四十八話 二日目のはじまりと美しい歌
珍しく、快眠を自覚しながらまどろみを振り払い、目を覚ます。
朝の目覚めとしての時間帯は普段通りとはいえ、ここまで快眠できたと感じるのはいつ以来だろう。
昨日のゲーム体験はあまりにも楽しすぎて、眠れない可能性のほうを心配していたけれど、思ったより疲労していたおかげか眠りは深かったらしい。
日課である朝の運動……という名の散歩を楽しみつつ、視界に広げた【シードリアテイル】の情報を語り板から文字と音声の両方で調べていると、気になる話題があった。
「へぇ。もう次の街に行ったシードリアが?」
ざっと調べた限りでは、レベル十になるとどの種族の生まれであっても、とある街へと行くことができるようになる、とのこと。
攻略系の方々――いわゆる、そのゲームにおける最先端の情報を探り、いち早く最新の要素を遊びゲームを攻略していくトッププレイヤーたちにもなると、どうやら昨夜の間に到着していたかたもいたようだ。
その点は、ロストシードも昨夜の時点でレベル九にはなっていたので、もっと早くにレベル十へ到達したシードリアたちもいただろうとは思っていたけれど……案の定といったところか。
どうやらその次に行くことになる街で、ようやくすべての種族のシードリアたちがひとところに集まることができるらしい。そのためか、ちょっとしたお祭り騒ぎになっているのだそうで……。
新天地が魅力的だというのは、私も強く同意する。
ただ、まさかゲームのサービス開始一日目で次の街へ行くことができるようになるとは、正直驚いた。
あれほど美しく魅力にあふれたはじまりの地を、すぐに離れてしまうというのはさすがにもったいない。
次の街が気にならないわけではないが、それでも今日もエルフの里ですごす時間に思いをはせ、散歩を切り上げる。
朝食をすませて準備を終えると、さっそく【シードリアテイル】へログイン!
ふわりとした浮遊感を感じた後――美しい歌声が耳へと届く。
はっと瞳を開くと、遠くで金の髪の煌きがなびくさまが見えた。
驚きながらも周りを見回すと、キャラクタークリエイト時にお世話になった空の空間に、ロストシードの姿でうかんでいることに気づく。
昨日と同じく神殿の宿泊部屋で目覚めるのかと思っていたが、今回はどうやら少々、状況が違うらしい。
響く歌声に、遠くに見える創世の女神様へと視線を向ける。
たおやかな女声が、ららら……と綺麗な歌声を響かせるのに合わせて、穏やかな伴奏の音楽もまた鳴り響く。
計算通りならば、大地の時間と同じ空間には夜のはじまりを示す暗い青の夜空が広がり、足下にははじめて見る五つの白い花弁を開いた花々が咲きほこっていた。
よくよく見てみると、白の花弁には時折、流れ星が流れているような煌きが映る。
素敵な音楽と綺麗な花々をまったりと楽しんでいると、ふいに静かに音楽と歌声がその音量を小さくして、やがて途切れた。
おそらく、データ更新のようなものをする間、この空間に待機することになっていたのだろう。
サァ――と景色が塗り替わると、少しの浮遊感と共に横たわる身体の感覚が生まれ、視界には白亜の天井が映った。
とたんに輝く三色の光には、もう驚かない。
『おかえり~!』
『しーどりあおかえり~!』
『きょうもあそぼ~!』
「はい、ただいま戻りました、小さな精霊のみなさん。今日もたくさん遊びましょうね」
超至近距離でいただいたあいさつに、今回はいい笑顔で返事をして。
――さぁ、二日目をはじめよう。
〈フィ〉で下級精霊のみなさんを呼び、お馴染みとなりつつある精霊魔法〈ラ・フィ・フリュー〉を展開。
スキル《隠蔽 一》が《隠蔽 二》になったことで、二つの魔法を隠すことができるようになったので、ついでに高速移動ができる〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を脚にまとい、〈ラ・フィ・フリュー〉と共に隠しておく。
その後、精霊神様と天神様と魔神様に《祈り》を捧げてから神殿の外へ。
小さな三色の精霊のみなさんと共に、移り変わった銀の星々が煌く紺色混じりの星空と、美しい夜に包まれたエルフの里を眺める。
せっかくのいい夜だ。
この静かな時間を楽しむために、夜の散歩と洒落こむとしよう。
微笑みをうかべ、精霊のみなさんへと声をかける。
「みなさん。いい夜ですから、少し散歩でもしましょうか」
『は~い!』
『わ~い! おさんぽ!』
『おさんぽだ~!』
くるくると舞い喜びを表すみなさんと一緒に、以前もこの神殿の前で気になっていた、神殿の先にある大老様たちの家々のほうへと歩みを進めていく。
時折吹き抜ける風に、金から白金へといたる長髪が流れる様子にも、今日もまた心が躍る。
銀の煌きを木の葉のすきまから見上げつつ、他の蔓の家々よりも飾りが多い大老様たちの家を見回して進んでいると、ふと遠くの巨樹の根本に人影が見えた。
夜の時間に外にいるノンプレイヤーキャラクターが少ないことは、昨日一日で確認済み。しかし、遠目から見る限りシードリアではない。
とすると、何かしら特別な役割をもつキャラクターだろうか?
考えを巡らせながら近づいていくと、スキルの《夜目》のおかげで問題なく見通すことのできる姿が、少しずつ明確になる。
クインさんのように巨樹の根本に腰かけているそのエルフのかたは、どうやら男性のようだ。
流れる緑の長髪は白髪交じりで、おそらく今までお会いしたノンプレイヤーキャラクターの中では、最年長なのではないだろうか。
手元には小さく古風な黒色の竪琴を持ち、布でそれを磨いているらしい。
――なぜ、このような夜の時間に?
そう疑問がうかんだ瞬間、ふっと男性の顔がこちらを向いた。
かすかにしわを刻んだ端正な顔に、夜の訪れを思わす深い藍色の瞳。
カチリと視線が合った壮年の男性へと、その場で上品にエルフ式の一礼をする。
少し離れていた位置からすぐそばまで歩みよると、つとめて穏やかに微笑みながら口を開いた。
「こんばんは」
『……シードリア、か』
やや間を置き、深く澄み渡る美声が耳をうつ。
思わず、ひっそりと息をのんだ。
これは、アレだ――声が良すぎる、という概念に、違いない!!
あまりにも美しい男声に若干混乱しながら、あいさつに対して紡がれた言葉へと、かろうじてうなずきを返す。
静かな藍色の眼差しが、なぜか吟味するように細められ、私は当然として、小さな三色の精霊のみなさんからも緊張感がただよいはじめた頃。
『託そう……そなたに』
そう、男性が静かに言葉を告げ、ゆっくりと腰を上げて立ち上がった。
託す、という言葉の意味するところを理解できず、瞳をまたたきながら思わず小首をかしげると、男性のその手元で、おもむろに先ほどまで布で磨かれていた竪琴がかまえられる。
胸元でゆれた、首飾りの棒のようなペンダントトップが、星空色に煌いて見えた。
『――聴いてくれるか?』
願うように、あるいは、祈るように。
そう感じるほど切実に響いた深い美声に、自然と深いうなずきを返していた。
高揚を感じながら、ささやくような声音を、男性へ紡ぐ。
「私で、よろしければ」
『うむ。……そなたでなければならぬのだ』
静かに、けれど凛とした藍色の視線が注がれ、緊張感が増す。
いまだに理解が追いつかない状況の中、ただ彼が奏でるものを聴くという約束だけは、たしかに結ばれた。
今一度、夜空のような色合いの竪琴がかまえなおされ、すぅっと息を吸う音が耳に届いた、その刹那。
――流れ星が掌へと落ちてくる光景が、頭に描かれた。
竪琴が、ポロロンと弦を鳴らす。
深く澄み渡る歌声が――朗々と響き広がった。
『〈万象の御名に 宿りしは夜天
煌きを灯す 神々の御力
其は星と呼ばれし 御力の欠片
永き眠りより 我が手に目醒めよ〉』
短い不思議な歌詞の歌の、とりこになって耳を澄ます。
美しい歌声と、歌声と共にどこからか鳴り響く伴奏と、それに併せて奏でられる竪琴の音の、なんと素晴らしいことか……。
竪琴が鳴らす最後の一音さえ、聴き逃がしたくはなかった。
同時に――星を貰ったのだ、と。
なぜだかそう、強く思った。




