三百七十九話 突風と小鳥たちとの攻防戦
※戦闘描写あり!
夜の時間のおとずれと共に、ちょうど倒し終わったハイアーラファールウルフたちの素材を拾い上げて、前方を見やる。
ビュオウ――と音を立てて吹きつける突風に、低い背丈の草が横に倒れる勢いで葉や茎をゆらしていた。
ここに来るまでも、少しずつ風が強くなっているなぁ……とは感じていたのだが。
――どうやらこの先は、以前小さな精霊さんたちが教えてくださった通り、魔物たちだけではなく、突風にも気をつける必要があるようだ。
「すごい風だね」
「えぇ。……少々、気をつけたほうが良いかもしれません」
「うん。そうしようか」
横に並んだテトさんと、そう言葉を交わし合い、アネモスさんとウルさんにも声をかけつつ、もしかすると山頂が近いのかもしれないと語り合いながら、砂利道を登っていく。
見回してみたところ、いよいよこの先からは、ハイアーラファールウルフたちさえよりつかないらしく、大きな銀色の姿がない前方の砂利道には、時折吹く突風だけが立ちふさがっているように見えた。
たしか、あの大銀狼の魔物たちの毛皮が、防風のマントやローブの素材になるはずなのだが……その点だけは、少しばかり不思議に思う。
とは言え、以前読んだ魔物図鑑には、この強風が吹く場所の先で現れる魔物の情報も載っていたため、油断してはいけない。
ビュオウッと吹く突風に押される身体の動きを、全員でしっかりとたえ、焦らずゆっくりと歩みを進める。
最初こそ、ぴたっと私やテトさんの頭や肩にくっつく小さな精霊さんたちが、飛ばされてしまうのではないかと心配をしたものの、むしろ風で乱れた髪を整えてくださる余裕があることが分かり、安心して感謝を紡ぐ。
「ありがとうございます」
「ん?」
「あぁ、えぇっと。小さな精霊のみなさんが、乱れた髪を整えてくださっていまして。そのお礼を」
「あ~! だからきれいになっていってるんだな!」
「えぇ」
私が小さな四色の精霊さんたちへと告げた言葉に、不思議そうな顔をして振り返ったアネモスさんとウルさんに、簡単に説明をする。
やはり、精霊のみなさんを見ることができない、人間族であるお二方にとっては、こういった状況では何が起こっているのか、分からないのだろう。
少しばかり、この違いが惜しいと感じていると、一歩前にいるお二人が顔を見合わせて、ニカッと笑む。
「俺たちもエルフを選べば、髪を直してもらえたかも」
「今、オレもそう思った!」
「変……面白い選びかただと、ボクは思うよ、うん」
「今、変な選びかたって言おうとしただろ~!」
「気のせい気のせい」
自然と会話にまざったテトさんもふくめて、実に気兼ねなくテンポの良い会話に、つい口元の笑みを深めて聴き入る。
私のささやかな種族差の心配など、まったくもって必要なかった。
以前にお逢いした時から、お三方がさらに仲を深めた様子がうかがえて、胸がほかほかとあたたかくなる。
「でもホント、よく飛ばされなかったよねってくらいの強風だね」
「えぇ、本当に。テトさんも妖精族ですから、やはり身軽なのですよね?」
「うん。小柄なぶん、ロストよりも軽いと思うよ」
「なるほど……本当に飛んでしまいそうですね?」
「ちょっとだけ、ホントに飛ぶかと思った」
「ですよね……!」
『ううん! とばないよ!』
『まもるよ~!』
テトさんが、私へも振ってくださった話題にお応えすると、小さなお互いの風の精霊さんたちも会話に加わり、そう頼もしい言葉を響かせてくださった。
精霊さんたちがたしかな力を宿していることを知っている、妖精族として――テトさんと二人、お互いの風の精霊さんにしっかりと笑顔を返す。
次いで、またもや吹いてきた強風に、足に力を入れた、刹那。
はるか上空で反応した、スキル《存在感知》に、ハッと夜空を見上げる。
感知したのは、小さな空飛ぶ複数の魔物。
おそらくは……魔物図鑑に書かれていた、銀色の小鳥の魔物、ラファールスモールバードの群れのはず。
――そう認識した、瞬間だった。
「前へっ!」
そう緊迫した声で告げた私の言葉に、お三方が素早く反応して、前方へと駆けてくださった直後。
頭上から、複数の風の刃が飛来し、もともとアネモスさんとウルさんがいた場所の砂利を吹き飛ばした!
唯一場に留まっていた私のもとまで、小粒の石が弾かれて飛んできたが、それ自体は左手の銀輪に付与している風の盾で防ぐことができる。
本当に危険なのは、この小石ではなく……まだ空で旋回し、私たちを狙っている小鳥の魔物のほうだ。
「ロストシード!」
「大丈夫です! ただ、空の魔物たちを倒さない限りは、この先へ登ることは難しいかと!」
「えっ!?」
「マジかぁ!?」
「あっ、なるほど」
前方へと駆け、無事に風の刃を避けてくださっていたお三方に、私は大丈夫だと伝えつつも、問題点を叫ぶ。
すぐさま納得してくださったテトさんは、問題点に気づいてくださったようだ。
そう……今回の問題点は、いたって単純なもの。
空から飛んでくる魔物の攻撃に対抗する手段と、空にいる魔物を倒す手段。
この二つの手段を持っている人が、あの空舞う小鳥の魔物たちと、戦う資格を持つと言っても過言ではないのだが。
この資格を持っているのは、おそらく。
私たち四人のパーティーの中では……私とテトさんの二人だけだろう、という点が、問題なのだ。
「あ!? そうか! ウル!!」
「あ~~っ!? オレたちの攻撃って、空にまで届くのか!?」
「たぶん無理だ!!」
……ですよね。
もしかすると、アネモスさんの振るった剣から風の刃を放つ魔法なら、あるいはとも思ったけれども。
当のご本人が難しいと感じているのならば、やはり事実難しいのだろう。
「まぁ……空に飛ばせたとしても、当たらないと意味ないしね」
「だ、だよね」
「だよなぁ!?」
……えぇ、まぁ。
テトさんのおっしゃる通りかと。
銀と金と浅緑の瞳が、私へと注がれる。
その視線に苦笑をしつつ、そっと首を横に振って、この先に進むことは厳しいだろうと言う私の意見を返した。
「て、撤収!」
「くっそ~~! ここまで来たのに~~っ!!」
「残念だったね」
こちらへと駆け寄ってくるお三方と合流しつつ、ひとまずと空へ向けて放った〈オリジナル:麻痺放つ迅速の並行雷矢〉と行き違いに、風の刃が降ってくる。
「危ない!?」
「どわぁっ!?」
「わぉ」
「おっと!」
そろって駆け降りることで攻撃を避け、しかし吹いてきた強風にはさすがに足を止めてやり過ごす。
《存在感知》で調べる限り、とりあえず十数羽は飛ばした雷の矢で倒すことができたようだが……追撃は、まだつづくだろう。
案の定、突風とラファールスモールバードとの攻防戦を繰り広げながら、なんとか強風が途絶える場所までくだり、全員で安堵の吐息をつく。
それでも、そうそうに引き上げる結果になったことが、少々悔しかったのだろう。
戦意に満ち満ちたウルさんを筆頭に、アネモスさんもテトさんも、近くに姿を現したハイアーラファールウルフたちを見つけたとたんに、駆け出して戦闘をはじめてしまった。
怒涛の勢いで容赦なく、大銀狼の魔物たちを倒していくお三方の後ろから、オリジナルの攻撃魔法や回復魔法を放つことで、戦いを支援しながら。
これはこれで、本来の目的であるレベル上げがはかどるので、好いのだろうなと思った。




