四十一話 ポーションを作ろう!
アード先生の錬金術に瞳を輝かせていると、次いで魔力水入りの大きな瓶が、私の手元へと移動する。
トン、と音を立ててアード先生の手で置かれた大きな瓶と、アード先生の顔とを見比べていると、低い声が静かに響いた。
『説明書きの内容は読んでいただろう? 試してみるといい』
「――はい!」
驚きは一瞬のこと。
すぐさまうかんだ笑みと共に、凛と答える。
さっそく、作業開始だ。
籠の中からからの小瓶を取り出し手元に置き、その内側へ大きな瓶から魔力水を注ぎ入れる。そこへ、小さな籠の中から摘みあげたマナプラムを三粒、ぽとぽとと落とし入れ、両手をかざす。
ここに魔力を注ぎ入れ、マナプラムをとかしつつ魔力水と混ぜ合わせるようにイメージしながら、《魔力放出》と《精密魔力操作》のスキルを発動させて融解をおこなう。
均等に溶け合い混ざるように想像をすると、くるくると回る魔力水にマナプラムの青が広がっていく。
ひとまず、やり方は間違ってはいないらしい。
追加のマナプラム二粒を落とし、さらに融解。
つづけて、拡散をするために小瓶の中に注いでいる魔力が素早く移動するようにイメージを切り替えると、アード先生が見せてくれた状態よりも唐突に、勢いよくぐるぐると液体が回転をはじめる。あわてて魔力水ととけたマナプラムとを上手く混ぜ合わせるように《精密魔力操作》で細やかに精緻に魔力の動きを整えると、意識の外でしゃらんと美しい効果音が鳴った気がした。
『ほう。見事なものだな』
アード先生がそう呟きを零すが、その言葉にも効果音にも作業のせわしなさゆえに、意識を向けている余裕がない。
完全に混ぜ合ったように感じた後は、ふっと流す魔力を一度ゆるめ、お次は効果を高めるように、再び流し入れた魔力で液体を磨くようなイメージをしながら、精錬をおこなう。
リリー師匠に銀の腕輪をつくった際に教えてもらった、魔力をとおしながら魔石を磨く方法を、精錬の状態ではさらに細やかに想像しながら進めていく。
きらきらとした煌きが少なくなったあたりで注いでいた魔力を止めると――私作、魔力回復ポーションの出来上がり!
再びしゃらんと鳴った音に眼前の空中を見やると、そこには[《錬金技術 下級》]と刻まれていた。
どうやら無事に、錬金技術のスキルを習得できたらしい。
ふぅ、と大きく息を吐き、左隣のアード先生へと視線を向けると、深緑の瞳はひたと私の手元で完成したポーションに注がれている。
おそらく、出来を確認してくれているのだろう。
真剣な眼差しはやがて私へと移り、しっかりとしたうなずきをいただけた。
『はじめてとは思えない出来だ。問題なく、下級魔力回復ポーションの制作は成功している』
「良かったです。ご教授ありがとうございます、アード先生」
ありがたい言葉に、集中しすぎた気疲れからの疲労感など消し飛び、素直に感謝を言葉にすると、なぜかアード先生は首をゆるりと横へ振る。
『いや、これはロストシードの才ゆえのものだ』
「私の才、ですか……?」
予想外の言葉に首をかしげながらオウム返しで問うと、小さなうなずきの後、アード先生が言葉を紡ぐ。
『本来、錬金技術は非常に繊細な魔力操作を必要とする。魔法使いとして名をはせていない者でさえ、魔力操作の専門家だと、すぐれた錬金術師であれば語られるほどに、だ。――ロストシードには、その才がある』
「そ、そうなのですね。私に錬金術師としての才があると思うと、とても嬉しいです」
珍しく饒舌なアード先生に驚きつつも、錬金術師としての才があるのだと……つまるところは魔力操作が上手なのだと、専門家に褒めて貰えて、嬉しくないはずがない。
笑顔でそう紡ぐと、アード先生は再び口を開いた。
『石盤を確認してみるといい。そこに、ロストシードの才の一つが刻まれているはずだ』
その言葉に導かれるようにステータスボードを開き、スキルの欄を確認すると、明滅している新しく習得したスキルは二つ。
一つは先ほど見た《錬金技術 下級》で、もう一つはおそらく集中している時に効果音が聞こえたような気がした、手前で覚えたスキルだろう。
[《高速魔力操作》]と書かれたスキルの説明文には、簡潔に[魔力操作の一つで、非常に素早い魔力操作を可能とする。能動型スキル]と書かれていた。
[《錬金技術 下級》]には、[錬金技術において、素材をとけあわせる融解、混ぜ合わせ一つにする拡散、効果を磨く精錬などの技術の習熟度の向上および、洗練さに磨きがかかる。常時発動型スキル]とあり、こちらはこのスキルを習得することが、錬金術師として歩むための第一歩なのだと分かる。
ただ私の才としてアード先生が示したものは《高速魔力操作》のほうだろう。
そう言えば、リリー師匠との装飾品づくりの際にも、魔力操作系のスキルを手に入れ、実際に今回の錬金時にも《精密魔力操作》のスキルを使用している。
おそらくはこれら魔力操作を上手に活用できていることを、才とアード先生は表現してくれたのではないだろうか。
灰色の石盤を消して深緑の瞳を見返し、微笑む。
「たしかに、魔力操作のスキルが増えていました」
『だろうな。あの高速錬金をたやすくおこなえるほどに魔力操作をものにすれば、同調させることも時間の問題になろう』
「……同調、といいますと?」
この世界の知識としては見知らぬ表現に疑問をうかべると、アード先生はおもむろに自らの手元の小瓶へと片手をかざす。とたんに、ふわりと青色の液体が小瓶から空中へとうかび、球形になった。
唖然としてそれを見つつ、そう言えば最初に店へお邪魔した際、このようにアード先生は青い液体を空中にうかべて回転させていたのを思い出す。
つまり、これを同調と称するのなら……。
『物体にとおした魔力を同調させ、思うように動かす魔力操作だ。これができる錬金術師に、出来の悪いポーションを作る者はいない』
「なる、ほど」
それはつまり、この同調と呼ばれる魔力操作ができるまでは、一人前の錬金術師とは呼べないということでもあるのではないだろうか?
物を自由に動かせるほどの魔力操作は、きっととても緻密で均等な操作を必要とするはずだ。
けれども、アード先生は私がほんの少し使うことができた《高速魔力操作》による高速錬金を、使いこなすことができるようになったその先で、同調を使えるようになるだろうと言ってくれている。
私にも、一人前の錬金術師になる可能性はあるのだと、そう確信してくれているのだ。
――ならば、やり遂げてみせよう。
そうでなければ、錬金術を学びに訪れ、アード先生に教わったかいがないというものだ。
ふっとうかんだ微笑みは、凛とした少し不敵なものだったかもしれない。
まっすぐに見つめた深緑の瞳の先生へと、穏やかに、そして力強く告げる。
「必ず、同調ができるようになってみせます」
『――あぁ。励むといい』
眩しげに細められた深緑の瞳は、その無表情に色をつけるほど、あたたかな光を宿して見えた。




