六十話 チョコケーキはありますか?
※ふわっと甘味系飯テロ風味です!
燦々と降り注ぐ強い陽射しに、いつの間にか昼の時間へと移り変わっていたと気づく。
黄金色の眩さに緑の瞳を細めていると、小さな三色の精霊さんたちが楽しげにふよふよと動き出す。
『しーどりあ、つぎはなにをするの~?』
「そうですねぇ、何をしましょうか」
小さな水の精霊さんの問いかけに、ひとまずと向けた足を広場へ進めながら、考えてみる。
正直なところ、高速錬金の練習に、気力を大いにもっていかれてしまった結果、今は少々何かしらの癒しがほしい。
木漏れ日の下、巨樹の根本に腰かけて精霊のみなさんと一緒にまどろんだり、食堂で美味しいものを食べたり……とにかく、今はそのような穏やかな時間が必要だと思う。
「全力で取り組んだ後は、ゆっくりと休むことも大切ですよねぇ」
『やすむのもたいせつ~!』
『ゆっくり、まったり~!』
のほほんと呟くと、風と土の小さな精霊さんたちからも同意の言葉が届き、口元がゆるむ。
その時――何やら美味しそうな香りが、嗅覚をくすぐった。
自然と視線が、広場の奥にある食堂を向く。
よし、決めた。
「みなさん。この後は、デザートを食べに行きましょう!」
『でざーと?』
『でざーと!』
『でざーと~!』
「えぇ、お茶とおやつをいただきにまいりましょう!」
『わ~~い!!!』
煌めく緑の瞳と共に跳ねる声音でそう告げると、精霊のみなさんもずいぶんと嬉しげに幼げな声音を響かせる。
それに微笑みを深め、同じく嬉しい心地に満たされながら、食堂へと向かった。
蔓で造られた大きな建物には、入り口の扉の横に今日も大きな看板が一つ。
[本日のおすすめ 川の薄紅魚の香草焼き]と書かれたメニューはすごく気になるが、今はデザートを食べたい気分なので、こちらはまたの機会にしよう。
扉を開き、カランカランと響く来店を示す音を聞きながら、一瞬で広がった食べ物の香りを楽しむ。
ぴゅーっと目の前へやってきた幼い少女――もとい、緑の中級精霊さんが、ぱっと笑顔をうかべる。
『いらっしゃいませ! こちらへどうぞ~!』
四つの翅をぱたぱたとゆらし、すいーっと移動しながらの案内が可愛らしく、笑顔でその小さな背中についていく。
通されたのは、店の奥にある以前と同じボックス席。
上品さを心がけてゆっくりとソファに腰かけると、目の前の机の上に大きめの葉で作られたコップが置かれる。その内でゆらめく水を見ると、前回飲んだ水の美味しさを思い出し、思わず口元がゆるんだ。
『ほんじつは、お食事はおきまりですか?』
「あぁ、いえ。今日はまだ決めていませんので、のちほどベルでお呼びしても?」
『かしこまりました! ごゆっくりおきめくださいませ!』
「はい、ありがとうございます」
小さな店員さんとのやり取りを交わし、ぴゅーっと厨房へと去っていく姿を見送ってから、葉のコップの水を一口楽しみ、机の上のメニュー本を手に取る。
前回の記憶を頼りにページをめくり、デザートの一覧が並ぶところで止めて、じっくりと内容を確認していく。
「リヴアップルティーと、マナプラムティーが飲み物ですね。お茶というよりは、果実水なようですが」
『あまいよ~!』
『さわやか~!』
『おいしいよ~!』
「なるほど。では、今日はリヴアップルティーのほうをたのんでみますね」
『うん!!!』
メニュー本には、小さく食べ物の説明書きがそえられており、簡単ながらどのような飲み物や食べ物なのか、分かるようになっていた。
精霊のみなさんの言葉に応えながら、視線を落とし、メニュー本に書かれた文字を指先でなぞっていく。
「ハニークッキーに、アクアプラムゼリー。マナプラムタルト、リヴアップルパイ、チョコケーキ……チョコケーキ?」
思わず、目が点になる。
やけに見慣れた名前のデザートだ。
説明書きに目を通すと、[王都から仕入れたチョコの実を使った、ほんのりと苦みを秘めた甘いあま~いチョコケーキ。※数量限定品]と書いてある。
「チョコケーキ……好いですね!」
口元が弧を描くのを自覚する。
星の数ほどありそうなお菓子類の中でも、一二を争うほど、私はチョコレート菓子が好きだ。あの深い甘さとかすかに残る苦み、それにゆたかな香りには、食べる際いつも心が躍り幸せに満たされる。
ハチミツ入りのクッキーや、甘いゼリー、フルーツのタルトやパイもとても美味しそうだが、あえてこれらのデザートの中で何を選ぶかと問われてしまうと、答えは一つ。
「決めました! 今日はチョコケーキとリヴアップルティーで、癒されましょう!」
『は~い!!!』
楽しげな三色の精霊さんたちの声音に微笑み、さっそくと店員さんを呼ぶためのベルをチリンチリンと鳴らす。
すると、ぴゅーっと空中をすべるように飛んできた緑の中級精霊さんが、あっという間に目の前へとやってきて、笑顔を咲かせた。
『ごちゅうもんはおきまりですか~?』
可愛らしい笑顔での問いかけに、こちらも微笑みながら注文を告げる。
チョコケーキに関しては、数量限定と書かれていたため、確認も必要だ。
「はい。リヴアップルティーを一杯と、チョコケーキは、まだありますか?」
『はい! あと三皿ぶん、のこってますよ~!』
良かった。チョコケーキも無事に食べることができる。
小さく安堵の息を吐きつつ、言葉をつづけて紡ぐ。
「ではチョコケーキも一皿、お願いいたします」
『かしこまりました~! できあがるまで、しょうしょうおまちくださいませ!』
言うが早いか、颯爽と厨房のほうへ向かう小さな姿に、もはや頼もしささえ感じて笑みが深まる。
さて――【シードリアテイル】のチョコレートケーキ、そのお味のほどは?
湧いて出た、好奇心に近しい期待は高まるばかり。
小さな三色の精霊のみなさんと一緒に、それとなくそわそわとしながら、注文の品が届くのをしばし待つ。
合間に飲んだ葉でつくられたコップの中の水は、やはり変わらないさっぱりとした爽やかさで、先んじて癒しをもたらしてくれた。




