四十三話 既存魔法習得劇!
白亜の小部屋の中、精霊神様への《祈り》をしばらくつづけていると、今度はチリンという可愛らしい鈴の音が響く。
見やった空中には、[《隠蔽 一》の昇格]と書かれている。
石盤を開き見ると、どうやら《隠蔽 一》が《隠蔽 二》に変わったらしい。
説明文には[《隠蔽 一》の昇格により習得。精霊魔法・属性魔法・身体魔法の発動にともなう痕跡を二つ隠す。決闘およびイベント時の集団戦では使用不可。能動型スキル]と刻まれていた。
どうやら、長らく〈ラ・フィ・フリュー〉を隠してきたかいがあったようだ。
これはつまり、もう一つ別の魔法を隠せるようになった、ということ。
ふっと自然に、好奇心に満ちた微笑みがうかんだ。
どの持続型魔法を隠しながら発動しつづけるか、それを考えることは私にとって魔法の使い方――つまりロマンを考えるということ!
高揚しないはずがない!!
……とはいえ、実はその前におこないたいことがあった。
《瞬間記憶》で記憶へと刻み込んだ、[精霊との交友と精霊魔法]、そして[初級・下級属性魔法の一覧]と書かれた本の内容を、それぞれ引き出す。
これらの魔法を、習得しようと思っていたのだ。
いざ――既存魔法、習得開始!
「ええっと、そうですね……。みなさん、今回はまず、初級と下級の属性魔法を本で学びましたので、そちらを習得しようと思います」
『は~い!』
『がんばって~!』
『しーどりあならできるよ~!』
「ふふっ、ありがとうございます」
少し考え、ひとまずは属性魔法のほうから習得することに決めて、精霊のみなさんへと伝える。
愛らしくも頼もしい応援の言葉に、つい笑みが零れたのは、私のほうも精霊のみなさんを親しく思うゆえ。
深呼吸一つで意識を切り替え、集中して魔法名を宣言する。
「〈アクア〉」
瞬間、たゆたう水が眼前に出現した。
これが最も初歩的な、補助系の初級水魔法。
しゃらんと響いた習得を示す効果音を、今回は聞き流す。なにせ今回は本に書いてあった複数の魔法名を宣言し習得する、作業に近しい習得法だ。石盤の確認は、習得が終わってからにしよう。
水を消し、続けて〈ヴェントス〉で風、〈テラ〉で土が出現する。
この辺りは、精霊魔法で言うところの〈フィ〉のような、それぞれの属性魔法を使うための準備段階……とまでは言わずとも、確認のようなものだろうと感じた。
次いで、攻撃系の初級水魔法を宣言する。
「〈アクアボール〉」
とたんに現れた球体状の水が、前方へすうっと移動して、消滅。
本来は敵へと飛んで行っているのだろうけれど、オリジナル魔法と比べるとどうしても、その速度はずいぶんゆったりとしたものに見える。
たしかこのような魔法を、広場で他のシードリアたちが練習していたはずだ。
改めて無詠唱とオリジナル魔法の凄さを実感しつつ、〈ヴェントスボール〉、〈テラボール〉と宣言による魔法発動をつづける。
種類として同じなのであろうそれらは、やはり風や土が球形状で出現し、前方へと飛んで行った。
しゃらしゃらと鳴る効果音を横に置いて、ふむと口元に手をそえる。
「……このゆったりとした速度でも、ハーブスライムは一応、倒せそうですね」
『たおせるよ~!』
『かぜのまほうがきくよ~!』
『なんかいかあてたら、たおせるよ!』
「なるほど」
素朴な呟きに、精霊のみなさんが詳しく教えてくれたため、想像ができた。
つまるところ、本来ならば〈ヴェントスボール〉を数回あてることで、ハーブスライムを倒す、という状況が一般的な戦闘光景だったのだろう。
……明らかに異なる自身の戦闘光景を思い返し、ふっと視線を遠くへと飛ばす。
もっとも、既存の属性魔法はもう一種類、下級の攻撃系魔法が本に書かれていたため、現実逃避をしている場合ではないのだが。
気を取り直して、習得をつづける。
「〈アクアアロー〉」
短い魔法名の宣言の後、矢のように形作られた水が一本、ひゅんっと前方へと飛ぶ。単発型の攻撃系下級水魔法だ。
つづけて、〈ヴェントスアロー〉と〈テラアロー〉を習得する。
さすがに初級と下級とでは、下級のほうが魔法の移動速度は素早く見えた。
……それでもまだ、オリジナル魔法のほうが明らかに速く見えるという事実は、そっと胸の内にしまっておく。
何はともあれ、これで一通り初級と下級属性魔法の本に書かれていた魔法は習得できた。
次は、精霊魔法を習得しよう。小さな三色の精霊のみなさんへと、声をかける。
「お次は、本に書かれていた精霊魔法を習得しようと思います。みなさん、ぜひご協力をお願いいたします」
『は~い!』
『まかせて~!』
『おてつだい~!』
快い返事に感謝をしつつ、記憶から魔法名――精霊魔法の魔法名の場合は、詠唱と称するらしい、それを穏やかに紡ぐ。
「〈ラ・アルフィ・アプ〉」
意識の片隅で、〈恩恵:ラ・フィ・ユース〉がさっそく発動したことを感じた刹那、ふわりと前方に姿を現した幾体もの小さな水の精霊さんから、勢いよく水飛沫が放たれた。
これが、水の下級精霊さんたちの力で攻撃性を有する水飛沫を複数の敵へと叩きつける、小範囲型の攻撃系下級精霊魔法。
魔法名の意味は、小さな水の精霊の水飛沫、といったところだろうか。
存外に鋭い水飛沫の攻撃に、やはり属性魔法と精霊魔法とは似て非なる魔法なのだと感じ入る。
今回は恩恵の影響も含め、一口に下級と言っても幅があるのだろうとはいえども、同じ下級の魔法でも既存の属性魔法と既存の精霊魔法とでは、やはり純粋に威力が違って見えた。
さきほどの精霊魔法の威力は、オリジナル魔法の威力に匹敵……あるいは、超えているのではないだろうか?
さすがは、精霊のみなさんの御術だ!
感嘆の吐息を零しつつ、姿を消しゆく小さな水の精霊のみなさんを見送り、つづけて詠唱を紡ぐ。
「〈ラ・シルフィ・リュタ〉」
次に姿を現したのは、小さな風の精霊のみなさん。
風切り音と共に、前方で銀色の曲線が幾度か煌いた。
鋭い風圧を複数の敵へと飛ばす、小範囲型の攻撃系下級精霊魔法だ。
意味は、小さな風の精霊の風切り、だろう。
精霊言語解説録と照らし合わせ、魔法名を読み解くのもなかなかに心躍る。
さらに詠唱を紡ぐ。
こちらは小さな土の精霊さんたちによる、補助系の魔法。
「〈ラ・ソルフィ・テハー〉」
ふわりと数体の土の下級精霊さんが現れると、突如前方の地面に土が出現してざっとふるえる。
本来は、複数の敵の足元にある大地をやわらかくほぐし、少しの足止めをする精霊魔法だ。今回は敵がいなかったため、地面に出現したやわらかい土を少し動かし、私に見せてくれたのだろう。
魔法名の意味は、小さな土の精霊の土ほぐし、だ。
ふっと姿を消す小さな土の精霊さんたちの様子を見届けると、これで既存魔法の習得は終わったことになる。
属性魔法の情報に比べ、不思議と精霊魔法はまだまだ習得した数は少ない。
これもまた、これから先に新しく出会う精霊魔法を楽しむために必要な未知だと思うと、自然と口角が上がった。
何はともあれ、魔法の習得が終わったことは、三色の精霊のみなさんに伝えよう。
私のそばでふよふよとうかんでいる小さな姿に、声をかける。
「みなさん。これで本から学んだ魔法は、すべて習得できました」
『わ~い!』
『やったね~!』
『よかったね、しーどりあ!』
『はい。ご協力ありがとうございました』
くるくると回ったり、ふわふわと舞ったり。思い思いに嬉しさを表現してくれる小さな三色の精霊のみなさんは、本当に可愛らしい。
ついついほのぼのと和んでいると、ふいにチリンと響いた可愛らしい鈴の音が、何かしらのスキルの能力値の向上を知らせてくれる。
眼前を見ると……まったく同じものを見た記憶がよみがえった。
空中には、[《自然自己回復:魔力》の回復力向上]と刻まれている。
まさかと思いながら石盤を開き、種族特性のページを確認すると、たしかに[《自然自己回復:魔力》]の文字が明滅していた。
説明には回復力が中の中から、中の上へと書き換わった部分がこれまた明滅して示されている。
唐突とは言え、この向上はさもありなん、だ。
なにせ、今回のログイン時からずっと持続発動可能な精霊魔法である〈ラ・フィ・フリュー〉を発動しつづけていたのだから。
前回、つまりこの大地での昨日も、《隠蔽 一》を習得後はログアウトするまで発動しつづけていた。
さすがにそろそろ上がるだろうとは、予想済み。妥当な能力値の上がり具合に、にっこりと笑顔があふれた。
もののついでに、習得した既存魔法たちを確認しておく。
無事にすべて問題なく身につけることができているのを見ると、知らずつめていた息がふぅと零れ落ちた。
ぐっと伸びをして、気持ちを切り替えるように軽く頭を振り、もう一度集中できるように意識を引きしめる。
実はもう一つ、ログアウトする前に挑戦したいことがあるのだ。




