三十九話 錬金術師とマナプラム
※スライムが倒される描写あり!
一作目の装飾品と素敵な贈り物を身につけ、夕陽の橙色が眩く降り注ぎはじめた外へと歩み出る。
店内で大きく手を振るリリー師匠へと優雅に会釈を返し、小さな三色の精霊のみなさんと一緒に土道を行く。
次に目指すのは、マナさんとテルさんの武器屋の対面。
かちりと蔓の扉が閉じられた、小瓶のマークを飾る――錬金薬、通称ポーションの店だ。
まだ幾人かのシードリアたちとすれ違う土道を進み、目的の場所へとたどり着くと、ゆっくりと扉を開く。
とたんに香り立ったのは、樹々や草花を思わす緑の香り。
こぽこぽと水が空気と混ざる音のする方へ視線を向けると、明かりのない部屋の奥に一人の青年が座っていた。
薄い灰緑の長髪に、切れ長の深緑の瞳をもつ無表情なエルフのノンプレイヤーキャラクターだ。
胸の前で広げかかげるように両手を上げ、その間の空間では青色の液体が空気と混ざり合い回転している。
どうやら、これが【シードリアテイル】での錬金術らしい。
興味深さと集中している様子に、つい無言でその様子を眺めていると、唐突に低い声が響いた。
『自由に見て回ってかまわない。説明書きはすべて品の横に置いてある』
「あっ、はい! ありがとうございます!」
淡々とした響きに背筋を伸ばしてそう返すと、小さなうなずきが返る。
不機嫌さは見えないあたり、単純に物静かなかたなのだろう。
そう店主さんの把握をしつつ、店主さんと私以外の人がいない、薄暗い店内をぐるりと見回すと、とたんに好奇心と高揚感が湧いてきた。
それもそのはず。
びっしりと店内を囲むように並ぶ緑の蔓の棚には、色とりどりのポーションや薬と思しきものが並べられているのだから!
私の緑の瞳は、きっと今また煌いていることだろう。
そわそわとしはじめた三色の精霊さんたちと共に、さっそく入り口近くにあった棚を見ると、いくつかの小瓶が色ごとに分けられ綺麗に並んでいる。
赤と青と緑の色を持つ小瓶の横には、さきほど店主さんが言っていた説明書きであろう紙が数枚重ねて置いてあった。
その内、赤の小瓶の横に置かれた紙を手に取り見やると、どうやらこの赤の小瓶の中身は生命力を回復させる効果のあるポーションらしい。
生命力とは、視界の左上に表示されている青色の魔力ゲージの上にある、赤色のゲージのこと。
怪我をした際などにはこの赤色のゲージが削れていき、すべてが無くなってしまうと戦闘不能になり、創世の女神様のご加護で近くの神殿へと転送させられる……らしい。
私はそもそもまだ、この赤色のゲージが削れるような体験をしていないため、収集した情報にそう書かれていたという以上の理解ができていない点は、後々確認の楽しみがある。
つづけて紙に目を通すと、何やら材料らしき名前があり、その下にはおそらく錬金の方法であろうものが記入されていた。
そう、記入されているのだ――ポーションの製法が。
驚きながら隣の青の小瓶の説明書きを読むと、これは魔力回復ポーションらしく、こちらにも材料と製法が書かれていた。
いや、まさか店頭に錬金技術の説明書まで置いているとは、きっと誰も思わないことだろう。
これは……もう今ここで覚えないという選択肢は、私にはない!
高揚感にうかんだ笑みをそのままに、《瞬間記憶》のスキルですぐに読み取ることができる状態を活用し、隣の緑の小瓶の説明書きだけでなく、棚を順番に移動して他の錬金薬の説明書きも記憶していく。
ひとまず置かれてあった説明書きすべてを読み込み、店主さんへと視線を移すと、ちょうど小さな青の小瓶がコトリと机に置かれていた。どうやら作業は終わったらしい。
ぜひともあいさつはさせていただきたいと思い、静かな足取りで座る店主さんへと近づく。
チラリと上げられた視線に、上品にエルフ式の一礼をして、言葉を紡いだ。
「はじめまして。私はロストシードと申します」
『――アードリオンだ』
低い声音が静けさをもって、その名を告げる。
変わらない無表情で、アードリオンさんが深緑の瞳を向けてくるのに対し、私も緑の瞳を穏やかに注ぎながら言葉をつづけた。
「よろしくお願いいたします、アードリオンさん。こちらへは、錬金術を学びたいと思いまいりました。ぜひ、アードリオンさんに師事させていただけませんか?」
深緑の瞳が、美しくまたたく。
一拍ののち、静かな声音が条件を紡いだ。
『マナプラム。別名、魔力の実。これを広場の奥の森から十粒採取してくることができれば、教えよう』
「ありがとうございます……!」
さっと優雅に右手を後ろにまわし、左手を右胸へと当てて一礼をする。
マナプラムはすでに記憶の中にある植物だ。その情報は植物図鑑に記されており、生えている場所は昨夜、ハーブスライムと戦った場所のすぐ近く。
錬金術を学ぶ大前提としてのこの採取依頼、必ず達成してご覧にいれよう!
「それでは、一度失礼いたします」
意気込みながら退室の意を告げると、アードリオンさんはまた小さくうなずいてくれた。
それを見届け、さっそくとマントと長髪をひるがえして店を出ると、足早に広場のほうへと歩み、森の入り口へ。
広場で魔法や剣や弓の訓練をしている、他のシードリアのみなさんの集中力を乱さないように、少し森の中へと進んでから精霊のみなさんへ声をかける。
「みなさん。また高速移動をしますので、私につかまっていてください」
『は~い!』
いいお返事が響くと、ぴたりと私の肩と頭に小さな三色の精霊さんたちがくっつく。
それを合図に、オリジナル付与魔法の〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を発動して両脚に風をまとい、一気に加速して以前ハーブスライムを倒した場所までを駆け抜ける。
さいわいその場には誰もいなかったため、もののついでにハーブスライムを倒すことに決めた。
固まっていた二体に針の雨を降らせたり、土の杭で突き刺したり、離れた場所にいた個体に水の渦を飛来させて刻んだりして殲滅。
想定よりも水属性を含む魔法の威力が高まっているように感じたのは、おそらく気のせいではないだろう。
そっと、後頭部で飾られた流麗な青のバレッタに触れる。
さすがリリー師匠、この水属性の魔法の威力を高める髪飾りは、さっそく私を助けてくれたらしい。
次いでリンゴーンと鳴ったレベルアップを示す効果音にステータスボードを開くと、レベルは八から九へと上がっていた。
レベルアップがどのような基準でどれほど上がるのか、この疑問は残ったままだが、それは横に置いておく。
その場に残った核と魔石を拾いながら、ふと思いつき、精霊のみなさんへ問いかける。
「みなさん、マナプラムのある場所は分かりますか? 一応この辺りのはずなのですが……」
この場から見渡す限り、濃い緑の葉をしげらせる、小粒の青い実をつけた子供の背丈ほどの高さの植物は見当たらない。
私の問いかけに、小さな三色の精霊のみなさんはくるくると舞いながら返事をくれた。
『しってるよ~!』
『あっち~!』
『あっちのほうにあるよ~!』
「なるほど、あちら側ですか」
ふよふよと移動しながら、精霊のみなさんが示してくれた先を見やる。
駆けてきた道なき森の中からこの広場へたどり着いた、その地点から右側に進んだ先に、マナプラムはあるらしい。
さっそく、拾った核と魔石をカバンに収納して、再び高速移動で駆ける――と、一瞬視界に鮮やかに映った青色に、ザッと土を踏みしめて急停止。
振り返った先には、青々とその色をみせた小粒の実が、夕陽に照らされて煌いていた。
『あった~!』
「えぇ、ありがとうございます。これが、マナプラムなのですね」
『そうだよ~!』
『まりょくいっぱいあるの~!』
植物図鑑に書かれていた文章と、そえられていた絵によく似た植物へと近づき、しげしげと観察する。
マナプラムの実自体は、小さなサクランボほどの大きさで、どこかブルーベリーに似た甘酸っぱくも爽やかな香りが嗅覚として再現されていた。
濃い緑の葉を隠すほど大量に実る青い粒に手を伸ばし、しっかり十粒……といわず、三十粒ほど収穫してカバンにおさめると、高揚感に微笑みを深めながら帰路につく。
無事に錬金術を教えていただけるよう、密やかに祈りながら。




