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三話 シードリアテイル・スタート!

 



 暗い色を瞼の裏に感じながら、美しくしゃららら……と響く効果音を耳に聞く。

 開いた瞳に映ったのは、キャラクタークリエイト終了時と同じ、闇色に星々の煌きをうかべた夜の星空。そして、ふわりと降臨した創世の女神様。

 美貌に慈しみの微笑みをうかべ、たおやかな女声が紡がれる。


『わたくしの愛し子、ロストシード。もう間もなく、その時はおとずれます。時満ちれば、この星々の煌きがあなたを大地にとどけるでしょう』

「はい、女神様。その時が楽しみです!」


 もうすぐ正式同時サービス開始時間となる。そう教えてくれた創世の女神様に、弾んだ心と声音のまま、言葉を伝えてしまった。

 優しげに深められた微笑みが、少々気恥ずかしい。

 しかし、期待のゲームがもうすぐはじまると言うのだから、浮足立つのも当然と言えば当然だと思う。

 これから大勢の他のプレイヤー、創世の女神様の愛し子たるシードリアたちと共に、あの幻想的で冒険に満ちあふれた大地で目醒めるのだ。

 気持ちは高まるばかりで、心の中はまるで幼子のよう。

 とは言え、そのような状態で待機する時間は、そう長くはなかった。

 やがてうっすらと、空の闇色が深い蒼へと色を変えはじめ、そして――声が、降る。


『わたくしの愛し子、シードリア。今こそ、その時へと至りました』


 新しい、はじまりを示すその声が。


『さぁ、ロストシードよ――あなたの全てを慈しむ大地で、目醒めなさい』


 瞬間、きらきらと煌き飛んできた星々の輝きにのまれ、瞳を閉じ……わずかな浮遊感ののち、爽やかな緑の香りとそよ風が頬を撫でる感触とを、知覚した。

 次いで、大地に立つ感覚と、閉じた瞼を叩くような、眩しさ。

 そして――人々が思い思いに発した、歓声。

 そろり、と開いた視界に映ったのは、各自ひと一人分の距離だけを空けて佇む多様な容姿のエルフたちと、それを囲む大きな樹々と、果てなく広がる晴れやかな青空だった。

 まさしく、大地での目醒め。

 その表現にふさわしいほど、【シードリアテイル】のサービス開始は、真新しい情報量での幕開けとなった。

 周囲の歓喜の声を聞きながら、ほぅ……とこちらも感嘆の声を零す。

 完全五感体験型、とはたしかに、よく言ったものだ。

 なにせ、初手にそよ風を感じたのだから。これは、今までの没入ゲームではあり得ない出来事だった。

 そもそも、鮮明な視界や耳に届く音はともかくとして、森を思わす緑の香りがまったく薄く感じないあたりに、制作陣の本気を感じる。

 そこに服の衣擦れの感覚や、土の地面に立っているという感覚まで再現されているのだから、端的に期待以上かつ感慨無量だ。

 存在してくれてありがとう、【シードリアテイル】。

 そう、思わず心の中で感謝を告げる。

 それほどまでに、私も周囲のプレイヤーたちも間違いなく感激していた。


「いや、凄すぎねぇ? これ」

「びっくりした! 本当に触ってる感覚とかある!」

「料理とかも、これだけ匂いが分かるなら、味もかなり分かるのかも……」


 わざわざ聞こうと思っていなくとも、そんな声たちが耳に入る。

 料理の味もたしかに期待ができそうだと考えつつ、キャラクタークリエイト時にはまだ感じなかった様々な感覚を堪能する。

 さらりとゆれた金から白金へといたる色合いの横髪は、艶やかかつさらさらな触り心地で、長い耳にかけると少しだけくすぐったい。

 いわゆる初期装備である薄緑のチュニックのような服は粗い生地で、触ってみるとザラリとしたが、痛くはない。さいわい、着心地も悪くはない。

 もう少し視線を落とすと、見慣れない小さな茶色の四角いカバンが、右腰付近で革のベルトに固定されていた。わずかに重心が右側にかかっているように感じたのは、このカバンが原因らしい。

 カバンと同じく、足にはいつの間にか茶色の革のブーツをはいており、動かすとじゃりっと地面の土を踏みしめる音が鳴る。こちらは深緑のシンプルなズボンと共に、案外履き心地が良かった。

 服装の感覚を確かめた後は、ひっそりと深呼吸をしてみる。今度は樹々の緑の香りに混ざって、かすかに土の香りも分かった。

 ぐるりと周囲を改めて見回すと、ぽつぽつと樹が立ちながらも広く拓けた場所に、プレイヤーたるシードリアたちが集められているのだと気づく。

 つまり、ここがロールプレイングゲームで言うところの、物語のはじまりの地、なのだろう。

 当然、ここはエルフを生まれに選んだシードリアたちが集められた場所だ。

 ……が、あまりにも色とりどりの髪色が揺れているため、ついつい耳に視線を向けて確認してしまった。

 間違いない、エルフの耳だ。私と同じ細長い形から、古典的な葉っぱの形まで、若干形に差異はあるものの、周囲のシードリアたちは間違いなく、エルフだ。

 ほっと安堵の息が零れる音まで再現されているこのゲーム世界には、やはり驚きを隠せない。

 この驚きが、これから先どれほど積み重なっていくのだろうかと考えると、反射的に口角が上がり、笑みが顔に浮かんだ――その時だった。


『あら、お目醒めかしら?』


 周囲の喧騒に少しもかき消されることなく、そう艶やかな女声が耳に届いたのは。

 はっと、思わず前方へと視線を向ける。そこにはいつの間にか、遠くの樹々の隙間を抜け、ゆっくりとこちらへと近づいてくる姿があった。


『ようこそ、栄光なるシードリア』


 そう紡ぎ、艶やかに微笑んだのは、眩い黄金色の長髪を風にもてあそばせる、翡翠色の瞳の美女。

 いわゆるノンプレイヤーキャラクターである、美しいエルフのキャラクターだった。

 再三の驚きにより静まり返ったこの場に、彼女の声はよく響く。


『わたくしはこのエルフの里の大老のひとり、エバーリンシア。あなた達が、わたくしたちの大地を気に入ることを願っているわ』


 その言葉と共にそっと大老エバーリンシア様の手が掲げられ――刹那、鮮やかな光たちが出現した。

 いたるところから、反射的な声が上がる。それは驚き以外に、感激の響きをも宿していた。


「これが……精霊」


 事前に収集した情報と照らし合わせ、思わずそう呟く。

 一センチ大の光るガラス玉に、小さな四枚の透明な翅がついた、青、銀、茶色に輝く発光体が、ふよふよとこの場いっぱいに、一瞬にして満ちた。

 そっと右手を出すと、その掌に近くで浮いていた青色の精霊さんが留まる。

 ほんのりと感じたものは、涼しさと水の香り。

 おそらくこの子が、水の下級精霊と呼ばれる存在なのだろう。

 他にも、銀色は風の下級精霊、茶色は土の下級精霊で間違いないはずだ。

 キャラクタークリエイト時に創世の女神様が語っていた、エルフは水や風や土の属性の魔法を得意としているという説明は、このようにそれぞれの属性の精霊たちからエルフが特別好かれているように見えることと、関係があるのかもしれない。

 なにせ、掌にのった水の下級精霊さんは、くるりくるりと私の掌の上で遊んでおり、エルフの耳にはしっかりと、


『しーどりあ、しーどりあ~!』


 というなんとも幼くも愛らしい声が聞こえている。

 ――いや、正直驚くどころではない。

 精霊の声が聴こえるという神秘体験を、実体験できる日がおとずれるとは。

 何はともあれ、初対面ならばまずはあいさつだ。


「こんにちは」

『こんにちは~!』


 小さな声でささやくように告げたあいさつに、水の下級精霊さんは元気にあいさつを返してくれた。

 好奇心が抑えられず、そろりと左手の指先で動く精霊さんをつついてみる。


『きゃっきゃ! あそぶ? あそぶ~!』


 遊んでくれるらしい。つついても怒らず喜んでくれて、嬉しい限りだ。

 と、そのように戯れていると、再度大老エバーリンシア様の声が響く。


『さぁ、こちらへいらっしゃい。この先の里の中で、己の成すべきことをはじめるといいわ』


 幼子が遊ぶのをひととおり見終わった後のような眼差しと、何も目新しいことなどなかったかのような平然とした態度で、大老エバーリンシア様は背を向ける。

 事実、私たちは彼女にとっては身近に当然として存在する精霊に驚き戯れる、幼子だったことだろう。……若干、高揚感よりも気恥ずかしさがまさってきた。

 右手の掌にのっていた水の下級精霊さんもふわりと浮かび上がり、移動を開始する。それにならって、私も足を一歩、踏み出した。

 ふと、ここから本格的にはじまるのだという思いが閃く。

 私の、私ならではの冒険に満ちた、シードリアテイルでの心躍る日々が――ここからはじまるのだと。



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