五十話 夜間遊行と見知らぬ景色
「それでは、行ってまいります」
『うむ。星空の下によく目を凝らし、進みなさい』
「はい!」
アストリオン様の美しい言葉の見送りに、こちらも優雅に一礼を捧げ、森の奥へと歩き出す。
頭上にうかび、心なしかそわそわしているように見える小さな三色の精霊のみなさんを見上げて、声をかける。
「みなさん。夜の散歩から、夜の探索に目的が変わりましたので、ひとまずは森の中を駆けてみようと思います。また私につかまっていただけますか?」
『は~い!』
『ぴた!』
『これでおちないよ!』
「えぇ、ありがとうございます。それでは――探索兼、物見遊山とまいりましょう!」
トンっと軽やかに地を蹴ると、到底折れそうにないほど太い樹々の枝の上に着地。枝から枝へと渡りながら、周囲を見回しつつ移動をはじめる。
星の石を探すという目的はたしかに主軸だ。
けれど私にとっては同じくらい、見たことのない場所を見て回るということそのものに、価値がある。
里の外の森の奥には、どのような景色が広がっているのだろう?
魔物図鑑に書かれていた魔物の場所は?
植物図鑑に描かれていた植物たちはどこに?
未知への好奇心と、それにともなう高揚感に、さきほどから口元の笑みは深まるばかり。
速度を上げる風の付与魔法を付与した状態であるため、うっかり高速すぎて景色が見えない、という事態にだけはならないよう気をつけつつ、樹々の上を跳ねていく。
特別目新しいものはなく、時折生えていたマナプラムを採取しつつ進んでいくと、唐突に見えてきたものがあった。
はるかな高みをもって立ちふさがる、壁……いや、崖だろうか。
暗い岩肌が見え、いったん地面へと降り立つ。
さすがに、勢いのままぶつかるのは遠慮したい。
岩肌を伝う緑の蔦を目視できるほどに近づくと、それはやはり垂直にきりたった、いわゆる断崖絶壁と呼ばれるような崖だと分かった。
「これはまた……なんとも壮大な……」
見上げた彼方がかすむほどの高さ。ぐるりと周囲を見回してみると、左右どちらにも樹々にそってたたずんでいる。
もしかするとこの崖は、里のある森をあるていど囲うように、長く長くそびえたっているのではないだろうか。
……そうすると、このはじまりの地であるエルフの隠れ里は、巨大なクレーター状のくぼ地の内側にあるのかもしれない。
何やら、特別な歴史がありそうな雰囲気だ。
ロマンの気配に口角を上げていると、小さな土の精霊さんが左肩の上で声を上げる。
『まもりのがけだよ~!』
「護りの崖、ですか」
果たして、この崖の内側と外側――いったい、どちらを護っているのだろう?
そんなありきたりな謳い文句が頭にうかび、笑みが深まった。
この素晴らしい大地には、きっと様々な歴史や伝承が隠されているはず。
それらをゆっくりとひも解いていくのも、シードリアとして生きていく醍醐味というものだろう。
高揚感のままに、タッと崖にそって走り出す。
せっかく未知の景色と出会えたのだから、今夜は外周を探索してみよう。
星空の下、左にある崖を横目に、地面を駆けたり枝を渡ったりしながら素早く移動していくと、時折魔物図鑑に書かれていた魔物の姿が遠くに見えた。
記憶からひっぱりだした知識を活用し、魔物のいる場所と姿からどの魔物なのかを判断していく。
薄い緑色の兎たちは、ハーブラビットの群れ。
樹々の高い枝に止まっているフクロウは、非好戦的なフォレストアウル。
角度的にちょうど見えた、巨樹の洞の中にいた茶色い影は、眠るアースベアーだろうか。
その合間に植物図鑑に載っていた植物もいくつか見つけたので、立ち止まって採取していく。
リンゴのように樹に実る薄紅色の果実は、錬金術で生命力回復ポーションをつくるのに使う、リヴアップル。まさしくリンゴのような甘い香りを楽しみながらもぎ取り、カバンに入れていく。
リヴアップルはそのまま食べても、生命力を微量に回復してくれるらしい。機会があればすぐに食べられるように、多めに確保する。
他にも、綿毛の時のタンポポに似た形状で、その綿毛の部分が淡く白い光を放っているペールブルームが、夜の森の地面を灯す様子に和み。
土の精霊さんの声に見下ろした、樹の根本に生えたシイタケに似たキノコを見つけて採取しながら、星の石らしきものを探していく。
ちなみにキノコは植物図鑑には載っていなかったが、精霊さんいわく、食べると護ってくれるとのこと。詳しいことは分からないが、もしかすると食材や錬金術の素材なのかもしれない。
そのように多く寄り道をしながら探索していると、空が完全な漆黒の中に美しい銀の煌きを飾る、深夜の時間へと移り変わった。
未知の魔物や植物に出会って楽しい反面、本命の星の石と巡りあう気配はない。
一度枝の上で足を止め、次はどこへ行こうか考えようとした瞬間――チリンと可愛らしい鈴の音が鳴る。
何かしらの能力の効果が向上した知らせに眼前を見ると、この時間では少々眩しいと感じる輝きをまとった文字で[《並行魔法操作》の発動数が増加]と刻まれていた。
石盤を開いて確認すると、[魔法操作の一つで、複数の種類の魔法を同時に発動する。スキルの熟練度にともない、同時に発動できる魔法の数が増加する。現在は三つの並行発動が可能。能動型スキル]と説明文には書かれている。
最初にこのスキルを習得した際は、並行発動が可能な数は二つだったので、文字通り並行発動できる数が三つに増えたようだ。
理解したとたん、フッとやや不敵な笑みが口元にうかぶ。
精霊魔法や属性魔法などの魔法の種類を問わず、三つまで同時に魔法が発動できるとなると、戦い方もずいぶんと幅が広がるのではないだろうか?
〈ラ・フィ・フリュー〉と共に、〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を持続付与していたかいがあったというものだ。
「これはまた、いろいろと魔法の組み合わせを考えることが楽しみになりましたね」
ほくほくとした満足感とそわそわとした好奇心のままに、そう呟きを零す。
気軽な夜の散歩から、謎の特殊な物語の一端にふれ、未知があふれる夜の森の探索へと至り、ここでまた新しい魔法の可能性を手にした。
――まさしく二日目のはじまりにふさわしい、魅力的な夜間遊行と言えるだろう。
口元の微笑みをさらに深め、三つ目に並行発動する魔法を考えながら、再び夜の森を駆ける。
不思議と、さらなる未知と出会うような……そんな予感がした。




