四百二十九話 懐かしさ時々適正範囲外
戦闘に露店にと、浮遊大地で充実した一時間を終えて戻って来た、白亜の宿部屋の中。
夜明けから朝へと、まばゆく移り変わった空から射し込む陽光が、窓から室内を照らし出す。
「小さな闇の精霊さん、また遊びましょうね」
『うん! またね、しーどりあ~!』
ふわふわと目の前に移動してきた、小さな闇の精霊さんがフッと姿を消すのを見送り、残った四色の精霊さんたちへと微笑む。
「お次は商品を届けに、商人ギルドへまいりましょう」
『はぁ~~い!!!!』
元気な声にうなずきを返して、宿部屋の外へ。
朝の時間になったことで、かすかににぎわいはじめた神殿の広間に下りると、精霊神様の神像の前に立つ女性の神官さんとふいに視線が合う。
艶やかな長い緑髪を背に流し、どこか懐かしげな感情を澄んだ金の瞳にうかべた、エルフの神官エルランシュカさんだ。
こちらも少しの懐かしさを感じながら、お互いに微笑みを交わし合い、神殿を後にする。
とたんに降り注いだ、まばゆい陽光に緑の瞳をまたたきつつ、商人ギルドへ足を進めた。
そう時間をかけることなくたどり着いた、商人ギルドの室内へ踏み入ると、銀の商人と呼ばれるフィードさんの姿を、探すまでもなく受付に見つける。
濃い銀髪を揺らして立ち上がったフィードさんは、銀縁の楕円形型メガネの奥から、黒の瞳をまっすぐにこちらへと注いできた。
誠実そうな整った微笑みが、圧力を乗せて少しだけ深くなったように見えたのは……気のせいではないかもしれない。
心持ちゆっくりとした歩調で受付へ歩みよると、視線を合わせたフィードさんが静かに口を開いた。
『お待ちしておりました、ロストシード様』
――お待たせしていましたか。
反射的に浮かびかけた苦笑を、気合いで穏やかな微笑みに留める。
言葉通り、どうやらずいぶんと待ち遠しさを感じさせてしまったらしい。
変わらず丁寧に、しかしなんとなく逃がさないぞと言う気迫を思わせる誘導で、商談用の小部屋へと招かれた。
普段通りにはじまった商談は、いつもと同じく丁寧かつ穏やかに、特別な問題もなく終わり、内心でほっと吐息をつく。
最後に各種商品を机の上に並べて、お渡しする準備を完了したところで――フィードさんが綺麗な微笑みを咲かせた。
『大変喜ばしいことに、ロストシード様のすべての作品が、大好評継続中です』
もしかしなくても……もっと作って、もっともっと売ったほうが良い、ということなのかもしれない。
反射的にそう思いながらも、しかし答えは、はじめから決まっていた。
つまるところ――今までと変わりなく、無理なくマイペースにやっていこう、と。
銀の商人であるフィードさんが、意図的に少しだけ垣間見せた、凄腕の商人らしい意欲を秘めた言葉に、ふわりと穏やかな微笑みを浮かべながら、返事を紡ぐ。
「ありがたい限りです。
商品を作る時間が出来次第、また作ってこちらへまいりますね」
『――はい。またのお越しを、お待ちしております』
そっと丁寧に贈られた一礼に、こちらも優雅な一礼を返しながら、強く思う。
……私がとてもマイペースな職人であり商人なのだと、素直に納得して引いて貰えて、本当に良かった、と。
心底安心しながら、商人ギルドを出たその足で、今度は職人ギルドへ。
部屋の中央に並ぶ素材を眺めつつ、視線を流したカウンターの奥で、やわらかに細められた琥珀色の瞳と目が合った。
茶色の長髪を揺らして、丁寧なお辞儀をしてくださったのは、人間族の女性鑑定士ベルさん。
これまた少しの懐かしさを感じつつ、こちらもエルフ式の一礼と微笑みを返してから、いつものように各種素材を探しはじめる。
細工や錬金に必要な素材を手に取りながらも、思い浮かぶのは今回のパルの街での出来事。
いや……感情の動き、と表現するほうがより的確だろうか。
それは、街中や神殿、この職人ギルドで感じた――たしかな懐かしさ。
他の街に拠点を移したことによる影響だろうかと、懐かしさを追いかけるように、新鮮さがにじみ出る。
自然と上がる口角をそのままに、各種素材をまとめて買い、ベルさんに見送られながら職人ギルドを後にして、再び石畳の道へ。
「さて、お次は……」
パルの街へと来てから、すでに色々なことをした気がする。
ただ一方で、まだ夕食のためのログアウトまでには、いくぶん時間が残っていた。
何かしようかと考えた結果、閃きに軽く両手を打つ。
「そうです!
みなさん、お次は久しぶりに、冒険者ギルドで依頼をうけてみましょう」
『いらい!!!! うける~~!!!!』
名案に微笑み、やってきたその冒険者ギルドにて。
『あの、ロストシードさん』
「はい?」
並ぶ依頼紙を見ていると、後ろから唐突に声をかけられ、半ば無意識で振り返る。
緑の瞳がまっさきに視線をひかれたのは、兎獣人の特徴である、左右の側頭部からたれたふわふわの長い獣耳。
背に流れる長い白髪を揺らしながら歩みよって来たのは、入室時にはカウンターで仕事をしていたはずの女性、受付係のシルアさんだ。
シルアさんは、つぶらな紺の瞳を私に向けて、困ったように眉を下げる。
『残念ながら、当冒険者ギルドでは、ロストシードさんの実力に見合った依頼がありません。
ぜひ、王都に近い街などで、そのお力を発揮できる依頼をうけていただければ、と……』
かけられた言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。
――まさかの、適正実力の範囲外でした!?
『しーどりあは、つよいからね!』
『うんうんっ!!!』
小さな水の精霊さんを筆頭に、他の三色の精霊さんたちも、そう声をそろえる中。
言われた当本人は今まさに、愕然とする、と言う言葉の意味を鮮やかに実感しているところでして……!
「わ、分かりました……。
それでは、またの機会がありましたら」
『はい! 応援しています!』
かろうじて返した言葉に、迷いなく返された快い応援の声に背を押され、まさかの事態に大荒れの内心を隠しながら、冒険者ギルドを出たのち。
「――ジオの街に、行きましょうか」
『はぁ~~いっ!!!!』
フッと顔を上げ、まばゆく晴れた空を見上げながらそう思い付きを口にした私に、可愛らしい精霊さんたちの楽しげな肯定が返された。




