三百九十九話 はじめましてのご所望は!?
昼食を楽しみ、再び【シードリアテイル】へと、ログイン!
『おかえりしーどりあ~~!!!!!』
「ただいま戻りました、みなさん!」
ぽよよっと胸元で跳ねる感触と共に、重なって響いた小さな精霊さんたちのあいさつへの返事をして、緑の瞳を開く。
夜明けの時間を示す、薄青色の美しい光に照らされた石の宿部屋の中、小さな五色の姿が眼前で煌いていた。
すでにみなさん、おそろいのようで。
ふわりと微笑み、ベッドから身を起こして、立ち上がりいつもの準備をはじめようとして――ポンッと可愛らしく鳴った効果音に、動きを止める。
この音はフレンドさんの誰かから、メッセージが届いた音だ。
サッと灰色の石盤を開いて確認してみると、送り主はアトリエ【紡ぎ人】のお仲間の、アルさん。
[ロストシードさん!
急で悪いんだが、もしこの後ヒマなら、トリアの街の大噴水まで来てくれないか?
ロストシードさんに、会いたいって言ってる人たちがいるんだ]
そう書かれたメッセージの内容は、端的に言えばお呼び出し、だろう。
それも、どうやら私に会うことを望むかたがいるとのこと。
――これは急ぎ、準備をすませて向かおう!
素早く了承のメッセージを送り、精霊魔法とオリジナル魔法を展開するいつもの準備を終えたのち。
さっそく駆け足で、賢人の宿から出て中央の噴水広場へと向かう。
すぐにたどり着いた大きな噴水を中心とする広場を、ぐるりと見回して、まずはとアルさんの姿を探す。
しかし、多くのプレイヤーたちにとって、昼食後の遊ぶ気力に満ちた時間である今は、ずいぶんと多くその姿が広場の中を行き交っていて、なかなか見慣れた姿を見つけることが出来ない。
とは言え、あまりお待たせするわけにもいかないだろう。
もう一度、じっくりと見て――。
「やぁ、こんにちは」
ふと、横から優しげな男性の声がかけられた。
少し驚きながらも、緑の瞳をそちらへと向けると、バサリと身体ほどもある大きく真っ白な翼が、一度大きく動かされる。
両手を広げて歓迎するようなポーズをしながら、すぐ近くに立っていたのは、甘やかな美貌をもつ天人族の青年。
襟足だけ肩にかかるように伸ばされている白金の髪は眩く、優しげな青の瞳はまっすぐにこちらを見つめている。
少しだけ地面からういたその状態は、フェアリー族と同じで、デフォルトだったはず。
身にまとう煌く装備から、攻略系のかただと言うことは分かる。
……もしかすると、浮遊大地で以前、お見かけしたことのあるかただろうか?
いや、そんなことよりも。
――なぜ、この攻略系らしき天人族のかたは、私に声をかけたのだろう?
内心戸惑いつつも、お声をかけられたからにはと、ひとまず微笑む。
「こんにちは」
ご挨拶の言葉を紡ぎ、エルフ式の一礼を優雅におこなって、顔を上げる。
すると、一瞬だけ驚いたように見開かれた青の瞳が、次いで眩しげに細められた。
「アンジェの僕より、後光が射しているように見えるね」
「……後光、ですか?」
「そうだよ。ちょっと優雅すぎてね」
やわらかくさわやかな声音で告げられた言葉に、何のことだろうかと、ついつい小首をかしげてしまう。
いや、優雅に見えるような所作を心がけておこなった一礼なのだから、そう言う意味では当然の感覚だとは思うのだけれど。
とは言え、素朴な疑問の前に、そもそもどうしてお声がけいただいたのか、と言う大きな疑問がある。
今私にとっての最優先事項は、アルさんを探すことなので、ひとまず素朴な疑問は横に置いておいて、大きな疑問を問いかけてみよう。
「ええっと、私に何かご用でしょうか?」
端的な私の問いかけに、天人族の青年は嬉しげにうなずきを返す。
「君の友人から連絡があったから、ここへ来てくれたんだよね?」
「えぇ……おや?
それでは、あなたが私に会うことを希望されていたかた、でしょうか?」
アルさんから私に届いたメッセージの内容を、知っているような言葉。
それに閃きたずねると、天人族の青年がぱぁっと表情を輝かせた。
「大正解! はじめまして、精霊の先駆者さん!
僕の名前は、アドルフ。
攻略系レギオン【タクティクス】の、リーダーだよ。
今日は君に、お願いと提案をしに来たんだ!」
嬉しげな声音で紡がれた、自己紹介の内容にも若干驚きつつ、こうなるとアルさん探しは一時中断か、と思考を巡らせながら、こちらも自己紹介を紡ぐ。
「はじめまして、アドルフさん。
私は、ロストシードと申します。
それで……お願いと提案、と言いますと?」
「まずは、お願いから。
僕と――決闘をして欲しい」
――実に唐突な、爆弾発言である。
くるりと感情が一周回って、むしろ冷静にお願いの言葉の真意を考えることができるのは……好いことだと言うことにしておこう。
もっとも、攻略系のかたが決闘を申し込む理由が、そう複雑なものだとはあまり思えない。
単なる力比べか、訓練、お遊び、あるいは……実力の見極め、か。
いずれにせよ、アドルフさんにとっては、私と決闘――プレイヤー同士で模擬戦をおこなうことに、何かしらの意味があるのだろう。
ただ、私はそもそも、あまり対人戦が得意ではない。
いや……好みではない、という表現のほうがより正確だろうか。
正直なところ、魔物たちと戦うことはともかくとして、他のプレイヤーであるシードリアのかたと戦うことは、出来る限り避けたいくらいなのだけれども。
「ダメ……かい?」
何やら、眼前で子犬のように……失礼、どこかさみしげにそろりと眉根を下げて、そのように問いかけられてしまうと。
――さすがに、お断りすることのほうが心苦しくなる、と言うものだろう!!
小さく一呼吸をする間に、覚悟を決める。
「……分かりました。
決闘を、お受けいたします」
「好かった!!
ありがとうロストシード!!」
再び、ぱぁっと甘やかな美貌を輝かせたアドルフさんに、どこからか黄色い悲鳴が上がったが、それを気にするほどの余裕はすでにない。
じわりとにじむ緊張は、プレイヤー対プレイヤーの対人戦と言う、珍しい状況からくるもの。
それでも、胸の内から湧き出る好奇心や高揚が、無いと言えば嘘になる。
淡く微笑み合う、私とアドルフさんのこの決闘は、果たして――いったい、どのような結果になるのだろう?




