四十六話 一日目の終わりに言祝ぎを
試したいことを終え、精霊神様の像へと発動したままであった《祈り》と共に感謝の念を送り、お祈り部屋を出る。
涼やかな夜の気配に、大きく開かれた神殿の入り口へ視線を向けると、やはり時間はすでに宵の口。それも、もう本格的な夜へ移る間際だろう。
ぐるりと見回した神殿は昨夜のようにガランと人気がなく、神官のみなさんもすでにお部屋か御家かにおかえりになったようだ。
他のシードリアもいない白亜の空間は、ずいぶんと厳かに静まり返っている。
私一人と、あとは精霊のみなさんがいるだけの空間で、つとめて静かに三色の精霊のみなさんへとささやく。
「二階のお部屋に上がりましょう」
『は~い!』
みなさんも小声で返事をしてくれる様子がなんとも可愛らしく、ほかほかと心が温まったような気持ちで階段をのぼる。
ちょうど前回と同じ部屋があいていたため、また札を[入室済み]と書かれた方へひっくり返してから、室内へと入った。
まっすぐに部屋の中を進み、前回一度座っただけでお気に入りになった、艶やかな手触りの真っ白なソファへと腰を下ろすと、ほぅと吐息が零れる。
ここで、今回のログイン時からかけていた《隠蔽 一》を切り、精霊魔法〈ラ・フィ・フリュー〉の様子を可視化して、小さな多色の精霊のみなさんを瞳に映す。
同色の燐光と共に、私のエルフらしい耳に近づいては遠ざかっていく幻想的なこの光景は、何度見ても感嘆の吐息が出る。
返事がないことは分かっているが、多色のみなさんにも改めて感謝を伝えたくなり、口を開いた。
「たくさんの小さな精霊のみなさんも、長らくのご協力をありがとうございます」
『は~い! って言ってるよ~!』
『みんなもしーどりあのことすきだって~!』
『いつでもおてつだいするって~!』
「それはそれは……本当にありがたいことです」
三色の精霊のみなさんの通訳に、嬉しさとありがたさで頬がゆるむ。
見つめた多色の小さな光は、その輝きを少しばかりましているような気がした。
それに微笑みを深めながら、ふとずいぶん濃密なこの大地での時間は、実際のところ現実世界では半日にも満たない時間の中での出来事だったのだと思い至る。
【シードリアテイル】サービス開始初日であり、一日目。
二回のログインに分けて、思いきり遊んだ今日というこの一日は、私にとって間違いなく近年で一番満足度の高い一日となった。
最初は完全五感体験という表現にさえ、思い切った表現をしたものだと思っていたけれど。
いざその体験に触れてみると――魅了されざるを得なかった。
陽光の眩さに導かれて開いた瞳で見た景色、吸い込んだ森と土の香り。髪や服に触れた時の感触は鮮やかで、幼げな下級精霊さんたちの声は愛らしく聴こえ、食へのこだわりが薄い私が絶賛する美食を味わうことまでできたのだ。
没入ゲームもここまで完成したのだと、驚くことなど序の口。
本物の人のように語るノンプレイヤーキャラクターに、ロマンを感じた魔法たちと、装飾品作りやポーション作り。
ハーブスライムとの魔法戦闘があっけなかったことさえ、振り返ってみるとなかなか乙なものだ。
まるではじめて見つけた時の動画広告で語っていた、本当に幻想的な異世界ですごしているかのような大地に、問答無用で心が震えた。
あまりにも、すべてが美しく鮮やかで、何よりも楽しかったから。
今日一日の出来事を思い出し、その余韻にひたりながらソファから立ち上がり、後ろにある大きな窓へと歩みよる。
夜のはじまりを示す明るさをまとう暗い青に染まった森の景色は、一日の終わりを明確に表していると、強く感じた。
されど、今日はまだ初日。
この【シードリアテイル】で遊ぶ日々は、まだまだはじまったばかりだ。
この夜の色に感傷を抱くには早すぎる。
むしろ今日という日の完成された素晴らしさを、祝うほうが先だろう。
あるいは、これからの日々を祝福しようか。
「ありがとう、【シードリアテイル】。この世界が、末永く多くのシードリアたちの冒険の日々で、満たされますように――」
穏やかに、心からの思いを込めて、そう言祝ぐ。
さぁ、そろそろ現実世界でもいい時間だ。
無意識に組んでいた両手をほどき、寝心地のよかったベッドへと向かう。
ログアウトをするためにとベッドに腰かけながら、精霊のみなさんへと語りかけた。
「みなさん、本日もご一緒できて、とても楽しかったです。ありがとうございました」
穏やかに部屋に響いた声音と共に、〈ラ・フィ・フリュー〉の発動を終える。
ふっと空中にとけるように消えていく小さな多色の精霊さんたちを見送り、次いで三色の精霊のみなさんへと視線を注ぐ。
「私はこの後、空でぐっすりと眠りますので、みなさんもゆっくりと英気を養ってくださいね」
『は~い!』
『またね~!』
『またあそぼうね~!』
「えぇ。またのちほど、お会いしましょう」
またね、を約束することを忘れない、しっかり者の三色の精霊のみなさんに微笑みを返し、横になったベッドの上でゆっくりと瞳を閉じる。
サービス開始初日を、存分に感じ、知り、学び、遊んだ多大な満足感にひたりながら、そっとその一言を呟いた。
「ログアウト」
ぐっと、眠りから目覚める時のように、ゲーム世界から現実世界へと感覚が戻っていく。
けれど、好奇心も高揚感も消えることなく胸の中にあり、まだまだ遊び足りないと、あるいはいくつかの謎を解明したいのだと跳ねている。
すでに現実世界では二十三時を少し過ぎており、今日という日は大人しく就寝しなければならないわけだが――さて、明日は何をして遊ぼうか?
まだフィールド探索などはほとんど出来ていないので、森の中を一周してみるのもいいかもしれない。
その前に、朝起きた後また語り板で情報収集をして、色々と出て来ているだろう変化を調べてみよう。
――微笑みは、まだ消えない。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話し
を投稿します。




