四百二十四話 ダンジョン【咆哮の洞窟】
※戦闘描写あり!
アドルフさんのひと声を合図に、さっそくダンジョンへと踏み入る。
二列に並んで入ったダンジョンの内部は、やはり天然の岩肌をさらす大きな洞窟だった。
靴音を鳴らして進んでいくと、周囲はすぐに夕陽の橙色が届かない、暗闇の世界になる。
スキル《夜目》があり、ぽつぽつと光る苔も生えているため、見えないわけではないが……それでも、集団で移動するには少々暗すぎるだろうか?
そう考えていると、かなり広々とした洞窟内を、ぱっと白光が照らし出した。
「明かりを灯す魔法が使える人は、照らしていって~!」
魔法を使ったアリーセさんが、そう声かけをすると、周囲を照らす魔法を使えるかたがたが、次々と魔法を発動していく。
――これは私も、懐かしい魔法を使う、好い機会だ!
口元の微笑みを深めて、一つの光魔法と、一つの精霊魔法を唱える。
「〈ルーメン〉
〈ラ・ルンフィ・ルン〉」
とたんに、頭上に出現した煌く球体状の白光と、またたきの間に現れた小さな光の精霊さんたちが、周囲を明るく照らした。
「光の精霊魔法……」
ふよふよと漂いながら、辺りを照らす小さな光の精霊さんたちを見て、そう感心したような声音で呟きを零すディアさん。
ディアさんの呟きに、私の頭に乗っていた小さな光の精霊さんが、ぽよっとどこか得意気に跳ねた。
『えっへん!
ぼくたち、ぴかぴかじょうず!』
可愛らしい反応に、ついつい頬がゆるんでしまいそうになりながらも、深々とうなずきを返す。
「えぇ、本当にお上手です。
明るくて、とても見やすくなりましたよ」
『えへへ~!』
頭上の嬉しげな声に、こちらを見ていたディアさんと二人、小さく笑みを零す。
本当に、精霊さんたちは愛らしい!
もちろん可愛らしいだけではなく、それぞれの属性ごとに魅力もある。
今回のような機会があれば、その魅力を存分に発揮していただけるよう、私ももっと心がけよう!
密かに決意をしながら、はじめてのダンジョン探索に心を躍らせ――たところで、ふと気づく。
そう言えば……私はまだ、このダンジョンの名前さえ知らなかった!
絶妙なうっかりに、内心慌てながらも自然な振る舞いで、隣の空中を滑るディアさんへと問いかける。
「あの、ディアさん。
まだ伺っていなかったことを一つ、思い出したのですが……」
「うん? 何かあったかな?」
「えぇっと……このダンジョンのお名前を」
ディアさんの水色の瞳が、ぱちりとまたたく。
「そうか、ロストシードはまだ知らなかったんだね。
ここは――【咆哮の洞窟】、という名前のダンジョンだよ」
「なるほど、ありがとうございます」
「どういたしまして」
お礼を伝えつつ、咆哮の名を冠するダンジョンには、どのような魔物たちが出てくるのだろうかと想像をふくらませる。
ほえる、と言う言葉に表すと、思い浮かぶ魔物はやはり狼姿の魔物たちだ。
ただ……あまり、洞窟内にいるイメージはない。
むしろ、洞窟と言えば。
「前方の地面、避けて進んで。
ロックワームが落とし穴の罠をしかけているから」
凛と注意を促したアドルフさんの言葉に、前方を見やる。
すでに《存在感知》が示していた場所には、おそらく落とし穴の罠をはる魔物が隠れているのだろう。
このダンジョン内の地面は土の地面ではなく、岩の地面であることから、ロックワームとは岩版アースワームだと予想できた。
そっと、片手を上げる。
「落ちてみても構いませんか?」
「なんて???」
くるりと振り返ったアリーセさんに、思い切り不思議そうな疑問の声を返された。
たしかに、注意を受けた罠に自らかかってみようとしているのだから、ずいぶん奇妙な行動に思われても仕方がない。
ここはしっかりと、説明をつけ加えておく。
「はじめて遭遇する魔物なので、どのような罠なのか、確認をしたいと思いまして」
「あっ、そゆこと」
無事に、アリーセさんから納得のうなずきが返って来た。
とは言え、隊列を組んで移動しているのだから、あまり足並みを乱すのも良くない。
短い相談の結果――ロックワームの罠は、帰りの道中で試すことになった。
「あははっ! 本当に面白いことを考えるね、ロストシードは!」
「さすが先駆者。
根本的な視点から、すでにかなり私たちとは違うことが分かったよ」
「そうでしょうか?」
アドルフさんとディアさんが、楽しそうにそう声をかけてくださる。
それほどまでに、面白く奇抜な挑戦をしようと思ったという自覚はないのだけれど……攻略系のお二人がそうおっしゃるのならば、やはり面白く奇抜だったのだろう。
その後も、ロックワームの落とし穴に気をつけつつ、隊列を組んだまま前進して行く。
奥へ奥へと進む道中、ふいにロックワームとは別の魔物が《存在感知》に引っかかった。
小さめの灰色の岩を二段重ねたような岩。
以前にも戦ったことがある、岩に擬態する魔物、ツインロックだ。
攻略系プレイヤーの集団である【タクティクス】の一団にとって、本来ならば苦戦をすることなどあり得ない相手。
すぐに倒して、先へ進むのだろう――そう思ったのは、一瞬だけだった。
「……数が多いですね」
「あ、さっすがロストシードさん。
もうツインロックの群れに気づいたんだ?」
ぽつりと零した私の呟きを、不敵な笑みで拾ったアリーセさんに、微笑みを消してうなずきを返す。
「はい。広間のような空間全体に、数えきれないほど密集していますね。
あの広間を、通り抜けるのですか?」
私の問いかけに、アリーセさんが強気な笑顔を見せた。
「そう! 護り固めて、突っ切るよ!」
ハッキリとした断言に、深くうなずき、覚悟を決める。
今回のダンジョン攻略の本題である、いわゆるボス戦までは、なるべく魔力や気力を温存しておきたいところ。
そのため、防御系の魔法で護りつつ、一気に走り抜ける作戦なのだろう。
広い空間の入り口にさしかかった次の瞬間には、アドルフさんが腰の剣を抜き払った。
「総員、突貫!」
大きな白い翼がバサリと動き、突風が吹く。
前方に集まっていたツインロックたちが吹き飛ぶ姿を合図に、全員で駆け出した。
四方八方に各々の魔法が飛ぶ中、私も〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉を発動して、周囲一帯を凍結させることでツインロックの動きを封じ、進む道を確保する。
それでも、次から次へと飛び上がって襲い来る二段岩の魔物たちに、たしかにこれはいちいち相手をしてはいられないと悟った。
飛んでくるツインロックたちに向けて、〈オリジナル:昇華一:風まとう水渦の裂断〉と〈オリジナル:昇華一:風まとう氷柱の刺突〉を発動し、退けつつ。
素早く広間を抜けて、先へとつづく通路へ何とか駆け込んだ。
とたんに、パタリと襲撃が止まる。
ほっと一息つき、後方を確認すると……。
「あ~~! 石化した~っ!」
「解除ポーション、解除ポーション……」
口々にそう語るみなさんは、腕や腹部を艶やかな灰色にそめている。
あれは、ツインロックの攻撃を受けたことによる、石化の状態異常。
やはりさすがに、あの数の魔物たちがくり出す攻撃をすべて防ぐことは、難しかったようだ。
取り出された石化の解除ポーションを見て、とっさに口を開く。
「あの、私が解除いたしましょうか?
石化を解除する、オリジナル魔法を使えますので」
今こそ、以前習得した〈オリジナル:石化崩し解く旋風の白砂光〉の出番!
そう思い声を上げると、半数以上のかたがたのお顔に、驚愕がうかんだ。
「やっぱり、ロストシードも解除魔法を使えるんだ」
「予想はしてたわよ、予想だけはね!」
「あははっ! 心の準備を忘れていたんだね、アリー?」
「すっかり忘れてたのよ~~っ!!」
どうやら私と同じく解除魔法を習得しているらしいディアさんと、何やら心の準備を忘れていたらしいアリーセさん。
薄暗い洞窟内にはしばし、アドルフさんの笑い声と、石化解除時の感謝の声が響いた。




