四十話 其は鮮やかなる錬金術
問題なくマナプラムを収穫し、再びアードリオンさんの店へと入ると、チラリと持ち上がった深緑の視線が、私の緑の視線と重なる。
穏やかな微笑みをうかべたまま近づき、カバンからマナプラム十粒を取り出すと、小さなうなずきが返された。
小さな蔓籠が差し出されたので、その中へコロコロとマナプラムを入れる。
それを見届けたアードリオンさんは、薄い灰緑の長髪をゆらして椅子から立ち上がると、マナプラムを入れた籠と横に置いてあった、からの小瓶が入った籠を持ち再び私へと視線を向けて口を開く。
『採取に問題はない。錬金の技術を教えよう』
淡々と、けれどはっきりと響いたその言葉に、ぱっと自身の表情が華やぐのを感じる。
さっと左手を右胸にそえ、感謝を込めて軽く一礼をおこなう。
上げた顔に喜びの笑みをたたえ、その意を言葉にした。
「よろしくお願いいたします、アードリオン師匠!」
響かせた私の言葉に、アードリオンさんはゆるやかに首を横に振る。
それに瞳をまたたかせると、
『弟子はとらない。教えるのはかまわないが』
とのこと。
なるほどと一つうなずき、それならばと微笑んで言葉を紡ぐ。
「では、先生、とお呼びしても?」
『それならば……かまわない』
一般的な教育者に対する敬意を込めた呼び方を選ぶと、こちらは問題なかったようで、はっきりとうなずいてもらえた。
嬉しさと共に深まる微笑みをそのままに、感謝を告げる。
「ありがとうございます! アードリオン先生!」
すると、小さなうなずきの後、アードリオン先生は数歩作業部屋のものと思われる扉へと歩み、次いでその足を止め……。
『――アードでいい。こっちだ、ロストシード』
かすかに振り向いて紡がれたその言葉に、思わず満面の笑みがあふれた。
「はい、アード先生!」
つい高く跳ねた声音で返事をして、アード先生の後につづく。
やはり緑の蔓の扉の先はリリー師匠の店と同じく作業部屋で、小瓶や材料らしき植物や石が所狭しと置かれていた。
爽やかで甘い、さまざまな植物の香りを楽しみながら部屋を見回していると、ガタリと蔓の椅子を引いたアード先生がその椅子に腰かけ、隣の椅子を目線で示す。
ずいぶんと静かな小さな三色の精霊のみなさんを肩と頭に乗せたまま、示された椅子へと腰かけると、作業台だろう眼前の長机の上を滑らせ、スッと二つの籠が差し出された。
不思議に思いながら左隣に座るアード先生をうかがうと、先生の手元にも机の上に置かれていたマナプラムとからの小瓶が並ぶ。それに加えて、アード先生の手元には水と思われる透明な液体がたっぷりと入った大きな瓶が、机の端からたぐりよせられる。
そうして静かに、アード先生が呟いた。
『魔力回復ポーションをつくる』
すぐさま大きな瓶からからの小さな瓶へと水らしきものを注ぐ作業がはじまり、返事の為に開いた口を閉じる。
これはきっと、見ていなさい、ということだ。
ならば、黙して作業をするアード先生の作業過程をこそ、集中して観察する必要がある。
小瓶に六割ほど淡い蒼色の水らしきものを入れると、次は小瓶の中にぽとぽととマナプラムを入れていく。
この水らしきものは、おそらく店頭に置かれていた液体類の説明書きすべてに書かれていた、魔力水というものだろう。
文字通りただの水に魔力を注いだものだが、この魔力水の質でポーションなどは効果が変わるため、均等によく水と魔力をなじませなければならない、と書かれていた。
三粒のマナプラムを小瓶に入れ終わると、アード先生は両手を小瓶から少し離した位置でそえるように広げる。すると、おもむろに小瓶の中の魔力水とマナプラムがくるくると回転をはじめ、青い小粒はあっという間に魔力水にとけてその色を広げていった。
これは、マナプラムに魔力を注いでとかすらしい。
くるくると回る薄青い液体の中に、残り二粒のマナプラムを入れ、さらにとかして混ぜ合わせていく。
説明書きの中には、この工程を融解と呼ぶのだと書かれていた。
追加したマナプラムがとけきり、魔力水が鮮やかな青色に色付いた後は、くるくると回っていた液体の回転が速くなる。この状態が、拡散だろう。
そうして勢いよく回転していた液体の動きがゆるやかになると、今度はきらきらと煌きを帯びて行く。これは魔力をさらに加えて青色の液体の効果を高めているために起こる現象らしく、これを精錬と呼ぶらしい。
記憶の中から知識を引き出しつつ、アード先生の手元で起こっている現象と結びつけるのは、なかなかに心躍る体験だ。
高揚感のままに笑みを深めて見つめていると、やがて液体の回転はおさまり、煌きも消える。
これで、魔力回復ポーションの完成、のはずだ。
アード先生をうかがい見ると、視線が合い小さなうなずきが返る。
『完成だ。これが錬金術の基礎的な過程だ』
「とても鮮やかな技術で、見惚れてしまいました!」
楽しさに弾む心と深まる笑みを正直に言葉へとのせると、深緑の瞳が眩しげに、少しだけ細められた。




