五十八話 高速錬金は要練習!
解決した問題に安堵しながら、いよいよポーションづくりに取りかかる。
切り分けたリヴアップルの一欠けをボウルの中に入れ、そっと手をそえて、集中。
ゆっくりと、魔力をとおして魔力水を回転させながら、リヴアップルをとかして魔力水を薄紅色に染めていく。
さいわい融解はそう難しくは感じず、もう一欠けも入れてとかし、次いでまた《高速魔力操作》を加えて素早く拡散。集中をとぎれさせないよう気をつけつつ進め、混ぜ合ったところで精錬へと移行する。
効能が高まるよう、丁寧に魔力を注ぎ入れて磨き、その際に生じるきらきらとした煌きを目で楽しみながらつづけると――生命力回復ポーションの完成!
無言ながら、精霊のみなさんがくるくると嬉しそうに舞っているので、きっとこれは無事に完成している、はずだ。
零さないように気をつけつつ、ボウルから小瓶の中へと出来上がった薄紅色の液体を注ぎ入れ、しっかりと蓋をする。
小瓶をかかげると、少し濃い桜の花のようなその色合いが美しく、思わず口元がゆるんだ。
おそらく今の私は、さぞ満足気な笑みをうかべていることだろう。
事実、おそらく無事に完成しているはずの手元の生命力回復ポーションを思えば、我ながらよく失敗せずに作れたものだと、嬉しさがあふれてくる。
この調子で、もっと《高速魔力操作》を使った高速錬金に慣れるべく、作業をつづけよう。
ボウルに残った水気を、近くに置いてあった布で綺麗にふき取り、次のポーション製作をはじめる。
お次は、防魔ポーションだ。
この防魔ポーション、錬金薬書いわく、魔法的な攻撃を受けた際にその効能を減らす、対魔法効能軽減効果を宿すものらしい。
アード先生が珍しいと言ったのは、そもそもこのマモリダケが量を採取できるようなものではない上に、防魔ポーション自体あまり製作されるポーションではないのだと書かれていたことに繋がるのだろう。
なにせ、防御面の担当を得意とするのは、衣服や鎧などの直接身にまとう物が定番。
下級防魔ポーションくらいならば、裁縫職人たちが丁寧につくりあげた上質な服のほうが、性能も安定しており長持ちもするらしいとも書かれていて、ポーション自体あまり製作されないという点にも納得せざるを得ない。
――とは言え私の場合、防魔ポーションを製作する理由の半分以上は、高速錬金の練習のためなので、そのあたりの事情はそっと横に置いておくわけだが。
小瓶を使って魔力水の量をはかり、みじん切りのマモリダケの半量と共に、ボウルへと入れる。
そっとボウルを包むように手をかざし、魔力水とマモリダケに魔力をとおして融解開始。
ゆっくりととおし注ぐ魔力は、今回は不思議と圧のような抵抗感を覚えて、反射的にわずかに眉根がよった。
マナプラムやリヴアップルのような、瑞々しくやわらかい物とは異なり、繊維のあるマモリダケをとかすこの作業は思ったよりも難しい。
繊細に魔力をとおしていく必要がある一方で、欠片一つとってもキノコ類特有の弾力が感じられ、遅々として融解作業自体は進みそうにないのだ。
精密な魔力操作を必須とし、同時に思い切ったスピードも今回の作業には必要に思う。
こうなると、いっそのこと高速で魔力をとおしてみたほうが、いいかもしれない。
「……物は試し、ですね」
意図的に呟き、覚悟を決める。
いざ、高速錬金開始……!
音が遠ざかるような感覚と共に、深く集中。
《精密魔力操作》と《高速魔力操作》を合わせ一気に融解し、マモリダケの残りの半量を入れてさらに融解。つづけて拡散まで仕上げると、そのままの速度で精錬もおこなう。
星々の煌きか、あるいは水面に反射する陽光の煌きを思わせる、磨かれてゆく魔力の光を美しいと見惚れる時間も余裕さえもなく――錬金完了。
大きく息を吸い込み、吐く。止めていた呼吸を必死で再開するように、肩がゆれる。
……疲労も疲労、大疲労だ!
もし【シードリアテイル】に気力ゲージのようなものがあったのならば、今の私の気力はかなり消費されていることだろう。
薄々気づいてはいたが、やはり率直に言って。
「――高速錬金、ものすごく疲れますね!」
『おつかれさま~!』
『しーどりあ、がんばった!』
『えらいえらい~!』
思わず零れた本音に、三色の精霊さんたちのあたたかな言葉がしみわたる。
「ありがとうございます。ひとまず防魔ポーションはつくれたようで、なによりです」
優しさに感動しながらも、お礼の言葉は忘れない。無事に完成した、防魔ポーションの確認も。
ボウルの中で藍色に澄み渡る、防魔の効能を宿した液体を見つめ、瞳をまたたく。
シイタケのような焦げ茶色のマモリダケから、どうして藍色の液体になるのか。神秘的な不思議さに驚きながらも、達成感に口元がゆるんだ。
『かんせ~い!』
『わ~いわ~い!』
『じょうずにできた~!』
小さな土の精霊さんが、上手にできたと言ってくれているので、おそらくは無事に下級防魔ポーションに仕上がっているのだろう。
ほっと吐いた安堵の吐息と共に、緊張がほぐれる。
満足気にうかぶ微笑みをそのままに、零さないようゆっくりと小瓶へ藍色の液体を注ぎ入れ、こちらもしっかりと蓋をして机の上に置く。
ボウルに残った水気を布でふき取りつつ、ここまでの実験に近しい体験を振り返ってみる。
融解から精錬に至るまで、一度すべて通しての高速錬金を実践したことで、その難しさを痛感できたことは、今回の大きな収穫と言えるだろう。
難しいことを難しいと理解できてこそ、そこから先の思考や行動が生まれる。
そして高速錬金の難しさの本質は、高速で魔力を操作する感覚の忙しなさが、桁違いであること。
この難しさは、ハーブスライムとの初戦闘に向けて、魔法の切り替えを練習した時の感覚によく似ている。
つまるところ、これに慣れるためには――練習あるのみ、だ!
「……高速錬金、必ずやものにしてみせます!」
気合いを入れて、拳を握る。
素材はまだ残っているので、引き続き高速錬金の練習と共に、ポーションづくりにはげむとしよう。
高速錬金による疲れで、倒れないていどに……!




