三百八十話 五十の区切りを超えた先
ラファール高山の広場のその先で、ハイアーラファールウルフたちと、夜から深夜へと時間が移り変わるまで戦闘を繰り広げたのち。
「は~~戦った戦った!!」
そう、満足気に伸びをしたウルさんの一声を合図に、今回のレベル上げは、切りよく終わりを告げた。
少しお疲れな様子のアネモスさん、まだまだ元気なウルさん、そして私と同じくあまり変化のないテトさん。
お三方と一緒に下山し、トリアの街の中央広場まで帰ってきたところで、パーティーを解除する。
「今回も、レベル上げのお声がけをありがとうございました。ぜひ、また一緒に遊んでくださいね」
また素敵なレベル上げの機会をくださったお三方に、しっかりと感謝をお伝えすると、お三方共から笑顔が返ってきた。
「もちろん! こちらこそありがとう、ロストシード!」
「おうっ! 今日も助かったぜ!」
「また遊ぼうね、ロスト」
「はい!」
それぞれの言葉にこちらも笑顔を返して、上品なエルフ式の一礼を捧げてから、穏やかにお三方と別れて、職人通りへ。
闇色に沈む静かな通路を進み、賢人の宿へ戻ってくると、お借りしている宿部屋に入り込み、窓辺の椅子へ腰をおろして、深呼吸を一つ。
さて、と表情を真剣なものに改め、少しだけ意図的に沈黙の時間をつくる。
片手を口元にそえ、少々気になっていたことについて、考えを巡らせていく。
今回のお三方とのパーティー戦では、道中でも狩り場でも、かなりの数の魔物たちと戦ったことは間違いない。
となれば、必然的にレベル五十から、一つや二つはレベルが上がっていても、おかしくはないはずだ。
――そう、思っていたのだけれど。
サッと、灰色の石盤を出現させ、基礎情報のページを開いて……思わず、口元を引き結んだ。
[ロストシード]と名前が刻まれた、その下。
記されたレベルは――五十のまま、一つも上がっていなかった。
いや、実際はこうして確認するまでもなく、分かっていたことではある。
なにせ、今回のお三方との戦闘中、リンゴーンと響くはずであったレベルアップを示す鐘の音が、一度も鳴らなかったのだから。
レベルアップの鐘の音が鳴っていないのだから、レベルが上がっていないのは当然のことだと、そうは思う。
それはそれとして、だ。
――これはいったいどういうことだろう? と疑問に思うこともまた、しごく当然の感情と言えるだろう。
すぅっと緑の瞳を細めて、石盤を見つめる。
……さすがに、石盤の表記がおかしくなってしまった、と言う可能性は、限りなくゼロに近いはずだ。
であれば、この事態の原因、あるいは謎の答えは、他にある。
片手を口元にそえたまま、ふぅむとうなりつつ、考えをまとめていく。
ふわふわと、小さな四色の精霊さんたちも、石盤のそばへと下りて来てくれた。
「……きわめて単純に考えますと。
純粋に、レベル五十以降のレベルを上げるために必要な経験値量が、とても多くなっている、と言う原因を思いつくのですが……」
ちらり、と小さな四色の精霊さんたちを、見てみる。
このように私が悩んでいる時は、いつも必ず何らかのヒントや答えそのものを、教えてくださるから。
もしかすると、今回の謎の答えも、精霊さんたちは知っているかもしれない。
そう思った私の考えは――やはり、当たっていた。
『うんっ! ごじゅうからは、いっぱいまものをたおさないと、れべるあがらないよ~!』
「やはりそうでしたか! 教えてくださり、ありがとうございます」
『どういたしまして~!』
くるり、と眼前で一回転した、小さな水の精霊さんが教えてくださった答えに、ようやく口元に微笑みをうかべなおして、お礼を紡ぐ。
ご機嫌に青色の光をぽわっと強めた、小さな水の精霊さんは、他の三色のみなさんに『いいこ~!!!』と言われつつ撫でられて、さらにご自身の色を輝かせる。
四色の精霊さんたちの可愛すぎるたわむれを眺めながら、疑問の答えが分かったのであればと、石盤のページを切り替えた。
新しく開いたのは、語り板のページ。
レベル五十以降の必要経験値量が、どうやら明らかに増えているらしい件について――語り板でも、何か情報がないか調べてみよう!
『かたりばんだ~~!!!!』
「はい。こちらでも少し、情報を調べてみようかと」
『じょうほうしゅうしゅう~~!!!!』
「えぇ」
小さな精霊さんたちは、すっかり語り板や情報収集のことも、憶えたようだ。
軽く説明をしつつ、[レベル五十]の文字をふくむ語り板を、次々と調べていく。
数は決して多くはなく、かつそのほとんどが、おそらくは攻略系のかたが書いているとおぼしきもので、内容はやはり[五十からレベルが上がらない]と言ったものがしめているようだった。
攻略系のかたが、どうしてレベルが上がらないのか、と言う部分で悩んでいらっしゃるということは……真新しい内容は、残念ながらないか、あっても少ないかもしれない。
見知らぬ情報がないかと探し、やがて見つけたのは、[ネタバレあり]の注意書きがある語り板。
今回は、このネタバレにふくまれるだろう答えを、少なくとも一つはすでに知っているので、と気にせず開く。
しかし書かれていたのは、私が小さな水の精霊さんから教えていただいた情報と、同じ情報だった。
[理由は不明ですが、レベル五十から先は、レベルを上げるために必要な経験値量がかなり多くなっているようです]
そうつづられていた内容を、静かに見つめながら。
レベル五十は――ある種の区切りにあたるのだろうと、思い至った。
それは、単純に語るのであれば、必要な経験値量が変化する区切り。
もう一歩踏み込むのであれば、より多くの魔物を倒すことができることを示す区切り、か。
あるいは、他の何かの区切りなのかもしれない。
この区切りが、強者の証なのか、それともこの区切りを超えた先に、何かがあるのか。
それさえも今はまだ、分からないけれど。
レベル五十から先が、どうしてたくさんの魔物を倒し、経験値を多く取得する必要があるのか。
残るその謎は……きっと、これからの冒険の中で、見つけて行くものなのだろう。
ふっと、微笑みがうかぶ。
鏡を見なくても分かるほどに、強い好奇心を宿した、楽しげな笑み。
このような笑みが口元にうかぶのも、仕方がないと言うものだ。
これからもつづく冒険の中で、残る謎を見つけて行く。
その冒険をさして――人は、ロマンと呼ぶのだから!!




