三十八話 小さな師匠からの贈り物
無事に完成した銀色に煌く腕輪を左手首にはめ、改めてリリー師匠と小さな精霊のみなさんへと向き直り一礼をする。
「リリー師匠、ご教授ありがとうございます。精霊のみなさんも、褒めてくださりとても嬉しいです。――このように素敵な作品が出来上がり、楽しい時間をいただけて、ますます細工技術に興味が湧きました」
『まぁ! うれしいわ! ロストシードは失敗することもなかったから、これからはこの作業部屋を自由につかって、たくさん飾り物をつくってね!』
「ありがとうございます!」
『わ~いわ~い!』
『いっぱいつくろ~!』
『またあみあみみたい~!』
「えぇ。みなさんにもまたお見せしますね」
『わ~い!!!』
作業部屋の使用許可もいただき、小さな三色の精霊のみなさんも楽しみにしてくれているので、もろもろ他の体験を楽しんだ後は、じっくりと制作時間をとるのもいいかもしれない。
そう思いながらあたたかな心地に包まれていると、リリー師匠が得意げに語り出す。
『純性魔石は、たっくさん魔力がはいっているから、風の魔石の中の魔力がなくならないように補助してくれて、なが~く腕輪をつかいつづけられるわ! ロストシードはすごいことを思いつくのね!』
キラキラとした眼差しに、しかし若干の申し訳なさを感じてゆるく首を横に振る。
「いえ、ええっと……純性魔石をはめることを思いついたきっかけは、実はマナさんとテルさんの武器屋でうかがった付与魔法についてのお話しからでして……」
『まぁ、そうだったの? なら、あなたは武器にかけることがおおい付与魔法を、装飾品にかけようって思ったのね! たしかに、純性魔石と属性魔石の二つをはめたこの腕輪なら、かけられるわ!』
「えぇ、そうなのです。良かった……あとは付与魔法を上手にかけることができればいいのですが」
かすかに苦笑しつつ左手首に飾った腕輪を見つめながらそう告げると、小さな両手で拳をつくり、リリー師匠が蒼の瞳を煌かせて。
『ぜったいにかけられるわ!! だって、ロストシードだもの!』
そう、断言してくれる。
えっへん、と手を腰に当てる姿がなんとも可愛らしい。
褒め上手な師匠を今後も笑顔にできるように、私も修練あるのみだ。
深くうなずきを返すと、リリー師匠はまた嬉しそうに笑む。
それから、ひたと蒼の瞳を私へと注いだ。
『ロストシードが考えたように、付与魔法をかけた装飾品をつくる細工師は、王都とかとおい国にはいるみたいなの。でもこの里の中にも、それに近くの街にもいないわ! ロストシードはあなた自身の技術を、ほこっていいのよ!』
「そう、なのですね……」
真剣さをおびて響くその言葉に、どうやら私自身が思っているよりも珍しい方法で装飾品をつくったのだと、ようやく察しがついた。
……これはあくまで可能性の話しだが、もしかするとサービス開始初日につくるような代物ではなかったのかも、しれない。
なにせ、ゲーム世界では得てして、序盤の街などでは高性能の装備など、売られてはいないもの。
リリー師匠の言葉の通りであるのならば、序盤の街には付与魔法がかけられている装飾品など、下手をすると売り物として存在していないかもしれないのだ。
――ほんの少し、視線を遠くへ投げそうになってしまったのは、ご愛嬌ということにしておいてほしい。
微妙な表情をしていたのを察してか、リリー師匠が『とにかくね』と切り出す。
『きわめた技術者が素材からひきだした効果は、魔法にもおとらないのよ! ロストシードも、どんどん高みを目指していってね!』
「はい、リリー師匠」
応援の響きを乗せたその言葉には、素直にしっかりとうなずく。
装飾品と付与魔法。素材から力を引き出す細工の技術者と、魔法を扱う魔法使い。
その効能の素晴らしさが、同じほどへと至る場合もある、ということだろう。
そこまで至ることができれば、弟子として師匠に恩返しができるだろうか?
まだまだ先のことだろうけれど、また未来が楽しみになった。
それに、シードリアであるこの身はどうやら思っているよりも自由で可能性ゆたかであるらしい。
そんな私ならば、細工師としても、付与魔法を含めた魔法の使い手としても、共に高みを目指せるだろう。
ふっとうかんだ私の微笑みを見やり、リリー師匠もまたにっこりと笑みをうかべる。
それから、唐突にぽんっと小さな手がいい音を立てた。
『そうだわ! せっかくロストシードが一作目の装飾品をつくったのだもの! これは師匠としてお祝いしないといけないわ!』
「お祝い……ですか?」
祝うほどのことだろうかと首をかしげると、リリー師匠はこれまでになく真剣な表情で深く深くうなずき、告げる。
『はじめの一歩をふみだした子を、お祝いするのはとうぜんのことよ! ちょっとまっててね!』
言うが早いか、タタっと駆け出したリリー師匠は作業部屋を出ていく。
何事だろうと思いながらも、大人しく精霊のみなさんとたわむれながら待っていると、再び軽快な足音をたてながら、リリー師匠が戻ってきた。
その小さな手に、青く煌く小物が一つ。
『はいっ! 師匠から弟子への、お祝いのおくりものよ!』
「――えっ!?」
お祝いのおくりもの――つまり、初の装飾品制作成功の祝いに、プレゼントをくださると!?
予想外どころか、まったく思ってもいなかった出来事に、ただただ驚いてしまう。
差し出された小物は、バレッタ型の小さな髪留め。
青の魔石を中心に、流麗な水の流れが水色の金属で形作られている。
繊細で、それでいて水の魔法の力を必ず高めてくれると思わせる、リリー師匠の美しい装飾品だ。
見れば見るほど本当に素晴らしく、さすがにこのように素敵な作品を贈り物としてもらっていいのだろうか、むしろこちらが買ったほうが……と思わず考え込んでいると、リリー師匠が口を開く。
『これは、水の魔法の威力をたかめる髪飾りなの! 水の小さな精霊もあなたがだいすきみたいだから、きっと役に立つはずよ! それにこの髪飾り――』
すぅっと大きく息が吸い込まれ、蒼の瞳が眩く輝いた。
『ぜ~~ったい! ロストシードに似合うとおもうの!!!』
その勢いの強さに私が瞳をまたたいている間にも、小さな三色の精霊さんたちによる、リリー師匠への援護射撃が楽しげに響く。
『にあうよ~!』
『きれい~! ぼくもすき~!』
『しーどりあににあう!』
……正直なところ、小さな師匠の審美眼は、絶対にダテではない。
金から白金へといたるグラデーションのかかったこの長髪に、青の髪飾りはきっとよく似合うだろう。
そもそも、私自身普通にオシャレは好きなのだ。
ただ背に流すだけでは、美しく仕上げた髪であるだけに、もったいないとも思う。
――もっとも、それ以前にこの小さな師匠の輝く純粋な好意を、むげにすることなどできるはずがないのだが。
ふぬけていた表情に、心からの笑みを乗せて、小さな手から青いバレッタを受けとった。
「ありがとうございます、リリー師匠。大切に使わせていただきます」
『えへへ~! ロストシードなら、きっとつかいこなせるわ!』
「えぇ、必ずや」
力強く言葉を返し、横髪を両サイドから一房ずつとりわけて、後頭部でバレッタ型の髪飾りで飾り留める。
いそいそと三面鏡を持ってきてくれたリリー師匠に促され、見やった鏡の中。
キラリと煌めく青の髪飾りは、やはりとてもよく似合っていた。




