四百一話 勝敗の結果と種明かし
[決着!
勝者――ロストシード!]
唐突に眼前へと出現した、灰色の石盤いわく……どうやら勝利をつかんだのは、私のようだ。
はっと、集中のあまり止めていた呼吸を再開すると、慌てて前方のアドルフさんへと、石盤から視線を戻す。
すると、しっかりと凍っていたアドルフさんの身体が、またたく間にあたたかな淡い金色の光に包まれ、それが収まった頃にはすっかり、状態異常効果は消え去っていた。
ぱちぱちと緑の瞳をまたたきつつ、おそらくは状態を決闘前のものに戻すような仕様があったのだろう、と推測する。
ふと冷静になってちらりと周囲を見てみると、夜明けの時間の美しさはそのままに、いつの間にか小さな精霊さんたちによる幻想的な光景は消え、また《隠蔽 五》の効果が発揮されているのだと気づく。
意識して〈フィ・ロンド〉を解除して、小さな五色の精霊さんたちが肩と頭の上に戻るのを見届けてから、改めてアドルフさんに向き直った。
「あっははは! まさか負けるとは思わなかったな!
君はすごいね、ロストシード! 完敗だよ!」
そう笑い声を上げて完敗だと紡いだアドルフさんの表情は、純粋な楽しさに満ちている。
楽しげな表情を見る限り……さいわいにも、彼が決闘を望んだ意図に対する、何かしらの答えを、さきほどの戦いで差し出すことが出来たのだろう。
内心だけでほっと安堵の吐息をつきながら、ゆるりと首を横に振って、口を開く。
「いえ、こちらこそ、とても貴重な体験をさせていただきました。
実は、この大地で決闘をするのは、今回がはじめてだったもので……」
「あれ? そうだったのか。
それにしては、迷いのない動きだったけど。
それなら……僕が思っているより、もっとすごいと言うことだね!」
「それほどでは……ないと思うのですが……」
どこか無邪気なアドルフさんの言葉に、少しだけ微笑みを苦笑に変えながら応える。
それでも、楽しげな雰囲気を変えないアドルフさんは、不思議そうに首をひねった。
「そうかな? 僕はとってもすごいと思うよ。
あ、そうだ! 先にお礼を言わないといけなかったね」
次いで閃きに手を打つと、左手をそっと右胸に当て、右手と翼を広げて、腰を折る美しい一礼を披露してくださる。
それにすぐさま、こちらも右手を背中へと回し、左手を右胸にそえて、そっとエルフ式の一礼を返す。
頭を上げた後は、自然とお互いが笑みをうかべ合った。
「はじめての決闘を、僕としてくれてありがとう!
素晴らしい勝利だったよ!」
「こちらこそ、お声がけいただき、ありがとうございました。
たしかな学びをいただきました」
――本当に、貴重な機会だったと、胸の内で繰り返す。
うかびつづけていた灰色の石盤が、互いの言葉を区切りにして消え去ったのち。
万雷の拍手と歓声が、周りを取り囲んでいた人々から湧き上がりとどろいた。
ふわりと微笑みをうかべて、内心の気恥ずかしさや驚きを隠しつつ、ふと人垣から出てきた二人の人物に視線を向ける。
「いやぁ、すごい戦いだったな!
かっこよかったぞ、ロストシードさん!」
「アルさん!」
現れたのは、私をメッセージでこの場へ導いてくださったアルさんと、後頭部でポニーテールにした黄緑の長髪をゆらす、浮遊大地でもお見かけしていたエルフ族の少女。
まるでイタズラが成功したように笑うお二人に、つい小首をかしげてしまう。
「いやぁ、実はな~」
そう、気負いのない表情でアルさんが語ってくださったのは、今回のアドルフさんとの決闘をふくめた一件の、種明かしだった。
いわく、実はエルフ族の世迷言板で仲良くなった、エルフ族の少女――アドルフさんのレギオン【タクティクス】のサブリーダーであるアリーセさんから、アルさんが相談をうけたことが、今回の一件のはじまりであり。
私に会いたいので、もし可能ならばアルさん経由で私を広場に連れてきて欲しい、というアリーセさんからのお願いを了承した結果、アルさんが私にメッセージを送り今回の流れへと至った、とのことだった。
アルさんの説明に、なるほどと納得しつつも、湧き出た不思議さにもう一度小首をかしげる。
そもそもどうしてアリーセさんやアドルフさんが、私に会いたいと思ってくださったのか、という疑問は残っているのだけれど、その前に。
アルさんへのご相談から、アドルフさんとの決闘の流れまで、何やら綺麗に最初から最後まで、アリーセさんの思惑通りの結果になっている、ような……?
ついそう感じて、思わずちらりとアリーセさんを見やる。
とたんに、交わった涼やかな蒼の瞳が少しだけ細められ、ふふっと軽やかに返された得意気な笑みを見て、察した。
――どうやら本当に、思惑通りだったらしい。
これは何と言うか……さすがは、攻略系レギオンのサブリーダーだと、言うべきか。
瞳の色に似たクールな雰囲気をもつ、同族の少女が垣間見せた策士な一面に、あやうく口元を引きつらせかけて、なんとか穏やかな微笑みをたもつ。
内心、攻略系のかたの強さの定義が一つ増えたように感じながら、それでもおそらくまだ決闘でさえ前座であろう現状に、少々気合いを入れ直した。
この後、いったいどのような本題が飛び出すのだろうかと、仲良く談笑するアドルフさんとアリーセさん、そしてその様子を見守るアルさんを眺めていると……。
『しーどりあ、しーどりあ』
そう、右肩から小さな水の精霊さんの、私を呼ぶ小声が届く。
何事だろうかとそちらへ視線を向けると、そっと耳元へと近寄ってきた水の精霊さんが、こっそりとささやいてくれた。
『あのね、ぼくたちはしーどりあのともだちだから、しーどりあがすきるをつかわなくても、みんなじょうずにかくれんぼできるよ~!』
『ほかのこたちもできるよ~!』
『みんな、しーどりあのともだちだからね~!』
『けっとうのときも、かくれんぼできるよ!』
『たたかいのときも、みんなかくれんぼじょうずだよ~!』
――なんですって??
またしても、衝撃の種明かしですよそれは!?!?
うっかり驚愕の声を上げそうになり、慌てて片手でそれとなく口元を押さえつつ、すぐさま思考を巡らせる。
つまり、しっかり小声で伝えてくださった、小さな五色の精霊さんたちいわく。
……私がスキル《隠蔽 五》を使わなくとも、そもそも精霊のみなさんご自身が、かくれんぼを上手にしてくださる、ということですね!?
小さな水の精霊さんが、シードリアの友達だから、かくれんぼが上手にできると、そう教えてくださったのだから、この点に間違いはないだろう。
再三の驚愕と、今までわざわざ使っていた《隠蔽 五》の重要性がとたんに薄れた困惑とを胸の内にかかえながら、いつからそれが可能だったのだろうかと考える。
そう言えば、と思い出したのは、以前に授かっていたスキル《精霊と植物の友》。
その説明文の中にはたしかに、[精霊と植物の友として、精霊たちがより自発的に協力することを好み――]という文があった。
そこまで思考を巡らせて、はたと気づく。
もしかして……いや、もしかしなくても。
このスキルを習得した時点で、小さな五色の精霊さんたちだけでなく、〈ラ・フィ・フリュー〉と〈アルフィ・アルス〉を持続発動してくださっている、小さな多色と水の精霊さんたちも、隠蔽のスキルにたよらずご自身でかくれんぼができるようになっていらしたのでは……?
反射的にうかんだ苦笑は、さいわいにも口元をおおっていた片手の後ろ側。
眼前に立つアドルフさんやアリーセさん、アルさんには見えていないだろう。
しかし、それに安堵したからと言って、ここから先まで安心できる状況になるとは限らない。
唐突な種明かしによる驚きの次は――いったい、何が飛び出すのだろう?




