四百七話 まさかの未実装だった件について
夕方から、宵の口へと時間が移り変わり、小さな光の精霊さんとまたねを交わして、小さな闇の精霊さんを迎え入れた後。
つづく華やかなお茶会の中、ふとアルさんを見て、思い出したことをそのまま言葉に変える。
「そう言えば、アルさん。
以前【紡ぎ人】のみなさんとお話ししていました、中級技術の件ですが……その後、何か進展はありましたか?」
思い出した素朴な疑問を、そのまま言葉にした私の問いかけに、アルさんは肩を過ぎた長めの灰色の髪をゆらし、首を横に振った。
「いや、残念ながら、な。
語り板とかにも、まだ情報が出てないんだよなぁ~」
「そうでしたか……」
情報が出ていないことに関しては、おそらく……【紡ぎ人】のみなさんこそが、生産職としては最先端に近い場所にいるからだろうけれど。
そう思いながらも、素直にうなずきを返した瞬間。
――閃きに、口角が上がった。
私の表情を見て、アルさんのみならず、みなさんから不思議そうな視線が注がれる中、アルさんへ穏やかに名案を告げる。
「では、一緒にエルフの里へ里帰りして、直接師匠や先生にたずねてみる、という案はいかがでしょう?」
「のったぁ!!」
アルさんの返答は、雷魔法のように素早かった。
サロン【ユグドラシルのお茶会】のみなさんと挨拶を交わし、クラン部屋を出た私とアルさんは、さっそくパルの街のワープポルタを使って、エルフの里へと転送する。
頬を撫でるそよ風に、緑の瞳を開き、ふわりと懐かしさに微笑む。
「ひっさしぶりだな~! エルフの里!」
「えぇ。いつ帰ってきても、素敵な場所ですね」
「だな!」
『えるふのさと、すき~~!!!!』
『すき~~!!!』
ぐっと伸びをしたアルさんと思いを分かち合い、可愛らしい小さな精霊さんたちとも一緒に笑顔を交し合うと、まずはリリー師匠のお店へと向けて歩き出す。
穏やかな土の香りが立つ土道を進み、装飾品のお店を入り口からのぞくと、つぶらな蒼い瞳と視線が合った。
『まぁ! ロストシード! 帰ってきていたのね!』
タッと駆け出し、ぴょこっと入り口から顔を出してくださったリリー師匠に、笑顔でエルフ式の一礼を返す。
「またまたご無沙汰しております、リリー師匠。
こちらは、同じアトリエのお仲間で、友人のアルさんです」
『あなたは……アードリオンのところの子ね!』
「どうも、アルって言います」
すぐさま閃きに蒼い瞳を煌かせたリリー師匠に、アルさんが会釈をしてあいさつを紡ぐ。
にこにこなリリー師匠と、穏やかなアルさんの様子に微笑みながら、本日の本題をリリー師匠へ伝えた。
「実は今回、少々リリー師匠とアード先生にたずねたいことがあり、まいりました」
『あらっ! それなら一緒に、アードリオンのお店までいきましょう!
ちょうど、ポーションを買いたかったの!』
ぽんっと手を打ち、名案に笑んだリリー師匠の提案に、アルさんとそろってうなずきを返し、今度は三人で土道を行く。
そう時間をかけずにたどり着いたアード先生のお店へ、遠慮なく扉を開いて入り込むリリー師匠の小さな背中を追うと――すぐに、切れ長の深緑の瞳と視線が合う。
『……アルとロストシードか』
『あたしもいるのよ! アードリオン!』
『見えていないわけではない、リラルリシア』
先にアルさんと私の名を呼んだアード先生に、ぴょんぴょんと跳ねて存在を主張するリリー師匠が可愛らしくて、ついアルさんと一緒に小さく笑みを零してしまった。
その間も、リリー師匠がアード先生へと軽く、私とアルさんが訊きたいことがあるらしいと説明をしてくださる。
次いで、そろって私たちへと二つの視線が注がれた。
『さぁ、二人とも! ききたいことはなにかしら?
なんでもど~~んときいていいのよ!』
『遠慮なく訊くといい』
「ありがとうございます、リリー師匠、アード先生。
お二方に教えていただきたいことは、中級の技術についてでして――」
そう、アルさんと共に、以前アトリエ【紡ぎ人】のみなさんと議論を交わした、中級技術の習得方法についてたずねてみた結果。
予想していたものの二つである、実際に中級の作品をつくりあげ、それを師匠が確認することが、習得条件だと分かった……までは、良かったのだけれど。
ここで一つ、前提となる問題が判明した。
『ただ……この中級の作品につかう素材は、王都とか、その先の街でしか、入手できないものなのよね~』
小さな眉を下げて、リリー師匠が告げた言葉に、アード先生も無言でうなずいていらっしゃる。
……まさかの、根本的に素材が入手できないと言うオチに、アルさんがガックリと肩を落とした。
「まさか本当に、未実装だったとはなぁ……」
「本当に、まさかの展開ですね……」
「だなぁ……」
アルさんの下がった肩をいたわりながら、内心でうっすらと、抜け道くらいならばありそうだけれど、と思考を巡らせる。
ただ、アード先生やリリー師匠があえて教えてくださらないということは、やはり職人の成長には順序があるのだろう。
そう思い、口から出しかけた可能性の言葉は、そっと飲み込み。
リリー師匠とアード先生にお礼を告げてから、しょんぼりとしてしまったアルさんと一緒に、エルフの里を後にした。
ワープポルタを使い、アルさんと一緒に帰って来たのは、トリアの街。
宵の口のまだ明るい夜の街中を、足取り重く、アトリエ【紡ぎ人】のクラン部屋へと移動する。
たどり着き、開いた扉の先では――机の上に布を広げたノイナさんとナノさん、それに高い音を響かせて金づちを振るうドバンスさんが、それぞれの作業を進めていた。
「あっ! アルさんおかえり~!
ロストシードさんもいらっしゃ~い!」
「お二人とも、ご一緒だったのです?」
「えぇ、色々ありまして……」
元気なノイナさんと、少しだけ不思議そうにガーネットの瞳で見つめてくるナノさんに、どこから話したものかと一瞬悩んだ、直後。
「よーし! みんなもこの嘆きの道連れだ!!
ドバンスもそこでいいから聞け!」
「落ち着け、どうした」
「えっ、なになに?」
「何かあったのです?」
「それがなぁ!!」
そう、半ば愚痴のようにはじまったアルさんの語りに、何事かと耳を澄ませていたお三方の表情は、アルさんの宣言通り、非常に微妙なものへと変わって行った。
以前採取した素材たちを使って、ポーションを製作しながら、中級技術の真相について語り終えたアルさんと、ついには頭を抱えてしまったみなさんを見つめる。
「そ、そんなぁ……!」
「未実装は、予想外なのです~!」
「だろぉ!?」
「……実装されるまで、腕を磨くしかなかろう。
これまでと同じと思えばいい」
嘆くノイナさんとナノさんとアルさんに、鎚を振るう手を止めていたドバンスさんが、再びカーンッ! と音を響かせながら紡ぐ。
たしかに、ドバンスさんのおっしゃる通り、未実装ならばそれはそれで、今まで通り腕を磨きつづけていけば好い。
それは必ず――【紡ぎ人】のみなさんにとって、糧になるのだから。
ふわりと微笑み、私もみなさんへ声をかける。
「私も、ドバンスさんのお考えに賛成です。
中級技術が実装された時、真っ先に中級の作品を作り上げるためにも、腕を磨きつづけることは、やはり大切かと。
――みなさんも、そうお考えでしょう?」
私の少しだけイタズラめいた問いかけに――お三方は迷うことなく、肯定の笑顔を咲かせた。




