四百三十七話 そうして遠慮は消し飛んだ
ふわふわとした浮遊感に、閉じていた瞳を開く。
どこまでも広がる蒼穹の空間の中、しゃららら……と、降臨の音が響いた。
繊細な金糸の髪をなびかせて、創世の女神様が眼前に降り立つ。
白雲の上で背を伸ばした神々しいそのお姿に、すっかり慣れたエルフ式の一礼を捧げた。
そっと顔を上げ、創世の女神様をうかがう。
すでに新情報を知った身として、これから創世の女神様が語る内容は、心して聴かなくてはならない。
注ぐ視線の先で、創世の女神様はその蒼穹の瞳に憂いを宿し、かすかに伏せる。
やわらかな美貌が陰り、晴れやかな空間に反する、緊迫感が満ちていく気がした。
『愛し子よ』
たおやかな声が、祈るようにそう呼びかける。
『あなたがたの勇気により、多くの穢れた魔物たちは倒され、厄災の脅威は日に日に小さくなっています。
まずはこの奮闘に、感謝を』
憂いを塗り替えるように、女神様の口元にゆるりと浮かんだ嬉しげな微笑みを見つめ、ついついこちらにも笑みが浮かぶ。
湧き出た喜びをかみしめながら、静かに口を開き、眼前の御方へと感謝の思いを返した。
「これもひとえに、女神様のお力添えあってのこと。
シードリアの一人として、深く感謝申し上げます」
再度頭を下げて礼を捧げたのち、上げた瞳には、蒼穹の瞳を細めて微笑む女神様の美貌が映る。
『あなたの努力と知恵、何より魔物と戦う勇気を、わたくしはしかと見ていますよ、ロストシード』
「……ありがとうございます、女神様」
このイベントがはじまる日、創世の女神様はたしかに、私におっしゃった。
私のことを、見つめ――勝利を願い続ける、と。
まっすぐな女神様の言葉に、きっと本当にそうしてくださっていたのだと、胸に感動がにじむ。
けれど、再び伏せられた瞼に、ゆるんだ表情を引きしめた。
『だからこそ……どうか』
願うように、祈るように。
そろりと、細い両手が胸元で組まれる。
『あなたがたの力を、最後までふるうことを、やめないでください』
切実な響きを宿して、言葉が続く。
『穢れた魔物たちを残すことは、厄災の火種を残すことになります。
その火種は必ず……地上の大地の平穏を、崩してしまうでしょう。
どうか、そうならないように――』
上げられた瞼の奥から、願いを灯した蒼穹の瞳が、私を見た。
『最後まで、厄災の穢れを祓いつづけてください――ロストシード』
託された願いと、紡がれた言葉に、静かに腰を折る。
少し前に、神官としても認められたロストシードにとって……返すべき言葉は、決まっていた。
「女神様の、御心のままに」
ふわりと、再び浮遊感に包まれる。
次に感じたのは、背中に接したベッドの感触と、ぽよっと胸元で軽く跳ねた小さな重み。
『おかえり、しーどりあ~~!!!!!』
「ただいま戻りました。
おや、みなさんお揃いですね」
『うんっ!!!!! みんないっしょ~~!!!!!』
目の前でくるくると舞う、小さな五色の精霊さんたちとあいさつを交わしながら身を起こすと、賢人の宿の石造りの宿部屋が美しい薄青の光に照らされていた。
幻想的な夜明けの時間に、束の間、さきほどの蒼穹へと思いをはせる。
肩と頭の定位置に乗った精霊さんたちと共に、思わず窓辺へと歩み寄った――その時。
ポンッと、可愛らしい効果音が鳴った。
「おや?」
『だれからのれんらく~~?????』
「どなたからのメッセージでしょうね?」
小さな五色の精霊さんたちと小首をかしげながら、灰色の石盤を開く。
メッセージの送り主は、レギオン【タクティクス】の魔法使い、フェアリー族のディアさんからだ。
[おはよう、ロストシード。
急で申し訳ないけれど、今から画面通信はできる?]
綴られた文字に、ハッと閃く。
画面通信とは、石盤へと姿を映し出し、通信を繋いだ相手と語り合うことができる、簡易型画面通信のことだ。
メッセージを打つ手間なく、声も表情も対面で会話をする時と同じように相手へ届けることが出来る、この通信手段を使うと言うことは。
これはおそらく、ログイン前に予想した――イベントに関する作戦会議のお誘いなのでは!?
素早く、返信を打つ。
[おはようございます、ディアさん。
はい、出来ますよ]
メッセージを送り、窓のそばに置かれた一人がけのソファーに腰かけると、すぐにプルルと鳴った通信願いの音に、迷いなく許可を出す。
とたんに、パッと眼前へと現れた石盤の中、ディアさん……と、アドルフさんとアリーセさんのお顔が映った。
「やぁ。おはよう、ロストシード」
「ロストシードさん、おはよー!!」
「アドルフさんとアリーセさんも、おはようございます」
「急で悪かったね、ロストシード」
「いえ、ディアさん。
特に問題はありませんから、お気になさらず」
三者三様のご挨拶に、微笑みながらあいさつを返す。
しかしすぐさま、表情を真剣なものに切り替え、この通信の本題を問う。
「みなさんのお話は、イベントの新情報について、ですか?」
「さすがに耳が早い。
二人の予想通りだったね」
「まぁ、ロストシードさんだからね~!」
「うん、ロストシードだからね」
ディアさんの言葉に、アリーセさんとアドルフさんが笑顔を咲かせる。
ロストシードだから、と言う言葉に、何やら絶大な信頼がある気がするのは、気のせいと言うことにしておくとして……。
「実は私も、今後の大規模戦闘について、みなさんと作戦会議をする必要があるのではないかと思っておりました」
そう伝えると、画面の向こうのお三方も、それぞれ真剣なお顔でうなずきを返してくださった。
「魔物の討伐数によって、報酬以外にも、世界情勢に影響を与えるなんてね……。
前にロストシードが言っていた、予想のとおりだったかぁ」
「えぇ。
こうなりますと、可能な限り、最後の一体まで倒したほうがよろしいかと」
「私も同感だよ」
創世の女神様のお言葉を思い出しながら、ディアさんと二人方針を語り合い、次いでアドルフさんとアリーセさんを見る。
「僕としても、この場合は攻略系が本気を出しても良いと思うんだ」
「ま、あたしも今回はソレに賛成よ。
それにたぶん……他のレギオンとかキャラバンのみんなも、そうするでしょ!」
「うん、アリーの言う通りになると思うな」
「それでは……」
少しばかりにじんだ緊張を、不敵な微笑みに隠して、【タクティクス】のリーダーであるアドルフさんの決定を待つ。
甘やかな美貌に、とても楽しげな笑みを咲かせたアドルフさんは、力強くうなずいた。
「あぁ!
これからはいっそう、遠慮なく戦おう!!」
明るく響いた決定の声に、アリーセさんやディアさんと同じく、私もまたうなずきを返しながら思う。
これで、少なくとも身近な実力あるシードリアの意見は、一致した。
戦意と決意は固く――遠慮はもはや、消し飛んだ。
晴れのち曇りならぬ、情報共有のち消し飛ぶ遠慮、などと言う愉快な文言まで思い浮かぶ。
これならば、創世の女神様の願いの通り、最後まで穢れの魔物たちを倒すことが出来るだろう。
そうと決まれば!
画面越しのお三方へ、凛と紡ぐ。
「それでは、なるべく早く準備を整えて、浮遊大地で合流いたしますね」
「うん、待っているよ」
「あたしたちも、準備しないとね!」
「みんなにも早速伝えよう」
それではまた、と再会の約束をして、通信を切る。
肩と頭の上で、ぽよっと五色の精霊さんたちが跳ねた。
『ぼくたちも、いっしょにまもの、たおす!!!!!』
力強い共闘の言葉に、嬉しさと頼もしさから、笑みが零れる。
「ふふっ!
えぇ! 一緒にあの魔物たちを――殲滅いたしましょう!」
『せんめつ、する~~!!!!!』
精霊のみなさんと笑顔を交し合い、〈フィ〉を唱えて多色の精霊さんたちを呼び、各種精霊魔法とオリジナル魔法を展開。
しっかりと、いつものログイン後の準備をしたのち。
各種属性魔法の効果を上げるポーションを飲み、宿部屋から神殿までを風のように駆け抜けて、神殿の広間で神々へのお祈りと恩恵を願い。
現状で出来る限りの殲滅戦への準備を整えて、神殿の宿部屋に入り――いざ、浮遊大地へ!




