四百十四話 博識な魔法使いたちの歓談
まさか、実はサービス開始初日時点で、精霊と恩恵の先駆者になっていたなんて……!
驚愕の事実に、窓から射し込むすがすがしい朝の陽射しを、心の浄化を願う気持ちで見つめてしまう。
……もう、何と言いますか、えぇ。
――これこそまさに、いちいち驚いていては身がもたない、というやつでは?
などと思いながら、視線を窓の外へ固定していると、心優しい小さな四色の精霊さんたちが、肩と頭をさりげなくよしよしと撫でてくださる。
本当に、本当に!
愛しの精霊さんたちは、素敵な精霊さんたちですよ!!
自然と口元に微笑みをうかべながら、癒してもらったお返しに、指先でみなさんを順に撫でていると、すぐ近くへと椅子をよせるような音が鳴った。
つと横を向くと、優しげな水色の瞳と視線が合う。
私の隣に、椅子を持って来て座りなおしたのは、ディアさんだったようだ。
ディアさんとお互いに微笑みを交わす少しの間に、視界の端ではアリーセさんが何やらイタズラな笑みをうかべている。
私が恩恵の先駆者でもあったという事実で、たいへん盛り上がっていた談笑をピタリと止めたアリーセさんは、楽しそうな笑顔のまま紡いだ。
「あたし、面白い世迷言板を見つけたんだよね!」
「世迷言板、ですか?」
「そ!」
はい、なんだかとても――嫌な予感がいたしますね!?
「えっ、僕にも教えてくれるかい? アリー」
「良いわよ~?」
わくわくで石盤を開くアリーセさんと、その石盤をのぞき込むアドルフさんは、とても楽しそうに見える。
チラリと隣に座るディアさんを見やると、にこにことお二人を見守っていらした。
ええっと……とても楽しそうなところ申し訳ないのですが、可能であれば私はその世迷言板の内容を拝見することを、辞退させていただきたく――とは、さすがに、言えませんけれども!
私の嫌な予感は、当たってしまうことがとても多いので!
できればあまり、気恥ずかしくなる内容や、驚きすぎてしまう内容や、反応に困ってしまう内容などではないことを、祈るばかりですよ!?
「これこれ!」
「これかい?
えっと――[攻略系の中でも凄腕と言われている、魔法使いなフェアリーさんと、攻略系ではないらしいのに、なんだか凄いあの例の有名なエルフさん、結局どっちが強いんだろう?]、か」
あっ、これは反応に困ってしまう内容ですね!
何となく、小さな精霊のみなさんが、一瞬そわっとしたような気も……?
「ディアとロストシードさん、どっちが強いかで盛り上がってるみたいなのよね!」
その輝く笑顔は、ぜひとも私ではなくアドルフさんにお見せしてあげてください、アリーセさん……!
思わず、微妙に口角が下がった、微妙な微笑みを返してしまった。
「あぁ、そう言えば、そんな世迷言板もあったね」
ディアさんはご存知だったらしく、隣で穏やかな微笑みのまま、そう呟いていらっしゃる。
「ホントのところ、ディアはどう思ってるの~?」
「ディアの考えも、ロストシードの考えも、僕は聞いてみたいな」
「えぇっと……」
好奇心で満ちた笑顔を咲かせるアリーセさんと、興味深げにこちらを見つめるアドルフさんの言葉に、そろりとお隣をうかがう。
緑の瞳に映る穏やかな水色の瞳には、余裕が感じられた。
「そうだね。
もう、同じこの【タクティクス】の仲間でもあるから、お互い遠慮なく考えを語っても良いと、私は思うよ。
そもそも私はずっと、ロストシードと魔法について、語り明かしたかったから」
――今、少々熱烈なお言葉が聴こえたような?
「語り明かすって言った?」
「うん、言ってた」
「……どれだけロストシードさんの魔法が気になってたのよ、ディアは」
「夜明けまで語り明かしたいくらい、かな?」
アリーセさんとアドルフさん、小声ではありますが、しっかり聴こえておりますよ。
どうやら、私の聞き間違いではなかったようで……!
つまるところ。
私が、ディアさんのお使いになる魔法に興味があるように。
ディアさんも、私の使う魔法に興味をもってくださっていた、と言うことですね!
そう言うことでしたら、お応えしないわけにはまいりません。
私もれっきとした――魔法使い、ですからね!
ふっと上がった口角をそのままに、ディアさんへと顔を向けて、にこりと笑顔を咲かせる。
「私も前々から、攻略系のみなさんがお使いになる魔法に、興味がありました。
――お望みとあらば、心ゆくまで」
「うん、嬉しいな。
今はあえて、こう呼ばせてもらうよ。
――よろしくね、シードリアの魔導師殿」
「……恐縮です」
シードリアの魔導師と言う呼び名を、こういう場面で出されてしまうと、まだ少々緊張してしまう。
けれど、互いの瞳にうかぶ好奇心を見て、この先の語り合いが有意義なものにならないはずはないと、確信する。
そしてこの確信通り――その後は、本当に有意義な時間になった。
「前提として、同じ妖精族でも、フェアリーとエルフの違いがあるから、一概に強さの判断は難しいと思うけれど……」
「えぇ、その点は同感です。
総魔力量の差や、精霊魔法との相性などの違いを、単純な強さの基準に当てはめることは、少々難しいのではないかと」
『むずかしそう~~!!!!』
そわそわな四色の精霊さんたちと共に、種族の違いから議論をはじめると、一気に語り合いは加速する。
「そもそも、オリジナル魔法一つでも、特徴の違いは多いよね?」
「はい。
どの属性を、どのような形で組み合わせるか……この点だけでも、細やかに特徴が分かれる上、オリジナル魔法は特に想像力が多大なる影響を――」
しだいに、私とディアさんだけではなく、アリーセさんや他の部屋にいらっしゃった魔法使いのみなさんまで交えて、議論は歓談へと移っていった。
「精霊魔法を使えるだけでも、魔法とオリジナル魔法だけ使えるのとは、やっぱり強さが違うでしょ?」
「もちろんです!
精霊のみなさんの精霊魔法は、偉大ですから!!」
「……ロストシードさんって、精霊のことになると、ちょっと冷静じゃなくなるよね」
「それは致し方ありません!
精霊のみなさんは、とっても凄い存在なので!!」
「さすが、精霊の先駆者」
アリーセさんへ私が伝えた言葉を聞いて、えっへんと得意気な姿を見せる、小さな四色の精霊さんたち。
精霊のみなさんは、本当に凄いのですよ!
何より、世界一! 可愛らしいのです!!
「はい! 強いオリジナル魔法を習得するコツとかあります?」
ついでに、その強さでお二人のどっちが強いのか、決着つくかなって」
「ええっと……その、強さの定義にも、いろいろあるのではないかと」
「魔物を倒す時の、倒す早さとか、倒せる数とかを基準にするのは?」
「その基準だけでも、戦いかたの違いがあるから、やっぱり強さの判断は難しいと思うな」
口々に飛んでくる、博識な他の魔法使いのみなさんからの質問に答えつつ、ディアさんの言葉に、私もうなずいて同感を示す。
これまでの語り合いの中で、ディアさんと私はお互いに、種族や習得しているオリジナル魔法の違いなどから、それぞれ異なる強さがあると認識するに至っている。
オリジナル魔法の強ささえ、速さ・範囲・一撃の威力・総合的な殲滅力・デバフ効果などなど……種類は多い。
魔物との戦闘ともなれば、相手取る魔物との相性からはじまり、使用する魔法の種類・戦法・戦場の状態などから、よりいっそうお互いの違いが浮き彫りになるだろう。
結果、やはりどちらが強いのかと言う疑問の答えは、平行線のまま出ていない。
だから、だったのだろう。
「それなら、決闘で答えを出すかい?」
アドルフさんが、ついにその最終手段を、提案してきた。
とたんに、名案だとにぎやかさを増した部屋の中、私はにこりと美しく微笑み、本音を紡ぐ。
「いえ。
決闘はアドルフさんとの一戦で、すでにお腹いっぱいです。
ですので、しばらくはお断りいたしますね」
刹那、広々とした部屋が一瞬で静まり返った。
みなさんそれぞれに、期待の視線や、こちらの真意をうかがうような眼差しを、熱心に向けてくださっておりますが。
私、対人戦は元々、好みではありませんからね。
――ここは、ゆずれませんよ?
さらに、にこりと微笑みを重ねると、ありがたいことにすぐさま話題が切り替わり、部屋の中にはまた、歓談の声が響くのだった。




