四百二十話 左側のジオの森
※戦闘描写あり!
左側のジオの森の入り口から、安全な壁の内側へといったん戻ったのち。
深夜へと移り変わる時間に合わせて、その場から――浮遊大地へ、転送!
「やぁ、ロストシード。
時間通りだね」
「こんばんは、アドルフさん。
ちょうど良いお時間だったようで、何よりです」
すぐに合流をした【タクティクス】のみなさんと共に、集団戦を楽しみつつ。
前方にうごめく魔物たちの群れの中に、目当ての姿を探す。
「あぁ……そこに隠れていましたか」
視線を向けた先――巨大兎の魔物、ラージグランドラビットの近くに、小さな兎姿の魔物たちが、ぴょんぴょんと跳ねていた。
「なにが~?」
私の呟きが聞こえたのか、くるりと振り向いて問うアリーセさんに、微笑みながら答える。
「小さな兎の魔物です。
実は、さきほどジオの森の入り口近くを観察していたのですが、あの小さな魔物たちを、この浮遊大地で見た記憶があいまいでして」
そう返すと、アリーセさんと並んで魔物を倒していたアドルフさんまで、前方へと青い瞳を注いでくださった。
「ああ! 巨大兎のそばにいる子たちのことか!」
「あ~。たしかに、見つけるの大変かも。
……と言うか、意識して見るヒマがないわよね、そもそも」
「おっしゃる通りかと」
あの辺りは、魔物たちの猛攻が特に激しい場所だ。
正直なところ――小型の魔物に構っている余裕は、あまりない。
とは言え、小さな兎姿の魔物がいると言うことは、確認できた。
小さな満足感と共に、戦友のみなさんと戦っていれば、一時間はあっという間に過ぎるもの。
お疲れ様、とお互いに言葉を交わして――再び、地上へと戻ってきた。
美しい夜明け色の光が、清らかに降り注ぐ壁のそばにて。
『しーどりあ~! きたよ~!』
「いらっしゃいませ、小さな光の精霊さん」
『いらっしゃ~い!!!!』
ぱっと姿を現した、小さな光の精霊さんをお迎えして――いよいよ、本格的な実戦に移る状況が、整った。
「それでは、みなさん。
お次は、実際にジオの森の魔物たちと、戦ってみましょう!」
『わぁ~い!!!!! たたかう~!!!!!』
やる気に満ちた声を返してくれる、可愛らしい精霊さんたちに微笑み。
さっそく、移動開始!
土の広場の先にある、左側のジオの森へと向かい、今度は迷わず森の中へと踏み入った。
前方では変わらず、茶色の毛並みを持つ小さな兎姿の魔物たちが、生えている草を食んでいる。
湧き出る戦意に、フッと不敵な笑みがうかんだ。
「〈フィ・ロンド〉」
『いっしょにたたかう~~!!!!!』
精霊のみなさんと共闘するための精霊魔法を唱えて、戦闘準備も整ったところで。
「さぁ――お手並み拝見とまいりましょう!」
いざ、戦闘開始!!
初手は、空中にぱっと輪を描いて現れた、小さな風の精霊さんたちが取った。
『とばす~!』
私の頭上でリング状にうかぶ、小さな風の精霊さんが、代表して声を上げた刹那。
風の精霊さんたちによる風刃が、兎姿の魔物たちへと放たれた。
兎姿の魔物たちは、ある者は風の刃を受けて後ずさり、ある者はしっかりと攻撃を避けて、戦闘態勢へと移っていく。
ぴょんっと軽やかに跳ねて、距離を縮めて来た小さな魔物は、後ろ足で地面を蹴り、勢いよく土を飛ばしてきた。
慌てずに避けて、〈オリジナル:昇華一:無音なる風の一閃〉をお返しすると、重なるように当たった精霊魔法が魔物をつむじ風に変える。
どうやら、やはり。
「それほど、強い魔物たちではないようですね」
ぽつりと、思わず呟く。
……これならば、浮遊大地で目立たなかったことにも、納得だ。
むしろ、なぜ最前線の戦闘フィールドにいるのだろう?
少し不思議に思いながら、兎姿の魔物たちとの戦闘を切り上げて、素早く樹々の上を渡る移動方法で、今度は森の奥へと向かう。
その途中――白亜の防壁の端が、崩れて途切れている光景に、反射的に足を止めた。
「防壁が……」
零した声に、驚愕が乗る。
近くまで移動して、地面へと降り立つと、瓦礫と化している白い石を見つめる。
ジオの街から伸びていた、白亜の防壁。
これは現状、私たちシードリアにとって、創世の女神様のご加護が届いている内側と、まだ届いていない先を見分けることができる、唯一の目印だ。
だからこそ、この場で崩れて途切れてしまっていることに、どうしても少し困惑してしまう。
単純に、この先へ行っていいのかいけないのか、それが分からなくなってしまった。
崩れた防壁を見つめながら、数秒迷い……一つの結論にたどり着く。
この【シードリアテイル】ならば、きっと。
本当にダメな時は、何かしらの方法で、止めてもらえるはず。
だから――先へ進もう。
緑の瞳を注いだ、森の奥。
茶色い毛並みを持つ、新しいイノシシ姿の魔物が、のっしのっしと歩いている姿が見えた。
再度軽やかに樹々の上を駆け抜けて、イノシシ姿の魔物たちの近くへと降りる。
すぐに向けられた赫い炯眼に、不敵な笑みを返した、次の瞬間。
――それなりに大きな体躯が、ドドドドッと突進をしてきた!
グラスノンバードには負けるものの、その動きはなかなかに素早い。
「おっと!」
樹々の幹に隠れるように、軽やかに突進攻撃を避けて、振り返る。
イノシシ姿の魔物のほうも、不思議と身軽に方向転換をして、また突進してきた。
当たるとかなりの痛手となることが予想できる、勢いのある突進攻撃が、更に二度三度とつづく。
しかしこの魔物も、共闘してくださる精霊さんたちの精霊魔法だけで、あっさりと倒せてしまった。
やはり、あまり強いとは感じない。
「精霊魔法が強い、と言うことを大前提としましても……最前線でこの弱さはやはり、少々違和感がありますね……」
〈フィ・ロンド〉を解除して、戦利品の牙と茶色の魔石を拾いながらそう呟くと、肩と頭に乗った小さな精霊さんたちが、ぽよっと跳ねる。
『まものたち、つよくないね~!』
『まものたち、こわくないよ~?』
『まものたち、ちょっとよわい?』
『このまものたちは、つよくない!』
『つよくないから、こわくないよ~!』
どうやら、小さな五色の精霊さんたちも、私と同じ意見らしい。
この魔物たちの強さの違和感には、いったいどのような意味があるのか……。
思考を巡らせながら、もう少し奥へと歩いていると、巨大な岩壁が立ち塞がった。
『しーどりあ、あそこ~!』
小さな土の精霊さんの声に、視線を向けた先には、岩壁の一部が大きく空洞となっている場所が一つ。
「洞窟、ですか」
『うん、まものもいるよ~!』
「魔物も……と言うことは、ダンジョンかもしれませんね」
遠目に洞窟を眺めた後、くるりときびすを返して、そのまま道中見かけたリヴアップルやマナプラムなどの素材を採取しながら、帰路につく。
あの場所は、また今度探索に行くとして――お次は、右側の森へ!




