四十五話 装備情報と究極の選択だった件
一通り腕輪を眺めて喜びをかみしめたところで、はたとあることに気づく。
「そういえば……自作の装備には名前をつけることができるのですね」
うかべたままの石盤をもう一度見やると、腕輪は名無しと表記されている。
――これは、いただけない。
この腕輪は、はじめて私自身が制作に成功した作品というだけあり、やはりどこか特別感と愛着がある。
せっかくならば、良い名前をつけよう。
そっと指を伸ばし、腕輪の名前をなぞって書き換えた名前は、[風護りの銀輪]。
ネーミングセンスにはさほど自信があるわけではないのだが、それでもこの自画自賛をしてしまうほどに素敵な腕輪に、少しでもふさわしい名前をつけたかった。
……まぁ、装備情報として一つ上の段に書かれている、リリー師匠からプレゼントしていただいた髪飾りのネーミングをいい感じにマネしてみたので、悪い名前ではないはず、だ。
そのリリー師匠の髪飾りの名前は、[水青の髪飾り]と書かれている。
説明文を開くと、[水の魔法の効果を少し高める髪留め。はじまりのエルフの里の、細工師リラルリシア作]と刻まれていた。
では、他の装備の説明文はどうなっているのだろうかと、好奇心が湧く。
さっそく上段へと視線を向けると、そこは服についての欄らしく、初期装備に関しては[緑の服とズボン、革の靴。ありふれたエルフたちの普段着]とまとめて表記されていた。
唯一、次の段にカバンのことが書かれており、[空間拡張型魔法カバン]という何やら興味をひかれる名前と、[カバンの中の空間が変化している、思っているよりも大量に物が入る魔法カバン]といった不思議な説明がとても気になる。
「この【シードリアテイル】にも、空間魔法のような魔法があることの示唆のように思えますが……果たして」
果たして、本当に空間魔法のようなものが存在するのだろうか?
もし存在するのであれば、ぜひとも習得してみたい。
なにせ間違いなく、ロマンがある!
カバンに空間魔法が付与されているのだとすれば、たとえば装飾品にも付与することができるかもしれない。その場合、どのような空間魔法をどのような形で付与できるのか、非常に興味深い!
そもそも空間とついているのであれば、空間移動のように、遠くの場所へポンッと移動することができるかもしれないのだ……!
夢はふくらむばかりである。
自然に上がった口角をそのままに、高揚感を連れ、つづけて装備を見ていく。
すると、次はフィオーララさんの服屋で買ったマントについて書かれていた。
名前は[木の葉舞う刺繍のマント]で、説明文には[森の中で身を隠すことに適した、すこしだけ魔法攻撃への耐性があるフード付きのマント。はじまりのエルフの里の、裁縫職人フィオーララ作]とある。
ほう、と声が零れた。
「なるほど。装飾品が魔法の効果を高めるように、服は何かしらの耐性があり、防御面の補助をおこなうのですね」
分かりやすい性能の違いにうなずきつつ、防御面が不安になった場合は、迷わずフィオーララさんのお店に行こうと決意する。
初期装備のこの薄緑のチュニックと深緑のズボンは気に入っているが、マントと同じく美しい刺繡がほどこされた服は、やはり魅力的だ。
さいわいにも、カバンの中には十分過ぎるほどのお金があり、装備一式を買いそろえるていどでは痛手などないようなもの。
まぁ……そのなぜか持っていた豊富な金額こそが、レベルアップの条件など比ではないほどの最大の謎なのだが……。
真相があまりにも予測不可能である点をふまえて、これはそっと横に置いておこう。
遠くへと飛ばしかけた視線を石盤に戻し、続きを見る。
マントの後は武器の欄らしく、マナさんの手飾りについて表記されていた。
手飾りのほうはシンプルな[魔力安定化の手飾り]という名前が書かれており、説明文には[魔力そのものを安定させ、魔法の発動や威力をも安定して使用できるようにする性質を持つ、上級付与魔法が掛けられた手飾り。はじまりのエルフの里の、武器職人マナンルル作]と刻まれている。
おおむね店内で説明していただいた通りだが、一点気になる部分があった。
「……上級付与魔法」
ぽつりと零れた呟きに、驚愕がにじむ。
たしかに、マナさんやテルさんが使う付与魔法は難しいものだと、そう話してくれていた。
しかし、だとしてもまさか序盤のはじまりの地に売っている武器に、上級とつくような魔法がかけられているとは予想外もいいところだ。
いや、魔力そのものを安定化させる付与魔法が、上級とつくほどに難しい付与魔法であることはまだ分かる。
そこは分かるが、それをかけている武器がこの里で売られているという点がおかしい……と、思う。
それに、よくよく振り返り考えてみると、そもそも私は今まで一度も発動させた魔法が不発だったことがない。
それはつまり――この上級付与魔法により魔力安定化の効果が付与された、マナさんの手飾りのおかげなのではないだろうか?
これが真実だとすると、逆にテルさんの杖を買う人のほうが多いという話しにも、納得せざるをえない。
テルさんの、魔法の効果を上げる付与魔法も難しいものだという言葉通りであれば、そちらの付与魔法も上級もしくは中級の付与魔法である可能性が高いのだ。
そしてそれは必然的に、魔法の威力がかなり底上げされるという事態に繋がるはず……。
どうせならば、威力がある魔法を使いたいという思いは、魔法使いという戦闘スタイルを選んだ人々にとって、間違いなくロマンの一つだ。
これから先、杖を選んだシードリアたちは、間違いなく強い魔法を使う魔法使いへと成長していくことだろう。
つまるところ、マナさんとテルさんのお店で手飾りか杖かを選ぶということは、予想以上に究極の選択だったのだ。
すなわち――威力か、必発か、と。
こういう真実が隠れていたことは驚きの一言だが、マナさんが不服に思う理由にもようやく共感できる気がする。
なにせ手飾りを選んだマナさんや私のような魔法使いはというと、魔法の威力に関しては、装飾品などの武器以外のものに頼るほかないのだから。
さいわい、私には〈ラ・フィ・フリュー〉を筆頭とした精霊魔法による魔法の効果向上が見込めるが、他のシードリアもこの手の魔法を習得できるとは限らないところが、【シードリアテイル】の自由度の高さの表れと言えるだろう。
ここで、どれほど必ず魔法が発動するのだとしても、威力が足らずに杖へと武器を変えてしまう人々が多い点が、マナさんの不服につながっているのではないだろうか?
――それでもあきらめずに手飾りを選びつづけることで、本当に不発知らずの魔法使いへと至ることができるのだろうに。
ふっと湧き出た好奇心を、反映した微笑みがうかぶ。
手飾りを選んだ時から……いや、きっとマナさんの語りを聴いた時から、私には実現したい夢が生まれていた。
古き画面ゲーム時代から、このような魔法を習得できるゲームでは、一定の法則がある。それは魔法を習得するほど、あるいは使うほど、またはレベルなどが上がるほど、必ず次の強い魔法を身につけていくことができる、というもの。
つまり、いずれは必ず強いと呼ばれているたぐいの魔法を、手飾りを選んだ者も習得することができるのだ。
この時点で、たとえ威力の違いがあったとしても、必ず発動できるという点はきっと今までよりもずっと、心強い効果に変わるだろう。
だからこそ、私は夢見ている。
強力な魔法を連発する――不発知らずの強い魔法使いになることを!
ただ、まぁ……私の場合はすでに……。
「オリジナル魔法が強すぎて、威力には困っていないのですけれども……」
『しーどりあのまほう、つよ~い!』
『ぼくたちのまほうも、まけてないよ~!』
『つよいよ~!』
「ありがとうございます。えぇ、精霊魔法もとても強くて、頼もしく思っております」
『わ~い!!!』
思わず零れた呟きが、小さな三色の精霊さんたちの言葉と愛らしい笑い声に塗りかえられてゆく。
私は決して、手飾りを選んだことを後悔しないだろうと、右手に煌く飾りを眺めながら、強く思った。




