四百二十五話 巨大クマに降る流星群
※戦闘描写あり!
石化状態の解除魔法〈オリジナル:石化崩し解く旋風の白砂光〉が、大活躍した後。
また奥へ奥へと進む道中で、夕方から宵の口へと時間が移り変わり、小さな光の精霊さんとまたねをして、小さな闇の精霊さんを迎え入れた。
そこはかとなく、珍しげな視線が私の頭上……頭の上に乗った小さな闇の精霊さんへ注いでいることを感じながら、さらに進むことしばし。
ふと前方に、巨大な岩の扉が閉じて立ち塞がっている光景が、緑の瞳に映った。
「あの扉の奥が、ボス部屋よ」
「おや、ではもう今回の目的地に、たどり着いたのですね」
「そーゆーコト!」
二ッと好奇心を含ませて笑んだアリーセさんに、こちらもにっこりと笑顔を返す。
――いよいよ、いわゆるダンジョンボスとの最終戦が、はじまるようだ。
巨大な扉の前で、みなさんと念入りにボス戦の準備を整えると、アドルフさんがバサリと白い翼で音を立てて、視線を集める。
「はじめて戦うボスだから、油断しないようにだけ気をつけて。
あとは――僕たちらしく、遠慮なく戦おう!」
激励の言葉に、応える声を戦友たちと共に返し、小さく不敵に笑む。
果たして、最前線のダンジョンボスの実力は、どれほどのものだろう?
そしてどのような魔法や戦法で、私たちは打ち勝つことになるのだろう?
胸に湧く好奇心と戦意をなだめながら、アドルフさんが押し開く扉の奥へと、踏み入る。
最奥のボス部屋は、ずいぶんと巨大な空間で、その奥に一つの巨体が見えた。
『おっきなくまだ~~!!!!』
驚いたように、肩と頭に乗る小さな四色の精霊さんたちが、ぴょんと跳ねる。
暗がりの中、うずくまる巨体はたしかに――巨大なクマの姿をしていた。
「大きなクマの魔物か」
「爪の攻撃とか、生命力かなり削られそう……」
アドルフさんとアリーセさんの会話に、以前に戦ったことのあるクマの姿をした魔物たちを思い出す。
力強さと爪の攻撃は、アリーセさんの言う通り、厄介だった。
おそらくは、ダンジョンボスであるこの魔物も、似たような厄介さを持っていることだろう。
ゆっくりと密やかに、ボスへと歩みよる中で、少しずつ警戒と緊迫感が高まっていく。
そうして、ちょうど巨大な部屋の中央まで、進んだ時。
もぞりと動いた巨体が、ギラリと赫い炯眼をこちらへ向け――刹那、開かれた口から大音量の咆哮が放たれた!!
『わぁっ!?!?』
「ッ!」
つめた息とも声とも呼べない音が、鋭く鳴る。
反射的にバッと、後ろを振り向いた。
小さな四色の精霊さんたちのみならず、すべての精霊さんたちが――咆哮の威力で、吹き飛ばされてしまっている!!
「えっ!?」
すぐ後につづいたアリーセさんの驚愕の声で、思わず地を蹴って飛び上がりかけた足の力を、意識して抜く。
「どうしたんだいアリー!?」
「精霊たちが吹き飛ばされて、精霊魔法が消えたの!」
アドルフさんの緊迫した問いかけに、アリーセさんが叫ぶように返す。
「なんだって!?」
「こいつ相手には、精霊魔法使えないかも!」
一気に驚愕が伝播する中、心配が胸の中に降り積もる。
当然の感覚だ。
精霊のみなさんは、初日から私のそばにいてくれた、大切な友人。
その友人を吹き飛ばされてしまったのだから、心配にならないはずがない。
「ダンジョン名【咆哮の洞窟】の意味が分かったね。
あのダンジョンボスの咆哮が、まさか精霊魔法封じの攻撃だったなんて……」
ディアさんのつぶやきを聴きながら、なんとか視線を後方から前へと戻す。
まさか、咆哮一つで精霊さんたちと強制的に引き離されてしまうとは……。
このような事態を、いったい誰が予測できると言うのだろう?
すでに閉ざされている扉の外へと、姿を消した小さな姿を思い、胸を締め付けられるような感覚が満ちる。
けれど、一方で――精霊さんたちならば大丈夫だと、分かってもいた。
精霊さんたちは飛ぶことが出来る上、床でも壁でもすり抜けることさえ可能な存在なのだ。
ここで私が飛び出し、集団の和を乱すような助けかたをしなくとも、無事に扉の外で華麗な空中着地を決めていらっしゃるに、違いない!
不思議とそう、確信していた。
息を深く吸って、吐く。
その間に冴えて冷静になった思考が、一つの結論を導き出した。
眼前でのそりと巨体を起こした敵を、まっすぐに見つめ、右手を高く頭上へと掲げる。
「ロストシード……?」
戸惑うアドルフさんの声に、少しだけ眉を下げながら、答えた。
「素早く倒しましょう。
大丈夫だとは思いますが、やはり精霊のみなさんが心配です」
「……分かった」
信じているとは言え、やはり心配なものは心配なのだ。
私の思いを察したのだろうアドルフさんが、真剣な表情で返してくださったうなずきに、微笑んだのち。
「〈ローウェル〉」
敵が本来有するあらゆる力をすこし下げる、デバフ闇魔法を発動。
すぐさま薄い暗闇が敵にまとわりつく様子を確認して、もう一つの魔法名を口にしながら、右手を振り下ろした。
「〈スターレイン〉」
流星が――圧倒的な威力を宿した星が、降る。
「えっ――あ。
み、みんな! 使える魔法を即時に展開!
ロストシードにつづけ!!」
慌てたようなアドルフさんの声を合図に、色とりどりの魔法が巨大クマのダンジョンボスへと飛来し、次々と着弾していく。
その間にも、星魔法を唱えつづけた結果。
咆哮を轟かせたボスが、その場から動く自由を与えることさえなく――ボス戦はあっという間に、終幕を迎えた。
美しくも脅威的な流星群と、数々の魔法や斬撃。
それらを身に受けた巨大クマのダンジョンボスが、その姿を旋風へと変えて、かき消える。
一拍の静寂。
それを、誰かの息を吸い込む音が破る。
「こっっっわいんだけど!?!?
怒らせるとヤバい人の典型例みたいになってるじゃない!?
怒ってはいないんだけど!!」
刹那、アリーセさんの叫び声が、巨大な空間に反響した。
「ああ、うん……。
むしろ、心配しているだけなのに秒で決着がついたことに、そんなまさか、と思ってしまったな」
「ここまでボスに興味がないのも珍しいね。
まさに、眼中にないって感じだったなぁ。
……でも、これがロストシードの本領発揮時の強さなんだね。
予想以上の桁違いだなぁ……」
アドルフさんとディアさんの、やけにしみじみと感じ入ったような声に、眉を下げる。
「えぇっと……いろいろとすみません。
ただ、どうしても精霊さんたちが心配でそれどころではないので、今はご容赦ください。
さぁ、早くこの部屋から出て、精霊のみなさんと合流しましょう?」
「穏やかなのに圧がつよい」
真顔でつぶやいたアリーセさんの横で、アドルフさんが一つうなずく。
「うん、とりあえずボス部屋から出ようか」
何とか私の思いは通じたようで、そうそうにボス部屋の扉を開き、通路へ向かう。
とたんに、ひゅんっと風切り音をつれて、いくつもの小さな光球がこちらへと飛んで来た。
――精霊さんたちだ!!
『しーどりあ~~っ!!!!』
「みなさんっ!!」
私のもとへと飛んできてくださった、小さな精霊さんたちを、胸元でしっかりと抱きとめる。
これぞまさに、感動の再会と言っても過言ではないっ!!
「ご無事で本当によかったです!
一時はどうなることかと……!」
『ぼくたち、だいじょうぶだった~!』
『ちょっとびっくりしただけ~!』
『ちょっと、さみしかった~!』
『しーどりあは、けがしてない~?』
ほっと安堵の吐息をつきながら、深くうなずいて言葉を紡ぐ。
「えぇ、えぇ!
みなさんにお怪我がなくて、何よりです。
私も、怪我はしておりませんよ」
『よかった~~!!!!』
四色のみなさんがぴかぴかとまたたき、周囲を舞う多色の精霊さんたちや水の精霊さんたちが、再びかくれんぼをしてくださることに微笑み。
アリーセさんや他のみなさんのもとにも、友人の精霊さんたちが戻ったことを確認して、また安堵の吐息を零していると、ぽつりとアリーセさんがつぶやいた。
「まぁ……瞬殺だったから、ケガをする間もなかったのは事実ね」
「たしかに……」
ディアさんがまた、しみじみとうなずいていらっしゃる。
「あははっ! 強かったからね、ロストシードは」
『うんっ!!!! しーどりあはつよいよ!!!!』
「いやぁ……あはは」
アドルフさんと四色の精霊さんたちの褒め言葉には、さすがに照れてしまう……!
「本当に穏やかで、可愛らしさまである人だとは思うな……精霊が関わらなければ」
「そうね、精霊が関わらなければ、ね」
小さく、ディアさんとアリーセさんが何やらそうつぶやいた声が、聞こえた気がした。




