四百十六話 歴史語りと今後の目標
浮遊大地での一時間の大規模戦闘――もとい、私の場合は集団戦の訓練を終えて、【タクティクス】のクラン部屋へと帰ってきた。
夕方に切り替わった外の光が、窓から橙色の陽光を広い部屋の中へ届ける光景に、ほっと吐息を零す。
突然の強制転送にも、ずいぶんと慣れてきたため、〈フィ・ロンド〉はすでに解除済み。
かの精霊魔法の余韻は、小さな四色の精霊さんたちが、ふわふわと頭上から肩と頭の上へと移動する姿に残るのみだ。
「んーっ! 今回も戦ったわねー!!」
「お疲れ、アリー。
――みんなも、お疲れさま。
今日の参戦は、ここまでにしようか」
リーダーであるアドルフさんの言葉に、多くの賛成の声が返る。
私もこの夕方の時間が終わる頃には、就寝のためにログアウトをする予定なので、参戦の切り上げはありがたい。
戦闘後の達成感もあり、つい穏やかな微笑みを深めていると、バチッとアリーセさんの蒼の瞳と視線が合った。
蒼の視線はそのまま流れて、隣に立つディアさんで止まる。
「それで、ディア。
ロストシードさんの訓練は、どんな感じだったの?」
アリーセさんの問いかけに、ディアさんはふと苦笑を零しながら、答えを紡いだ。
「正直、ロストシードはアドルフたちと一緒に、最前列よりも前の位置で戦ってもらったほうが、お互いに戦いやすい気はするけど……」
チラリと私を見る水色の瞳と先の言葉に、思わず首をかしげて、疑問を返してしまう。
集団戦の訓練の時には、精霊さんたちとの共闘さえ大丈夫だと、ディアさんはおっしゃっていた。
それはつまり、最前列かどうかはともかくとして、私が並ぶみなさんの列に加わり、共に戦うことは可能だ、と。
そう判断していただけたのだろうと思っていたのだが……違ったのだろうか?
疑問符を浮かべる私の横で、ディアさんは優しげな微笑みを口元に戻し、アリーセさんへ言葉をつづける。
「まぁ、結局のところ。
最前線攻略の時に、普段アリーセがしているような動きが、一番足並みはそろうかな」
「ってことは……」
「うん。
今回のイベントの場合だと、最前列より前で戦う時と、最前列に混ざって魔法の同時発動をしてもらう時を、戦況に応じて使い分けてもらう戦い方が好いと思うよ」
「そーゆーコトね!」
ディアさんの説明に、アリーセさんが二ッと笑顔を咲かせ、すぐに私へと視線を移した。
「じゃあロストシードさんは、あたしと同じように、敵の強さとか戦ってる時の状況次第で、立ち位置変える感じでいこっか!」
「――承知いたしました」
笑顔で告げられた方針に、穏やかな微笑みをうかべて言葉を返す。
……何やらサラッと、共闘する際の難易度が跳ね上がった気もするけれど。
きっと、【タクティクス】のみなさんならば。
もし私が、一緒に戦っている時につたないミスをしてしまっても、笑って許してくださるだろうと、そう思えたから。
若干の心配は胸に残るものの、一度方針が決まってしまえば、むしろ今後が楽しみに感じてくる。
我ながら、好奇心旺盛なものだ。
それに……今後、と言えば。
ふと思い出したことを、隣の席に着いたディアさんへと、半ば反射的にたずねる。
「そう言えば、みなさんの中に【シードリアテイル】の歴史について、詳しいかたはいらっしゃいますか?」
「歴史?」
「えぇ」
不思議そうにこちらを見つめてくる水色の瞳に、微笑みを深めて言葉を重ねた。
「【シードリアテイル】の歴史には、今回のイベントに関係しているとおぼしきものがありまして。
その歴史を知っているといないとでは、第二・第三のイベントの内容や、今後の日々の冒険にも影響を及ぼしかねないのではないかと、私は少し考察しているのですが……」
とたんに、ディアさんの表情が真剣なものに変わる。
「その考察は気になるな」
「僕たちにも詳しく教えてくれるかい? ロストシード」
「みんなも知ってる情報出してー!」
――どうやらディアさんだけではなく、アドルフさんやアリーセさんも重要な情報だと判断してくださったらしい。
アドルフさんの言葉にうなずきを返す間にも、ぞろぞろと私たちの机の近くへ他のみなさんが集まってくる。
元々は純粋に、攻略系プレイヤーの多いこの【タクティクス】のみなさんは、今回のイベントに関係しているとおぼしき、【シードリアテイル】の歴史をご存知なのか。
ご存知ならば、どれほど詳しく知っているのか、気になっただけだったのだけれど……。
心の内に湧く好奇心は当然として、今後にも関わる可能性のある重要な情報への関心の強さは、さすがは攻略系プレイヤーご一同、と言ったところだろうか?
もはや内心で感動しつつ、知っている限りの【シードリアテイル】の歴史を、ディアさんを筆頭とした、【タクティクス】でも知識欲旺盛なみなさんと語り合う。
かつて古き時代に起こった、穢れの厄災のこと。
パルの街近くのコロポックル族の遺跡について書かれた、古い本のこと。
エルフの里の書庫にひっそりと置かれていた、里のはじまりを記した古い歴史書のこと。
そして、みなさんが知る、断片的な情報の数々……。
おおいに私たちが盛り上がる中、アドルフさんとアリーセさんは、やはりリーダーとサブリーダーらしく、冷静に重要だろう点をメモしてくださっている。
「ちょい待って!
そこ、もう一回説明お願い」
「はい。
そもそも歴史上、以前にも起こったことのある悲劇――穢れの魔物たちによる暴走そのものを止めるために、創世の女神様は私たちシードリアに魔物の討伐を願ったのではないかと」
「それが、今回のイベントが開催された理由ってコト?」
「えぇ、おそらくは」
ざわり、と驚きにざわつく部屋の中、戦友であるみなさんへと、私の予想を紡ぐ。
「だからこそ、今回のイベントの結果次第では……今後の冒険にさえ、変化が起こる可能性があるかもしれないと、私は予想しております」
「穢れの魔物を倒し切れなかった場合……その魔物たちが、地上にあふれるかもしれない、と言うことだよね?」
「――はい」
微笑みを消したディアさんの解釈に、私も真剣な表情で、深々とうなずきを返す。
想像以上に重く落ちた沈黙は、攻略系プレイヤーであるみなさんが抱く、危機感のあらわれだろう。
単純に、穢れの魔物が地上にあふれると言う点だけでも、厄介だと思うことは間違いない。
けれどそれ以上に、攻略系であるみなさんにとって問題となる点は、地上がそのような状態になったとたんに――最前線の攻略が、今よりも格段に難しくなる、と言う部分だ。
みなさんの苦々しく悩ましい表情には、よくよく見なくともはっきりと、それは遠慮したい、と書かれている。
では、いったいどうすればいいのか?
その対抗策は、とてもシンプルな方法で好いのではないかと、私は思う。
ふわりと口角を上げ、穏やかな微笑みをうかべながら、再び言の葉を紡ぐ。
「以上のことから、これからのイベント期間で、浮遊大地にいる穢れの魔物たちを、可能な限り減らしたほうがいいのではないかと考えています。
それは他でもない、創世の女神様の願いでもありますから」
次いで、フッと口元にうかべなおしたのは、不敵な笑み。
自然と戦意を胸に灯しながら、静かに戦友のみなさんを緑の瞳で見回して、凛と告げる。
私の、心からの提案を!
「と言うことで、みなさん。
あの魔物たちを――殲滅しましょう!」
「あははっ! 盛大に物騒だね!」
「無自覚戦闘狂はもうお腹いっぱいなのに~~っ!!」
笑うアドルフさんの隣で、なぜかアリーセさんが勢いよく頭を抱える瞬間があったものの。
私の提案を聞き入れてくださった、リーダーのアドルフさんのひと声にて。
今回の大規模戦闘イベントにおける【タクティクス】の目標は――文字通り、一体も残さず殲滅する、に決定したのだった。
素敵な決定に、ついついにっこりと笑顔になりながらも、そろそろ夕陽が沈む頃だと、一足お先に失礼してクラン部屋を出る。
足早にまだ新鮮さを感じるジオの街の大通りを歩き、白亜の神殿へと入ると、そのまま二階にある宿部屋へと入り込む。
神々へのお祈りは、恩恵バフのお礼と共におこなっていたので、また明日にしよう。
白亜の宿部屋の中、そう考えを巡らせて、沈みかけた夕陽に緑の瞳を細める。
手早く各種魔法を解除して、ベッドへ横になると、小さな四色の精霊さんたちとまたねを交わして――就寝のためにと、ログアウトを呟いた。
※次回は、主人公の現実世界側での、
・番外編のお話
を投稿します。
お楽しみに!




