上がる口角と高揚につられるように、視線がチョコケーキの皿に置かれたフォークに向かうが、その前に。
胸の中央へ、重ねた左右の掌を当て、軽く瞳を閉じて紡ぐ。
「――恵みに感謝を」
『かんしゃ~!!!』
精霊のみなさんもつづいた食事の際のあいさつに、小声で頂きますを重ねて、今回は待ちきれない気持ちでフォークを手に取る。
そっと四角のチョコケーキの角へ刺し込むと、硬さとやわらかさを順番に少しの抵抗感として感じ、期待に笑む。
すくいとりフォークに乗せた一口分を、ぱくりと口に含むと――とたんに、ゆたかなチョコレートの香りと甘さに満たされた。
ほわっと、明らかに表情がゆるむのを自覚できたものの、それを気にしている場合ではない。
とろりと口の中でとけた甘さと、ほんのりと奥で感じる苦み、それとチョコのなめらかさとスポンジの食感を同時に楽しむこの贅沢さ……。
「は~、美味しいですねぇ」
あっという間になくなった一口分を味わい、思わず感動の吐息と言葉が零れた。
『しーどりあ、しあわせなおかおしてる~!』
『してる~!』
『おいしいの、いいこと!』
「えぇ、それはもう。本当に美味しくて、とても幸せな気持ちです」
すっかり気がゆるんだ表情を、幸せな表情と理解してくれた小さな三色の精霊さんたちの言葉に、ゆっくりと深くうなずきながら答える。
高速錬金の練習による疲労感に、しみわたるように癒しを与えてくれるチョコケーキに、すっかり虜になってしまった。
ぱくぱくと半分ほどを一気に食べ進めたところで、そういえばリヴアップルティーも頼んでいたのだと思い出す。
冷たいコップを手に取ると、まずは一口。
チョコの深みのあるまろやかな甘さを、さっと酸味のあるさっぱりとした甘さが流していく。
「あぁ、こちらもなかなか」
新しい美味しさについそう呟き、二口、三口と飲み進める。
二口目以降はチョコの味が流れたからか、よりリヴアップル本来のものだろう薄い蜜のような甘さも味わうことができ、これがまたなかなかに美味。
チョコケーキとリヴアップルティーを交互に楽しんでいると、どちらもまたたく間に食べ終わり、飲み終わってしまった。
からの皿とコップを見つめ、満たされた心地を吐息に変える。
同時に――絶対に、何が何でも、チョコケーキはまた食べようと、心に誓った。
小さくご馳走様でしたと呟き、三色の精霊のみなさんと共に席を立つ。
お会計をすませて食堂の外に出ると、眩くあたたかな陽光が出迎えてくれた。
「さて、デザートも堪能したところで。そろそろいったんログアウトをするお時間なのですよねぇ……」
軽く伸びをしつつ、神殿へと向かって歩きながら言葉を零す。
現実世界での朝にログインしてから、もうそろそろ五時間が経つはずだ。
ゲーム内で美味しいデザートを食べても、残念ながら現実世界のお腹は満たされないため、このあたりで昼食をとるためにログアウトしたほうが良いだろう。
『しーどりあ、おそらにかえる~?』
『またね、する~?』
『ぼくたちまってる~!』
「えぇ、そうですね。また少し空へ帰ろうかと。すぐに帰ってきますから、ご安心ください」
『わ~い!!!』
小さな三色の精霊さんたちの問いかけに、せいぜい一時間ほど現実世界で休むていどだろうと考えながら言葉を返す。
すぐに帰ってくるという言葉に喜ぶ精霊のみなさんと同じく、穏やかで満たされた心地が名残惜しくて、自然とゆったりとした歩調で神殿までの土道を行く。
壮麗な白亜の建物の近くまで来ると、ふと神殿の奥に広がる森の美しさに視線が移った。
燦々と照る黄金色の陽光が、重なる葉の隙間から木漏れ日となって大地へと降り注ぐ様に導かれ、白亜の神殿の横から森の中と踏み入る。
『ぽかぽか~!』
「たしかに、この時間は木漏れ日もあたたかく感じますね」
小さな風の精霊さんがすぃっと移動し、射し込む木漏れ日の中でくるくると舞う姿に、真似をして近くの木漏れ日に手を伸ばしてそのぬくもりを楽しむ。
さわさわと吹くそよ風になびく、金から白金へといたる長髪が木漏れ日に煌き、その眩さに思わず瞳を細めた。
さらりと横髪を後ろへと流し、さらに奥へと歩いていく。
ゆるやかな歩調を刻み、たどり着いた神殿の裏手は、ただ静かな木漏れ日が射す巨樹が並ぶばかり。さらに奥へと森がつづくのみで、穏やかな時間をすごすのに良さそうな場所だった。
微笑み、近くの巨樹の根本へと腰を下ろす。
せっかくこんな素敵な場所を見つけたのだ。今回はここでログアウトするとしよう。
スキル《隠蔽 二》で隠していたオリジナルの風の付与魔法と、〈ラ・フィ・フリュー〉を発動してくれている小さな多色の精霊さんたちを一度出現させてから、礼を告げて両方の魔法の発動を終了する。
穏やかな心地で巨樹の幹に背をあずけると、頭上から注ぐやわらかな光が、風の精霊さんが言っていたようにぽかぽかとあたたかく感じた。優しいぬくもりに、眠気をさそわれるように瞼を伏せる。
『しーどりあ、おやすみ?』
さわさわと、頭を撫でられるような感覚に微笑みを深めながら、ゆるりとうなずく。
「はい。今日はここから、空へ帰りますね」
『わかった~!』
『は~い!』
『またね~!』
「えぇ。またのちほど」
慣れてきた一時の別れの言葉を交わし、木漏れ日と緑と土の香りに癒されながら、そっと呟いた。
「ログアウト」
これまた慣れてきた、ぐっと遠ざかる感覚の後、鮮明になる現実の感覚に息を吐く。
さぁ、手早く昼食をすませてしまおう。
――貴重なサービス開始二日目を、まだまだ楽しみたいのだから!
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話し
を投稿します。




