四百三十五話 爆走鳥と疾走エルフ
依頼完了の手続きを終え、冒険者ギルドを出て一息つくと、夜空にひときわ星々が煌く、深夜の時間へと移り変わった。
人気のない街並みを眺め、さてこの後はどうしようかと考える。
この深夜の時間が終わる頃には、就寝のためにログアウトをする事になるとはいえ、まだ深夜の時間ははじまったばかり。
何かもう一つくらいは、楽しんでおきたいところだ。
ふぅむと片手を口元にそえて、悩みながら当てもなく大通りを歩くことしばし。
ジオの街の入り口にあたる、白亜の門から外の大草原へ視線を移すと、ちょうど元気よく爆走する、緑色の羽毛を持つヒクイドリ姿の魔物、グラスノンバードが目に留まり――閃く。
「そうです!
一度、あのグラスノンバードと競争をしてみたいと、思っていたのでした!」
思わず上げた声に、そわっそわと小さな精霊さんたちが小さな身を揺らし出す。
『しーどりあ、しょうぶする!?』
『あのまもののはやさと、しーどりあのはやさ? 気になる~!』
『しょうぶ、わくわく~!』
『たのしみ~!』
ひときわわくわくな風の精霊さんと、やはり楽しみなのだろう他の三色の精霊さんたちの言葉に、笑顔でうなずいてみせる。
「えぇ!
以前、アドルフさんとアリーセさんが、他のかたも競争をしていたとおっしゃっていましたから……私も、試してみます」
白亜の門をくぐり抜け、大草原へと歩み出ると、お目当ての魔物へと近づいて行く。
「速さは……おそらく、一瞬ならば勝るはずなのですよね」
穏やかに呟きながら、頭の中で素早く、今持っているスキルや魔法を思い浮かべる。
爆走する魔物との速さ勝負に関係するものと言えば――。
スキルはやはり、《疾走》だろう。
敏速な走りかたに順応し、より速く走ることができるすぐれもので、常時発動型スキルのため、今もすでにかかっている。
このスキルの力は、駆け出すだけで発揮できるから、準備はすでに出来ているようなものだ。
魔法のほうは、〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉と〈瞬間加速 二〉。
風の付与もすでに、足首にはめた銀色の輪――速き風をまとう足輪の名に合うよう、持続的な付与をかけることで、普段から敏速な動作を可能にしている。
〈瞬間加速 二〉は、一瞬だけ身体速度を任意で一段階から二段階引き上げ、より加速させる身体魔法で、使った時の速さは今までの戦闘でもかなり役立っていた。
これらの効果を合わせれば……まだ永続的には難しいかもしれないけれど、少なくとも一瞬だけならば、あの爆速を追い抜くことも可能だと思う。
何はともあれ――物は試し、だ!
少ないながらも、攻略系だろう他のシードリアのみなさんが戦闘をしている、大草原のただ中。
ちょうど左側から爆走してきた、グラスノンバードに狙いを定めて、不敵に笑む。
後は、時を待つだけ。
速度を落とすことなく、爆速で迫るその姿が、あっという間に目前へ迫った、この瞬間!
素早く身をひるがえし、並走するように立ち位置を変えて――いざ、勝負!!
目測どおり、グラスノンバードが真横に並んだ刹那、〈瞬間加速 二〉を発動!
ぐっと蹴った地面の感触を残して、景色が流れる。
夜闇に沈む草原が、ザァッと過ぎた視界の端で緑に染まり、風が頬を打ち、長い髪が宙に浮く。
勝負は、ほんの一瞬。
けれどたしかに、横に流した視線の少し後方に……グラスノンバードはいた。
かなりギリギリだけれど――それでもこれは、勝利だろう!!
笑みが浮かんだ瞬間、再び踏んだ地面を蹴り、今度は軽やかに後方へと飛び上がって戦闘を回避する。
私と一瞬の競争をしたグラスノンバードは、そのまま止まることなく、草原を爆走して行った。
その姿を見送りながら着地して、詰めていた息をふっと吐き、忘れていた呼吸を再開する。
とたんに、ぱっと眼前が華やいだ。
『しーどりあすご~~いっ!!!!』
今まで肩と頭にぴたりとしがみついてくれていた、小さな四色の精霊さんたちが、ぴかぴかとその輝きをまたたかせて、歓声を響かせる。
一拍遅れて、周囲からもどよめきと拍手が届いた。
若干慌てて辺りを見回すと、たまたま私の行動を見ていたのだろうシードリアのみなさんが、こちらに笑顔を向けている。
軽快に吹き鳴らされた指笛の音に視線を移すと、【タクティクス】のクラン部屋でお見かけした面々が手を振っていた。
ふいに湧き出た気恥ずかしさに、戦友がたへ軽く手を振り返し、他の実力者だろう方々へもエルフ式の一礼をしたのち、さくさくと足を動かしてジオの街へと戻る。
……少しばかり頬が熱いのは、きっと全力で走ったからだ。
そう言うことに、しておこう。
兎にも角にも。
現状持っているスキルや魔法だけで、一瞬ではあるものの、あの爆走するグラスノンバードとの速さ勝負に、勝つことが出来た!
重要な点は、この結果と学びが得られたこと、だ。
『すごくはやかった~~!』
喜ぶ精霊のみなさんの中でも、特に小さな風の精霊さんはこの結果を気に入ってくれたらしく、ひゅんひゅんといまだに私の周囲を飛んでいる。
これほどまでに楽しんでもらえたのならば、勝負したかいもあったと言うものだ。
ふふっと零れる笑い声を抑えて、精霊のみなさんへ告げる。
「また、このような遊びも楽しみましょうね」
『うんっ!!!! いっぱいあそぶ~~!!!!』
きゃっきゃと、嬉しげな精霊さんたちに微笑みを深めながら、噴水のある中央広場でワープポルタを使い、トリアの街へと帰還。
神殿でしっかりとお祈りを捧げてから、賢人の宿へと戻ってきた。
宿部屋に入り、多色や水の精霊さんたちへとお礼を伝えて、各種精霊魔法とオリジナル魔法を解除した後。
ふわふわと胸元へと降りてきた、小さな四色の精霊さんたちと一緒に、ベッドへと横になる。
「それではみなさん、私はまたしばし、空で休みます。
みなさんもどうか、ゆっくりと休んで、次の冒険にそなえていてくださいね?」
『はぁ~い!!!!
またね、しーどりあ~~!!!!』
「えぇ――また」
胸に灯る一抹の名残惜しさは、明日の冒険を輝かせる、小さな要素に違いない。
とびきり可愛らしい大切な精霊さんたちに微笑み、そっとログアウトを告げて瞳を閉じる。
ふっと現実世界へ戻ってきた感覚に、満足感をともなう笑みが浮かんだ。
十八日目も、まさしくこの満足感にふさわしい、なかなかに充実した時間を過ごすことが出来たと思う。
色鮮やかによみがえる光景を振り返りつつ、胸で躍る好奇心をなだめる。
さぁ、明日は何が起こるだろう?
可愛らしい精霊さんたちと、どんな冒険を楽しめるだろうか?
今日もまた、湧き出る期待を深呼吸で落ち着け、なんとか眠りにつくのだった。
※次回は、主人公の現実世界側での、
・番外編のお話
を投稿します。
お楽しみに!




