四百二話 レギオン【タクティクス】
夜明け色の美しい光が、引きつづき降り注ぐ広場のただ中で、改めてレギオン【タクティクス】のリーダーとサブリーダーである、アドルフさんとアリーセさんを見る。
アドルフさんがリーダーをつとめていらっしゃる、レギオン【タクティクス】の名前は、私でさえ知っている超がつくほど有名な攻略系レギオンだ。
たしか……最大規模にして最速攻略をしている、と語り板に載っていた情報を、見たことがある。
先駆者や攻略系のプレイヤーの多くは、主に二つのクラン――戦闘を中心に活動する者たちの集団であるレギオンか、依頼や探索を中心に活動する者たちの集団であるキャラバンのどちらかを設立し、所属して攻略にはげむことが多いのだとか。
【タクティクス】以外にも、すでに有名なレギオンやキャラバンの名前を、いくつか頭の中にうかべながらも、それとなく身構えていると……。
「あっ! 本題を忘れるところだった!」
「いつ言い出すのかと思ったわよ」
「あはは! ごめんねアリー」
「あたしのことはいいから、ほら!」
何やら、眼前でそうやり取りをしたアドルフさんとアリーセさんが、どこか改まった様子で私へと視線を向けた。
思わず背筋を伸ばすと、アドルフさんの甘やかに整った美貌が、ぱっと笑みをうかべる。
バサリと音を立てて、純白の翼が広がり――まるでエスコートをはじめるかのように、片腕を背へと回し、もう片方の色白の手がこちらへと差し出され。
そうして開かれた口が、微笑みと共についに本題を紡ぐのを、緊張と共に聴き届ける。
「ロストシード。
君の強さや素晴らしさは、以前からアリーに聞いていたけど、今回の決闘で僕自身もやっぱりすごいって確信したんだ。
だから」
一度言葉を区切ったアドルフさんは、その優しげな青の瞳に真剣さをたたえて、告げた。
「どうか、僕たちの【タクティクス】に、入って欲しい!!」
刹那、またもやわぁっと、周囲の人々から歓声が上がる。
正直なところ、こればかりは観客のみなさんに同感かもしれない。
すなわち――これまたなんとも、ずいぶん熱烈なお声がけだ、と!
たしかに、薄々このようなお誘いが本題かもしれないと、一応予想はしていたのだけれども!
しかしそうは言っても、今回は今までのアトリエやサロンのお声がけとは、重要な点が異なる。
なにせ、今回加入を望まれている場所は、攻略系のレギオンなのだ。
攻略系ではないことを自覚し、戦闘以外のことも楽しんでいる身として。
いや、もっと言えば、ただただマイペースに遊んでいるだけのプレイヤーとして……さすがに、容易に足を踏み入れていい場所ではないことくらい、分かっている。
「僕たちの【タクティクス】は、攻略系が多く参加しているレギオンだから、基本的には最前線で戦闘をして、前線を進めていく方針をとっているけど、けっこうみんな自由にすごしているんだ。
だから、いつも戦闘ばかりしているわけでもないところが、面白いところだよ!」
「そう……なのですね」
無邪気に、さっそく活動内容を伝えてくださるアドルフさん。
思いのほか自由に活動していらっしゃる様子を察して、返事をしつつぱちりと緑の瞳をまたたく。
攻略系の、それも主に戦闘特化のレギオンともなれば、まさしく最前線での戦闘つづきなのかと思っていたのだけれど、どうやらそうではないらしい。
「そうそう。
あたしたちの【タクティクス】には、この無自覚戦闘狂なリーダー以外にも、いろいろと面白い人たちがいるのよねー」
アドルフさんの横から、アリーセさんがそうイタズラな笑みをうかべて紡ぐ声に、今度は涼やかな蒼の瞳と視線を交わし合う。
面白い人たちがいる、という点は、正直とても好奇心がうずく。
いや……しかしそうは言っても、やはり攻略系ではない私が入るわけには……。
「あ、攻略系一の魔法使いなフェアリー族の人とかもいるし、それ以外にも、オリジナル魔法の研究をしてる子たちとかもいてね。
みんな、シードリアの魔導師さんの知識量をすごいって言ってるし、ロストシードさんとも話が合うと思うんだけどなー」
困ったことに、反射的に、うっかり。
――緑の瞳が煌いたのを、自覚した。
まるで、そう言えばこういうこともあったから、ついでに言っておこう……と言うような風を装いつつも、的確に私の興味を惹く言葉を紡ぐアリーセさんに、内心でそっと白旗を振る。
「入ったら、ロストシードさんも楽しいと思うよ」
そう、イタズラが成功したような笑みで、最後の援護射撃を紡ぐアリーセさんは、きっとこの広場にいる誰から見ても、頼もしさあふれる姿に見えたことだろう。
かく言う私も……もはやこの湧き出た好奇心を、抑え込むことは、できない!!
まさしく――完敗だ!
ここまで興味を惹かれているというのに、入らない選択肢をどうして選べるだろう?
とは言え、しっかりとお伝えし、ご許可をいただかなければいけない点はあるのだけれど。
「えぇ……たしかに。
お二人だけではなく、ぜひとも素敵なみなさんとは語り合う機会をいただきたいと、そう思うほどには、とても心惹かれるお誘いです」
「よっし!」
「本当かい!? それなら!」
穏やかに表情を整えてアリーセさんの言葉にうなずき、次いで紡いだ私の言葉に、拳を握るアリーセさんと、バサリと翼を動かして身を乗り出して来たアドルフさん。
素直に喜びを表現するお二人に対して、片手を上げて少々落ち着いていただいてから、大切な点を口にする。
「ただ……私は基本的には自由に好むことをして遊んでおりますので、やはり必ずしも攻略に同行できるわけではありません。
こちらは、ご了承いただけますか?」
これは、私がこの【シードリアテイル】の大地を、思い切り楽しみつづけるために、必要な許可。
つまりは、今後もマイペースに遊んでいく方針を変えるつもりはないと言う、宣言に近しい。
この素晴らしい幻想世界を、好奇心のままに遊ぶと決めている私にとって、どうしてもこの方針だけは、変えるわけにはいかない。
そのため、この点への了承を得ることができないのであれば、残念ながら参加は難しいだろう。
他のクランへの参加時に、この許可を取らなかったのは、単純にアトリエもサロンももともとの基本方針が、自由な活動をよしとする場所だったからだ。
思考を巡らせながらも、レギオン【タクティクス】のお二人から、視線は外さない。
一拍か、あるいは二拍ほどの間をあけて。
アドルフさんとアリーセさんは、そろって美しく微笑んだ。
「あぁ、もちろんかまわないとも!」
「ロストシードさんのペースで、楽しんでくれればいいから」
「――はい!」
嬉しい言葉に、思わず弾んだ声音を返して、こちらも優雅に再度、エルフ式の一礼を捧げる。
「改めまして、素敵なお声がけをありがとうございます。
これからみなさんと共に、最前線で戦うことができることを、光栄に思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします!
その……私自身は、攻略系ではありませんが」
「いやもう攻略系でいいだろ!」
「もう攻略系ってことでいいと思うけど!?」
何やら見事に、アルさんとアリーセさんの言葉が重なって響く。
うんうんとうなずくアドルフさんを見つめ、つい小首をかしげてしまった。
私には、常に最前線を進みつづけるほどの気概はない。
あえて言うのであれば、そうする気もないのだ。
ただ純粋に、この大地を楽しむことが出来れば、それで満足なのだから。
……つまるところ、どうあっても攻略系では、ないはずなのだけれど。
じぃっと見つめてくるアルさんとアリーセさんの、そこはかとなく圧力がこもった視線に、ぱちぱちと緑の瞳をまたたく。
――いやいや、まさか。
私、攻略系では……ありませんよ?




