四十九話 吟遊詩人の大老様いわく
なかば呆然と、けれども必死に聴いたすべての音が消え去り、周囲に静寂が戻る。
はっと気が付き、両手を打ち鳴らした。
『すご~い!』
『きれいなおうた~!』
『ふるいおうた~!』
拍手をしながら、小さな三色の精霊のみなさんが楽しげに響かせる言葉を聴き、ようやく緊張がほどける。
次いで、一気に疑問が頭にうかんだ。
そもそもこれはいったいどういう状況なのだろう……?
不思議に思いつつも、素晴らしい歌声に対しては、伝えたい言葉があった。
まっすぐに静かな藍色の瞳を見つめ、心からの笑顔を咲かせる。
「とても素敵なお歌でした! 拝聴することができ、たいへん嬉しく思います!」
『……そう、か』
文字通りの純粋な思いを込めた私の言葉に、男性は乏しかった表情を少しだけ微笑みで彩り、感慨深げにそう呟いた。
感じ入るように伏せられた瞳に、そう言えばとても初歩的なことを忘れていたと思い至る。
すぐさま左手を右胸へとそえ、背筋を伸ばした。
「改めまして、お初にお目にかかります。私は、ロストシードと申します」
幾分凛とした表情で紡げたはずのあいさつに対し、男性は伏せていた藍色の瞳を開き、そっと口を開く。
耳をうつ美声が、深く響いた。
『我が名は大老アストリオン――星の名を持つ、古きエルフである』
威厳を秘めて紡がれたその名に、今一度深く一礼をおこなう。
そっと上げた顔に微笑みをうかべ、偉大な大老様へと丁寧に言葉を紡いだ。
「大老アストリオン様。どうぞよろしくお願いいたします。……恐縮ですが、先ほどの私に託すというお言葉について、ご教示いただけますでしょうか?」
『うむ。……そなたには、星の輝きが見えたゆえ、我が伝えうる限りを伝えねばと思ったのだ』
「星の輝き……ですか?」
ずいぶんと美しく抽象的な表現に、ついつい首をかしげてしまう。
大老アストリオン様は、そんな私の姿に気を悪くする様子もなく、一つうなずき説明をつづけてくれた。
『古来よりこの大地に残された、さる特別な魔法がある。我はその魔法を継承し、扱う者の一人。我には古き精霊との約束を守り、星の輝きを宿す者へこの秘された魔法の一端を伝える使命がある。――ゆえに、ロストシード。そなたへ先の歌を聴かせたのだ』
「なんと、そのようなご事情が……」
まるで吟遊詩人かなにかのように素敵な表現で語られた説明に、懸命にうなずきと言葉を返す。
未知の魔法に、古き精霊、星の輝きに、不思議な歌。
何とはなしに特殊な要素やストーリーを想起させる展開に、緊張と好奇心と高揚感がないまぜになる。
とは言え、おそらくは鍵になるものは星の輝きと、先の不思議な歌だろう。
「私が星の輝きというものを宿しており、そのためアストリオン様が歌をうたってくださった、という点は把握いたしました。……先ほどの歌には、何か特別な意味合いがあるのでしょうか?」
思い切っての問いかけに、アストリオン様は静かに、重々しくうなずく。
『先の歌を、星の輝きを宿す者へと我ら先人が授けることで、そなたのような者たちはかの魔法を手にする前提を得るのだ。……この里へと戻るまで、我は世界を旅する吟遊詩人であったゆえ、聞き苦しくはなかっただろうが……』
言外に問題なかったかとたずねる美声に、必死で大丈夫だと伝えたくて首を振る。
あの素晴らしい歌声に、問題などあるはずがない。
ついでに衝撃的だった点は、大老アストリオン様が本当に吟遊詩人だったという点。
――どうりで、魅力的な歌声を響かせ、詩的な語り方をなさるわけだ。
よくよく納得しつつ、ロマンあふれる吟遊詩人という存在であったかたを目の前にして、そろそろ緊張よりも好奇心のほうがまさってくる。
自然と上がる口角は、いっそのこといいように使うとしよう。
数回の首肯だけではあの歌にどれほど感激したか、きっと伝わりはしないだろうから。
「先ほどの歌は、本当に聴きほれました! 心が吸い込まれていくような――まるで、星をいただいたような心地でした!」
『――そうか。そのように、思ったか』
つたないながらせいいっぱい紡いだ賛辞と、あの歌が終わった瞬間に思ったことを乗せた言葉に、アストリオン様はその藍色の瞳をふと細める。
それから、深い美声をそっと風に乗せた。
『不足なく、そなたへ〈星の詩〉を授けよう』
瞬間、しゃらんと聞き慣れた美しい効果音が鳴る。
パッと眼前に現れた文字は[《音感》]と[〈星の詩〉]。
驚きながらアストリオン様を見ると、目線で確認するようにうながされる。
それに一度うなずき、さっそくと石盤を開いた。
まずはスキルのページにある[《音感》]について。
説明文には[風属性の風魔法から転じた、音魔法を使うために必須となる、音をより身近に感じ整える能力。常時発動型スキル]とあり、おそらく先のアストリオン様が歌った歌が音魔法だったため、このスキルを得たのだろうと察する。
同時に……私も歌わなければならないのだろう、ということも、なんとなく察した。
唐突に別種の緊張感に襲われるが、なるべく気にしないことにする。
ページを魔法の一覧へと変え、次に音魔法であろう[〈星の詩〉]の説明文を黙読していく。
[範囲型の特殊系下級音魔法。とある特別な魔法を探すために必要な歌。詠唱必須。
詠唱文(歌詞):
万象の御名に 宿りしは夜天 煌きを灯す 神々の御力 其は星と呼ばれし 御力の欠片 永き眠りより 我が手に目醒めよ]
とのこと。
――とても分かりやすい!
特に、[詠唱文(歌詞)]のあたり!
思わぬ分かりやすさに内心で手を叩きながら、表情はつとめて冷静さをたもち、石盤を消してからアストリオン様へと微笑んだ。
「〈星の詩〉、たしかに頂戴いたしました」
『うむ』
鷹揚なうなずきに、どこか安心感が見て取れる。
しかし、説明文にはただ[とある特別な魔法を探すために必要な歌]と書かれているだけで、具体的に何をどうすればいいのかは、まだ分かっていない。
魔法を探す、という部分が次の行動になるのだとは思うが……まさか、歌いながら森の中を歩き回るわけではないだろうし……。
自身で思いついたものだが、さすがにそれは気恥ずかしくてできないかもしれない。
若干遠い目になりかけていると、導くような美声が響いた。
『星の石を探しなさい。其れがあるところに、かの魔法が眠っている』
「星の石……と言いますと?」
『星空がつかさどる時間帯にのみ姿を現す、特別な石だ。仔細は語れぬが、星の石自体はそなたが一目見れば気づけよう。其れがある地で〈星の詩〉を歌い、かの魔法を授かると良い』
「なるほど……」
アストリオン様の、文字通り今後の道標となる説明に、深くうなずきを返す。
つまるところ、星空が見える夜と深夜の時間帯の間に、星の石と呼ばれるものを探し出し、そこで〈星の詩〉を歌うことで特別な魔法を習得できる、ということだろう。
「あの、その星の石がどのような場所にあるのか、などは……」
伏せられている仔細の部分に関わりそうな問いには、静かに首が横に振られた。
一応予想通りではあったが、場所に関するヒントが得られないのであれば、やはり夜の時間帯に高速移動で森を一周するしかないだろうか。
つい癖で口元に手をそえて考えていると、今度は静けさの中に威厳を秘めた声音が響く。
『これはある種の試練だ』
はっきりとした言葉に、アストリオン様を見返してたずねる。
「……試練、ですか?」
『そうだ。ゆえに、そなたに直接星の石の場所を教えることはできぬ。――だが、そなたなら必ずや、あの輝きを探し出すことができよう』
――それは、何ものにも代えがたい、ロマンの響き。
やはり【シードリアテイル】の制作陣は、プレイヤーのことをよく分かっているらしい。
おそらく今回の出逢いは、何かしらの条件を満たした際に展開される、特殊なストーリーのはじまりだ。
こういう時にうずく直感を、私はあまり外さない。
つまりこれは、未知へのいざないであり、特別感あふれるストーリーと魔法を楽しむ絶好の機会なのだ。
このような展開に……高揚しないはずがない!!
笑みが咲く。満面の笑顔の中で、緑の瞳はきっと煌いていることだろう。
「必ずや!」
力強く響いた声音は、我ながら少々好奇心に満ちあふれすぎていると思った。