四百三十三話 [星屑のウーヌス]
村長のお爺様と別れた後、沈み切った夕陽を見送り、宵の口の時間が訪れた。
密やかに、小さな光の精霊さんとまたねをして、小さな闇の精霊さんを迎え入れつつ、村の探索の前にと、報酬のランタンを片手でかかげる。
「村長さんのお話では、この少しくぼみのある底の部分に、魔石の光を灯したり消したりするための仕掛けがあるらしいのですが……」
高くかかげ、のぞき見た底部には、たしかに丸いボタンのような、指先で押すのにちょうどいい大きさの部品が見えた。
ランプをかかげていた腕を下し、反対の手でさきほどの部品を押すと、コンッと小さく硬質な音が鳴る。
刹那――ぽわりと、バラを模した魔石が赤色の光を灯した。
『わぁ~!!!! きれい~~!!!!』
歓声を上げ、ひゅんっとランタンのそばへと移動した四色の精霊さんたちに、こちらも頬をゆるめながらうなずきを返す。
「えぇ、とても綺麗ですね。
それに、思っていたよりも明るいです」
もう一度、そっとかかげたランタンの光に照らされて、金から白金へといたるグラデーションのかかった長髪が、ほんのりと赤みをおびて煌めく。
その美しさも楽しみつつ、それではと、今度こそウーヌスの村の中をのんびり見学して回る。
「エルフの里を思い出しますね」
『なつかしいかんじ~~!!!!』
呟きに返された小さな精霊さんたちの言葉に、うなずきを返しながら、隠れ里のような村を緑の瞳に映す。
樹々の近くに建つ小さめの家々は、やはりどこか懐かしさを感じる。
その森に馴染むような村の光景の中で、家々のそばに置かれた美しいランタンの灯が、幻想的な雰囲気を加えていた。
シードリアか、あるいはエルフ族が珍しいのか、それとも客人そのものが少ないのか。
家々から時折出て来ては、あいさつをしてくださる村人の皆さんから語られる昔話は、この村のなりたちに関わるものが多く、とても学びになる。
昔々……世界各地が、魔物の群れに襲われる、大いなる厄災があった頃。
戦火の渦中にあってなお、周囲の地に生きる人々を護るために奮闘した歴史が、どうやらこのウーヌスの村には語り継がれているようで。
この昔話を聴いて、まっさきに思い浮かんだのは――まさしく、かつての厄災の爪痕を色濃く残す、二つの光景。
一つは、パルの街の外に広がるダンジェの森、その奥地にあった、コロポックル族の里の遺跡だ。
新しく習得したスキル《解析》や魔法〈アナリージス〉により、鮮やかすぎるほどはっきりと、過去の歴史を垣間見たあの場所のことは、まだまだ記憶に新しい。
そして同時に思い浮かんだもう一つの光景は、ジオの街から左右に伸び、途中で崩れ落ちてしまっていた、白亜の防壁。
おそらくは……あの防壁の状態もまた、過去の厄災が刻んだ爪痕なのではないだろうか?
そう考察してしまうほどに、このウーヌスの村で語り継がれる歴史は、私がすでに歴史書などから学んだ知識ともつながる、貴重な情報だった。
大切な歴史を頭に刻みながら、皆さんに感謝を伝えたのち。
村の中央にあった広場――作業場と呼ばれているらしいそこで、まさしくこの村ならではの光景を見つけ、思わず足を止める。
まだ明るい夜空の下、煌々と燃える焚火を囲むように置かれた丸太に腰かけているのは、複数人の大人たち。
皆一様に、真剣な表情で手元を見下ろし、作業をしている。
その手の内にあるのは――色とりどりの魔石だった。
おそらくこれが、このウーヌスの村の特産品だと教わり手渡された、このランタンの中に入れられている、美しい魔石をつくる作業なのだろう。
ついつい、じっとみなさんが作業をする様子に見入っていると、ふと顔を上げた壮年の男性が、小さく笑った。
『地味な作業だが、気になるのなら見ていっておくれ』
「よろしいのですか?」
『ああ、構わんよ』
「それでは……お言葉に甘えさせていただきますね」
他の方々も少しだけ顔を上げて、気さくに笑いかけてくださる。
それにこちらも感謝の言葉と微笑みを返しながら、魔石をまるで彫刻細工のように彫っている作業を、見学させてもらうことにした。
色の違う魔石たちは、焚火に照らされ、削り彫られるたびにキラキラと煌く。
その様はどこか、夜闇に舞う精霊さんたちの輝きにも似ていて、自然と心が弾んだ。
「綺麗ですねぇ」
思わず口をついた素直な感想に、職人のみなさんがふっと、少し自慢げに口角を上げる。
作業中、ぽつりぽつりと語ってくださったみなさんいわく、この魔石は美しい見目に整えているだけで、性能などは特に変わらないらしい。
そのような知識を得られることもまた楽しく、しばし美しい芸術作品が創られてゆく過程を、夢中で眺めてしまった。
ただの魔石から、何かの花の形だと分かるようになったところまで眺め、ハッと気づく。
そういえば、まだ村を見終えていないのだった……。
少しだけ慌ててお礼を告げ、今度は村の端へと歩みを進めてみる。
村の端では、数人の子供たちが静かに、削られた魔石の欠片をパラパラと、樹の下にまいていた。
不思議に思って近づき、そっと声をかけてみる。
「あの……なぜその樹に、魔石の欠片をまいているのですか?」
『あっ、シードリアさまだ!』
『あのね~! これは、フォレストアウルが好きなの~!』
「フォレストアウルが……?」
『うんっ! このあたりの樹の上に、いつもいるんだよ!』
突然の声掛けに驚くこともなく、可愛らしい笑顔と共に、子供たちが口々に答えてくれた内容を聴き、ついと顔を上げてから、納得にうなずく。
緑の瞳を注いだ頭上には、エルフの里で交流をしたことのある非好戦的なフクロウの姿の魔物、フォレストアウルが樹の上で眠っていた。
子供たちいわく、このフォレストアウルは、ウーヌスの村では森の異変や危険な魔物の存在を察知して教えてくれる、身近で大切な存在なのだとか。
『だから、好きなたべものをあげて、おれいをしてるんだ!』
「なるほど、そのような理由があったのですね」
再度うなずきを返すと、肩と頭の上からふわっと浮かび上がった小さな精霊さんたちが、子供たちの周囲をくるくると舞いはじめる。
『みんな、いいこ~~!!!!』
――小さな精霊のみなさんも、とってもいい子だと思いますよ、えぇ!!
小さな子供たちの周囲を、可愛らしい精霊さんたちが舞うと言う、なんともほっこりにこにこする光景に、ついつい満面の笑みが咲く。
これほど愛らしさ溢れる光景を、この場では唯一のエルフ族である私しか見ることが出来ない事実が、残念でならない。
同時に、フォレストアウルとの関係もまた、このウーヌスの歴史と深く結びついているものなのだろうと、気づいた。
ここは――いまなお確かに、古き歴史が息づく村なのだ。
そう思うと、自然に胸の内から感動が湧き出る。
ほぅ、と零れた感嘆の吐息を静かに流しながら、ふわりと微笑む。
今はもう少し……せっせと魔石の欠片をまく子供たちと、その周囲を舞う精霊さんたちを、見つめていたい気分だ。




