四百二十七話 まったりと感謝も忘れずに
不思議な謎をたずさえながらも、その後は特別な問題もなく帰路を進み――ダンジョンの入り口へと、無事に戻って来た。
「――よし。
予想外の事もあったけれど、一人も神殿送りにならなかったから、今回のダンジョン攻略は最高の結果だったね」
「みんな、お疲れさま~!」
大きな洞窟の前で、甘やかな笑顔を浮かべたアドルフさんがそう告げ、アリーセさんが明るく声を響かせる。
口々に応える戦友のみなさんと一緒に、ねぎらいの言葉を返していると、アドルフさんが再び微笑みながら口を開いた。
「改めて、ダンジョン攻略の協力をありがとう!
この後はいつも通り、祝宴に参加するみんなはクラン部屋に集合だ。
以上――解散!」
アドルフさんが凛と響かせた解散の声に、【タクティクス】の面々が思い思いに移動を開始する。
祝宴と呼ばれていた、攻略後のお楽しみ会らしきものにも、とても興味はあるのだが……。
チラリと、両肩に乗る小さな精霊さんたちを見る。
この愛おしいみなさんと、一時とは言え引き離された一件は、どうやら私にとってはやはり大事件だったらしい。
今しばらくは、同じシードリアのみなさんと語り合う時間よりも――精霊さんたちと過ごす時間をつくりたいと、強く感じた。
「ロストシードは、この後の祝宴に参加する?」
淡い水色の翅を小さくはためかせて、私のそばへと近寄ってきてくださったディアさんからの問いかけに、ふるりと首を横に振る。
それから、小さな苦笑を口元に浮かべて、今の思いを言葉にした。
「普段ならば、ぜひとも参加させていただきます、とお答えするところなのですが……。
今は、精霊のみなさんとゆっくり過ごしたいという気持ちが強いため、そちらはのちのお楽しみにとっておこうと考えておりました」
「……なるほど。
そう言う気持ちになるところが、ロストシードらしさだよね。
それなら、次の機会にね」
「はい、またの機会に」
私の言葉に、なぜかものすごく納得したような表情になるディアさん。
それを不思議に思いながらも、ディアさんと共にアドルフさんとアリーセさんにも事情を伝え、エルフ式の一礼をしてからジオの街への帰路についた。
夜に包まれたジオの森を抜け、ジオの街の噴水広場にあるワープポルタを使って向かったのは――パルの街。
刹那の転送後、開いた瞳に映った街並みに、ほっと吐息が零れ落ちる。
懐かしさや安心感と言った、あたたかな感情が静かに、胸の中へと満ちていく。
いつの間にかパルの街も、エルフの里のように、どこか心を落ち着かせてくれる場所になっていたようだ。
ふわりと、自然に浮かんだ微笑みをそのままに、静かな夜に染まった大通りへと一歩を踏み出す。
コツコツと鳴る靴音を楽しみながら、小さな四色の精霊さんたちへと声をかけた。
「少々戦闘が続きましたので、お次は休憩も兼ねて商品の製作をしながら、まったりとお話しを楽しみましょう?」
『おはなし、いっぱいする~~っ!!!!』
夜色を押しのけ、嬉しげにぽよぽよと跳ねる小さな姿が、それぞれの色を輝かせる。
精霊さんたちの可愛らしさに、ついつい上がる口角をそのままにして、方針を紡いだ。
「それでは、地下のお部屋で水晶を採取してから、神殿の技神様のお祈り部屋へとまいりましょう」
『はぁ~~い!!!!』
元気なお返事に笑顔でうなずきを返し、そう時間をかけずに中央の噴水広場へとたどり着くと、書館のある通りへと進み、さらに裏路地へと向かう。
迷うことなく足を進めて、魔法陣のトラップを踏んだ次の瞬間――美しい銀と蒼と黒の光に導かれ、地下空間へと到着した。
暗い地下の通路を進み、水晶卿の研究部屋のその奥にある、美しい水晶が並ぶ場所で、もはやこの場ではお馴染みとなった精霊魔法を唱える。
「〈ソルフィ・クリスタルステス〉」
ぱっと眼下の地面に現れた、小さな土の精霊さんたちの協力のもと、地面から美しく生えてきた数本の水晶たち。
それらを採取しながら、しみじみと呟きを零す。
「本当に、精霊魔法は素晴らしいですね」
『つち、やくにたってる~!』
「それはもう、とてもありがたいと思うほどに」
左肩に乗っている土の精霊さんが、嬉しげにピカリとその身の色を強める。
つられるように、他の三色の精霊さんたちも光を強める光景は、暗闇に包まれた地下ではより美しく見え、思わず感嘆の吐息が零れた。
『みずも、いっぱいやくにたってる~!』
『かぜも、つよいよ!』
『やみも、やくにたつのあるよ~!』
――どうやら、その身の光を強めたことには、しっかり意味があったらしい。
危うく、非常に単純な感動だけで終わらせてしまうところだった。
それにしても……とても意欲的なところに、可愛い精霊さんたちのたしかな強さが垣間見える気がしますね?
うっかり満面の笑みになりながら、可愛い上にしたたかなみなさんへと、分かっていますよと言う意味を込めた深いうなずきを返す。
出口となる魔法陣へと向かいながら、穏やかに言葉を紡いでいく。
「水の精霊さんたちには、水属性魔法の安定化や威力を上げる精霊魔法を、いつもこっそりかけつづけていただいていますね」
『うんっ! およぐのもじょうずになる~!』
まさしく、深い水域を泳ぐことが可能となったのは、水の精霊さんたちによる精霊魔法〈アルフィ・アルス〉のおかげだ。
いつもログイン後の準備時に、持続展開をお願いしていることもあり、たしかに水の精霊さんたちは、いっぱい役に立ってくれている。
「風の精霊さんたちには、本当に最初の頃から、恩恵で音を届けて手助けしていただいていますね」
『うん! しーどりあにおと、とどける!』
実際、風の精霊さんたちによる〈恩恵:シルフィ・リュース〉が、魔物の接近音を届けてくれたことで、対応できた一戦もあった。
語りながらたどりついた魔法陣に乗り、転送の光に導かれて路地裏へ戻ってくる。
見上げた空は、すでにいっそう闇色に染まり、星々が煌いていた。
夜から深夜の時間に移ったことを、頭の片隅に留めつつ、この時間がよく似合う小さな闇の精霊さんへと微笑みかける。
「闇の精霊さんたちには、魔物を眠らせる精霊魔法で、助けていただいたことがありました」
『きいたことあるよ~! ぼくたち、ねむらせるのとくい~!』
闇の精霊さんたちによる眠りの精霊魔法、〈ラ・テネフィ・ヌース〉を習得した当時は、まだ小さな闇の精霊さんと一緒に冒険をする仲ではなかったけれど。
それでも、精霊さんたち同士の情報伝達によって、戦闘中の私を助けてくださった出来事を知っていたのだろう。
ちなみに、時間的に姿を隠している光の精霊さんは、ついさきほどのレギオン【タクティクス】によるダンジョン攻略の道中で、しっかり活躍していた。
光の精霊さんたちの光で周囲を照らす精霊魔法、〈ラ・ルンフィ・ルン〉の明かりは、ほどよく暗い洞窟内を照らし出し、非常に快適だったのだから。
それにしても……改めて振り返ってみると、本当にいつも精霊さんたちにはお世話になっている。
神殿への道を進みながらも、浮かぶ微笑みを深めて、再度精霊さんたちを緑の瞳に映す。
「みなさん、いつも私を助けてくださり、本当にありがとうございます」
感謝の気持ちを込めた言葉は、たしかに精霊さんたちへと届き――闇色に染まるパルの街中で、四色の光が鮮やかに輝いた。




