五十六話 錬金薬書と魔力水
大切な約束を胸に、クインさんに優雅に一礼をしたのち、再び土道を里の奥へと歩きはじめる。
ざわめきに引きよせられた結果、里の入り口へと向かったわけだが、それとは別に元々試そうと思っていたことがあったのだ。
『しーどりあ、つぎはどこにいくの~?』
くるりと右肩の上で回転しながら問う、小さな水の精霊さんの言葉に微笑みながら、答えを返す。
「アード先生のお店ですよ。今度は他の種類のポーションも、つくってみようかと!」
ついつい、あふれた楽しさに声が跳ねる。
実際に錬金術をもちいてポーションをつくる作業は、予想以上に心躍る体験だった。
魔力水の中で素材をとかす融解も、それをよく混ぜ合わせていく拡散も、効能を高めるために魔力を注ぐ際の煌きが美しい精錬も、どれもが興味深くロマンに満ちている。
それに、一人前の錬金術師として認められる技術を身につけるという目標のもと、高速錬金をたやすくおこなえるほど魔力操作を上達させるためには、やはり実践あるのみだろう。
せっかく、星の石を探す探索のついでに素材を採取したのだから、これらの素材を使って錬金技術を磨くとしよう!
好奇心を口元に乗せ、たどり着いたアード先生の店の扉を開く。
ふわりと広がった緑の香りを楽しみつつ、部屋の奥へと視線を向けると、切れ長の深緑の瞳もまた、こちらを見ていた。
静かに歩みより、エルフの一礼と共にあいさつをする。
「よき朝に感謝を。おはようございます、アード先生」
『――よき朝に感謝を。奥の作業部屋は好きに使うといい』
「はい、ありがとうございます」
低い淡々とした声と無表情で紡がれた言葉に、微笑みながら礼を返す。
アード先生の無表情が通常装備だと分かっている身としては、その表情と色のない声音に気後れする必要はない。
むしろ的確に来店の意図をくみとり、作業部屋の使用許可を出してくださる言葉を、ありがたく感じるくらいだ。
錬金技術の先生の心遣いを嬉しく思いつつ、ふと星の石を探す夜間遊行の際、小さな土の精霊さんのお声がけで採取したキノコのことを思い出す。
食べると護ってくれるキノコらしいのだが、そう言えばあれが錬金術の素材なのかを、確認したいと思っていたのだった。
「あの、アード先生、実は少しおたずねしたいことがありまして……」
そう紡ぎながら、右腰のカバンから一つ、シイタケに似た子供の掌大のキノコを取り出す。
それを椅子に座っているアード先生にも、よく見えるようにと掲げた瞬間、アード先生の整った眉が上がった。
『珍しい。マモリダケか』
「マモリダケ、と言うのですね。珍しい錬金素材なのでしょうか?」
『そうだ。防魔ポーションの素材だからな』
「防魔ポーション、ですか……?」
このキノコの名前がマモリダケということと、珍しい素材であることは分かったが、防魔ポーションという名前には聞き覚えがない。
小首をかしげていると、アード先生が後ろへと振り向き、背中側の壁に置かれていた蔓の本棚へと手を伸ばす。スッと抜き取られた一冊の本は、落ち着いた深緑の表紙のもので、目の前に差し出されたおもて表紙には[錬金薬書]と書かれていた。
丁寧に本を受け取ると、静かな眼差しで読むようにとうながしてくれたため、スキル《瞬間記憶》を使って手早く本の内容を記憶する。
驚くことに、中には錬金術師必見なのではないかと思うような、ポーションの種類とそれらに使う素材、そしてその製法が書かれていた。
気になっていた防魔ポーションについても書かれており、アード先生の意図はさしずめ、この本で学習した上で実践しなさい、といったところだろうか。
お礼を言いながら錬金薬書をお返しすると、今度は小瓶が幾つも入った蔓籠を手渡される。
緑の瞳をまたたきながらアード先生を見ると、変わらない無表情で小さくうなずいてくれた。
これはつまり――この小瓶にポーションをつくって良いということ!
ぱっと表情が華やぐのを自覚する。
奥の作業部屋を自由に使っていいとおっしゃってくれてはいたが、ポーション製作に必須である小瓶を手渡されると、よりいっそう喜びが増すというものだ。
自由にポーションを自作させて良いと思うほど、アード先生に認めて貰っているということなのだから。
自然と微笑みを嬉しさに深めていると、低い声が静かに告げる。
『主要な素材は自ら採取したものを使うこと。かわりに魔力水と瓶は好きなだけ使うといい。――魔力水を自作するのも、いい練習になるだろう』
「分かりました。魔力水の作成も、試してみます」
小さな注意事項とそのかわりの恩恵と、練習の提案をありがたく聴き、言葉を返す。
私の返事に小さくうなずいたアード先生は、静かに手元の作業を再開する。
――では、私もはじめるとしよう!
静かな三色の精霊のみなさんと共に、奥の作業部屋へと移ると、さっそくまずは魔力水の作成に取りかかる。
机の上にあった大きな空の瓶を引きよせ、ただの水が入っていた瓶から、大きな瓶の半分を満たす分の水を移し入れて、手をかざす。
《魔力放出》と共に《精密魔力操作》のスキルを発動して、水の中へと魔力をゆっくりじっくり注いでいく。
魔力水自体は、ただの水に魔力を注ぐことで出来上がるが、均等になるようになじませなければ、質の良いポーションをつくることは出来ない……と、アード先生作のポーションの説明書きにも錬金薬書にも書かれていた。
油断大敵。ここはしっかりと集中して魔力を細やかにとおす。
全体的に水へと魔力がとおったタイミングで、以前の魔力回復ポーション製作時に習得したスキル《高速魔力操作》を発動して勢いよく水と魔力を回転させ、均等に混ぜ合わせる拡散をおこなう。
これでうまくなじんでくれるといいのだけれど……。
それにしてもこの《高速魔力操作》、文字通り高速で魔力操作をするためか、予想以上に集中していなければすぐにとぎれてしまう。正直なところ、私にはまだ扱うことが難しい。しかしそれは同時に、まさしく魔力操作を磨くための練習に、ふさわしいスキルだとも言えるだろう。
困難を乗り越えた先に、手にしたいものが見えているのであれば――恐れることはなにもない。
「練習あるのみ、ですね……!」
上げた口角と共に、小さくそう呟きながら、水と魔力を高速拡散していく。
するとやがて、魔力を操作する感覚が不思議と軽くなったように感じて、《高速魔力操作》と共に拡散を止めてみる。
少し待ち、大きな瓶の中の水が、くるりくるりとゆるやかな回転になってきた頃。
ふよふよと瓶に近づいた小さな水の精霊さんが、
『きれいなまりょくすいだよ、しーどりあ!』
と、小声で教えてくれた。
魔力水作成――大成功!
静謐を好むアード先生のお邪魔をしないよう、無言のままに小さな三色の精霊さんたちに掌を向け、それに精霊さんたちがつんっと触れるハイタッチを交わす。
純粋に嬉しく思い、ついついにっこり笑顔になってしまった。
とは言え、練習の本番はこれからだ。
いい手ごたえのありそうな予感に、満面の笑みから凛としたものへと笑みの形を変え、カバンから各種素材を机の上へと取り出し並べていく。
マナプラムに、リヴアップル、そしてマモリダケ。
それぞれを分けて並べた机の上を見つめ、そっと表情を引きしめる。
さぁいよいよ――ポーション製作、開始だ。




