四十二話 敬意と感謝を大切に
無事に自作できた下級魔力回復ポーションをカバンに収納し、また今度他のポーションも作らせていただきたいと伝えた言葉に、アード先生は変わらない無表情で、けれどしっかりとうなずいてくれた。
その返答に感謝と共に一礼をして、店を後にする。
外の土道へと出ると、もうほとんど樹々に隠れてしまっている夕陽が、最後の輝きを放っていた。
「さて、また神殿に行きましょうか」
『は~い!』
元気よく返事をしてくれる小さな三色の精霊のみなさんに、そう言えばと疑問を問いかけながら足を進める。
「みなさん、アード先生のお店の中ではずいぶんと静かになさっていましたね」
『しずかなのが、すきなこだから!』
『ぼくたちもしずかにするの~!』
『しずかにあそぶ!』
「なるほど……そういうことでしたか」
素朴な疑問の答えに、納得してうなずく。
精霊のみなさんが不思議とアード先生の店内で静かだったのは、アード先生が静けさを好むかただったから、ということだ。
……心躍る錬金術という技術に、冷静さや穏やかさより好奇心と高揚感がまさり、若干はしゃいでいた自身が少々恥ずかしい。
とは言え、ありがたい学びを教えていただけたことに感謝し、これからも研鑽にはげもう。
――今後は、なるべくアード先生のそばでは静けさをたずさえて。
そのようなことを考えながら足を進めていくと、いつの間にか荘厳な白亜の神殿はすぐ目の前にたたずんでいた。
磨き上げられた床へと足を伸ばし、清らかな空間へと入る。
壮麗に並ぶ神々の白き像を眺めながら歩み、精霊神様の像の前まで進むと、純白に金の差し色を飾った神官服が複数、視界の端でゆれた。
そちらを見やると、ロランレフさんと他のエルフの神官さん二人が、慈愛あふれる笑顔で何事かを話している。
純粋にどのような会話をしているのか、内容が気になったものの、果たして直接聞きに行っていいものか。
一瞬の悩みを打ち消すように、ふいに穏やかな声音が耳元に大きく届いた。
どうやら、〈恩恵:シルフィ・リュース〉が発動したらしい。
風の精霊さんたちの心づかいに感謝しつつ、ひそやかに聴いた神官のみなさんのお話しによると……。
いわく、シードリアたちの目醒めにともない、お祈りにくる人々が増えて嬉しいこと、そして長時間お祈りをする信心深い子もいるようで素晴らしい、とのこと。
……後半はもしかすると、魔法の習得のために長時間お祈り部屋にいすわっていた、私も含まれているかもしれない。
いや、《祈り》を捧げている点に違いはないのだが……少々、複雑な気持ちになった。
『――おや、ロストシード様』
微妙な表情で精霊神様の壮麗な像を見上げていると、ロランレフさんからお声がかかる。
振り向くと、癖の無い金の長髪をゆらして近づいて来てくれた。
『精霊神様へのお祈りですか?』
「あっ、はい! ……また、お部屋を使わせていただいても……?」
『どうぞ、お心のままに』
穏やかな問いかけに、やや緊張しながら問いかけると、優しさに満ちあふれた言葉をもらい、胸中の複雑さが少しだけ増す。
――これからは、他のことをする際も《祈り》を発動しつつおこなうことにしよう。
固い決意と共にロランレフさんへ優雅に一礼をしてから、お祈り部屋へ。
白亜の小部屋に入ると、さっそく長椅子に腰かけて《祈り》を発動する。
今回は、小さな三色の精霊のみなさんと親しくなれた理由が分かったことのご報告と感謝を考えていると、聞き慣れたしゃらんという美しい効果音が鳴った。
はっと祈りの雰囲気に合わせて閉じていた瞼を開くと、眼前の空中に二つの文字がうかんでいる。
「[《精霊親交》]と[〈恩恵:ラ・フィ・ユース〉]……?」
何やら近しい名前をみかけたことがある気がする。
身体に吸い込まれていく白光を見届け、ステータスボードを開くと、まずはスキルのページを開いて確認。
「ええっと、[《精霊親交》]は、[精霊との親交の証に、精霊たちが自ら様々な手助けを行い、精霊魔法の威力を高めてくれる。常時発動型スキル]……精霊のみなさんが、自ら手助けを?」
驚き、目の前に鎮座する精霊神様の像の近くを飛ぶ、三色の精霊さんたちへと視線を向ける。
すると、ふよふよと私のそばに近づいて来てくれた。
『おてつだいするよ~!』
『しーどりあをたすけるの!』
『ぼくたちがたすけるよ~!』
「なんと……ありがたいことです。今までも、十分助けていただいているのですが……」
得意げにそう幼げな声が語る言葉に、本当にことあるごとに助けていただいていると再確認しながら呟く。
感謝の念はたえないが、一応魔法のほうも確認をしておかなければ。
ページを切り替えて、[〈恩恵:ラ・フィ・ユース〉]と書かかれたところを見つめる。
すらすらと下に追加された説明文には、[恩恵により発動する、永続型の補助系下級精霊魔法。下級精霊の力で、精霊が関わるスキルや精霊魔法の効能を引き上げてくれる。恩恵は他動的に発動するため、発動の制御は不可能]とあった。
……少々現実逃避で記憶の中から引き出した精霊言語解説録と照らし合わせた結果、この精霊魔法の魔法名の意味は、小さな精霊の力届け、だと分かった。
――いや、現実逃避をしている場合ではないのだが。
「と、とんでもないものをいただいてしまいましたっ!」
思わずそう声を上げて額に手を当てる。
まっさきに頭の中をよぎった情報は、恩恵とつく魔法は私たち自身が発動を操作できるたぐいのものではない、というもの。
つまり、この魔法が私にとっては意識しないままぱっと発動するという点が、もうすでにとんでもない。
そもそもいくら下級精霊さんたちがおこなうとはいえ、精霊が関わるスキルや精霊魔法の効能を向上させるという、エルフにとって熱望するほど素晴らしい内容であることに、ふるえそうになる。
とは言え、これが恩恵という形でもたらされるという点が、やはり一番とんでもないことだ。
それもそのはず。
この恩恵と呼ばれる魔法、実は魔力消費という対価なく発動するものだった。
これは、二度発動した〈恩恵:シルフィ・リュース〉で確認済み。
つまり……無自覚かつ対価もなく効能が向上するという、破格の自身の能力値向上状態――すなわちバフが得られるということなのだ!
〈ラ・フィ・フリュー〉だけでも、ハーブスライムを一瞬で倒すバフが得られているというのに、その上でこの恩恵が発動するのであれば……。
「あははっ――これはもう、向かうところ敵なしですね!」
反射的にからりと零れた笑い声を区切りに、切り替わったいっそ晴れ晴れとした感情が、そう言葉にかわる。
実際、戦闘体験豊富なこの【シードリアテイル】では、バフ効果をもつ恩恵ならばいくら授かったとしても、ありがたさが積み重なるだけで不利益などありはしない。
交友から親交へといたった精霊のみなさんとの親しさが、《精霊親交》と〈恩恵:ラ・フィ・ユース〉の習得につながったのであれば。
――私から大好きな精霊のみなさんへ返すものは、感謝と親愛と、そして信頼だ。
『しーどりあ~!』
『いたいいたい、なおった~?』
『げんきになった~?』
「えぇ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
少し前まで頭を抱えていたことを心配してくれる、心優しい三色の精霊のみなさんへ、心からの笑顔を見せる。
心底からの感謝を、三色の精霊のみなさんと、《隠蔽 一》で隠したままの〈ラ・フィ・フリュー〉を発動しつづけてくれている多色の精霊のみなさんへ、これからも捧げよう。
「みなさん、いつも助けてくださり、本当にありがとうございます!」
『いいよ~!』
『しーどりあすき~!』
『いつでもおてつだいするよ~!』
「えぇ、私もみなさんが大好きです! 今後も、どうぞよろしくお願いいたします!」
紡いだ言葉へと返される、あたたかな思いを宿した言葉に、また笑顔が咲く。
決意を新たに、敬意を込めて、精霊神様への祈りを再開した。




