三百七十四話 売れ筋と新しい魔物の情報
窓から射し込む陽射しが、朝から昼のものへと変わったところで、作業を切り上げる。
片づけをして、トリアの街の職人ギルドを出ると、大通りを進んで中央の噴水広場へと歩みより――パルの街へ、転送!
つくった装飾品や、商品用にできるポーションを、商人ギルドのフィードさんにお届けするために戻ってきたパルの街は、またずいぶんとにぎわっていた。
「イベント効果、と言ったところでしょうか」
『しーどりあ、いっぱい!!!!』
「えぇ。みなさんもきっと、創世の女神様の願いに応えていらっしゃるのだと思います」
『おぉ~~っ!!!!』
肩と頭の上で楽しげにぽよぽよと跳ねる、小さな四色の精霊さんたちに微笑み、最初の噴水広場から商人ギルドへと向かう。
大通りは少し前よりも人々であふれ、ぶつかってしまわないように少々気をつかいながら、商人ギルドの室内へと入り込む。
予想通り、商人ギルドの中もまた多くの人々が行き交っていて、床にまで置かれた商品の数も、以前より多く見えた。
まるで冒険者ギルドの受付のように……とまで言うと、言い過ぎにはなるものの、受付に連なる短い列の最後尾に並び、順番を待つ。
手前に並んでいた人々は、いつもの受付にいらっしゃるフィードさんと一言二言交わすと、フィードさんの後ろに待機している職員のかたがたに連れられて、商談用の小部屋へ次々に入っていった。
結果的に、思ったよりもずいぶんとはやくにたどり着いたいつもの受付で、フィードさんと丁寧に一礼を交わしたのち。
『ロストシード様は、私が』
何やら後ろの職員さんたちへ、そう簡潔に告げたフィードさんじきじきの導きで、商談用の小部屋へと案内していただく。
……これはおそらく、フィードさんが私の担当だから、と言う認識で良いのだろう。
たぶんきっと、他意はないはず。
若干心配になってきたものの、普段より少ない数での商談にも、フィードさんは普段通りの対応をしてくださり、内心安堵する。
「――それでは、今回もどうぞ、よろしくお願いいたします」
『たしかに、承りました。……ところで、これはただの世間話なのですが』
「はい……?」
そっと銀縁のメガネを押し上げ、綺麗に微笑むフィードさんに、どうにもデジャブを感じるのだが。
これは気のせい……。
『最近は、魔力回復ポーションが、とても順調に、よく売れているようですよ。
あぁ‥…これは言うまでもないほど、当然のことですが。
もちろん、ロストシード様のポーションも、たいへんよく売れております』
――気のせいでは、ないようだ。
これが以前、アトリエ【紡ぎ人】のお仲間であるナノさんが教えてくださった、フィードさんの耳寄り情報、というものなのだろう。
……それはそれとして、ぜひ魔力ポーションをたくさん届けに来てくださいね、と言われているような気が、とてもするのだけれど!
「そ、そうでしたか……ありがたい限りです! えぇっと、私もつくる余裕ができた時は、魔力回復ポーションを多めにつくって、こちらに持って来ても……?」
『――ぜひに』
実にイイ笑顔のフィードさんを目の前にして、やはり彼の商人としての意図は、決してただの世間話や、お得な情報提供にとどまるものではなかったと、確信した。
改めて、銀の商人さんの手腕に感心しつつ、しっかりと今の売れ筋を教えていただけたことへの感謝も忘れない。
丁寧な返答と一礼をして、フィードさんとの商談を終え、商人ギルドを後にした。
大通りへと出た後、次はどうしようかと考えながら視線を巡らせ、中央の噴水広場のほうを見やる。
閃きは、一瞬だった。
なにせパルの街には――書館がある!
「お次は……情報収集、ですかね」
『じょうほう、だいじ~~!!!!』
「おっしゃる通りです。それでは、書館へまいりましょう」
『はぁ~~い!!!!』
小さな四色の精霊さんたちと言葉を交わし、迷わず大通りに靴音を響かせていく。
今回、収集する情報は――浮遊大地で戦った、あの既知の先の魔物たちのこと。
まだあいまいにしか姿の分からないあの魔物たちの情報が、魔物図鑑に新しく載っていないか。
それを、確認してみよう!
たどり着いた書館の中へ入ると、さっそく魔物図鑑を本棚から引き抜き、机に着いて表紙を開く。
意識して手でめくるのではなく、お馴染みのスキル《瞬間記憶》にまかせて、勝手にペラペラとめくれていくページを見送り……そして。
――情報、発見!
「これですね」
思わず小さくつぶやき、今度は意識して情報が載っているページを開くと、肩と頭の上に乗る四色の精霊さんたちも、無言でふよふよと本のそばへとおりてきた。
好奇心に口角を上げ、小さなみなさんと一緒に、すでに記憶としては頭に入っている、発見した情報へと改めて目を通す。
魔物図鑑に新しく追加されていた魔物は、四種類。
その内二種類は、浮遊大地のさらなる奥地へ行く決意をするきっかけとなった、苦戦をしなかった穢れに染まった魔物たち。
そして残りに二種類は、奥地にいたあの爆走ニワトリと、巨大兎の魔物だった。
おそらくこの四種類の魔物たちは、すでに行くことの出来る、次の街の周辺フィールドにいるのだろう。
苦戦をしなかった魔物たちの内、かろうじて狼姿だと気づき、突然生えてきた土の杭の攻撃を避けながら戦った魔物の名は、ハイアーアースウルフ。
濃い茶色の毛並みの狼姿の魔物で、あのエルフの里の森にいた、アースウルフの上位種のようだ。
もう一種類は、戦うことさえなく群れの間を通りすぎた、草にまぎれる緑色の毛並みをもつ兎姿の魔物、グラスラビット。
数匹から十数匹の群れで行動し、針のような鋭い葉を一気に数本飛ばす、緑属性の魔法を使ってくるらしい。
攻撃として放たれる葉に触れると、弱毒の状態異常になるため、実際に戦う際はこの点に気をつけたほうが良いのだろう。
そして、残りの二種類の魔物たちだが……。
図鑑の絵を見る限り、爆走ニワトリはなんと、実際には緑色の羽毛を持つ、小型のヒクイドリのような見た目だった!
爆走ニワトリ改め、爆走ヒクイドリの正式な名前は、グラスノンバードと言うらしい。
やはり爆走突進攻撃が唯一の攻撃であり、アレを避けることさえ、あるいは防ぐことさえできれば、どうやら近くの街の人々でも、倒すことができるようだ。
……それはそれで、ずいぶんとしたたかだとも思うのだが。
もう一種の、巨大兎の魔物は、艶やかな茶色の毛並みを持つ、ラージグランドラビットと言うらしい。
土属性の魔法を使う魔物で、認識通り、大穴をあける攻撃と半円状の土壁の防御を使うと書かれていた。
この魔物の影響で、たまに街道にまで大穴があくこともあるのだとか。
……なんとも困った兎さんだ。
――それにしても。
今回見つけた情報は、あの苦戦した魔物たちのほんの一部の情報だけで、結局それ以上のことは何も分からないまま、と言う結果になったわけだが。
これに関しては、さすがに今の段階では、あの苛烈な戦いで相対したすべての魔物たちの情報が追加されているはずもなかったか、と小さく笑みを零す。
とは言え、これはある意味では、もう一つの情報を得たとも言えるだろう。
それは、あの浮遊大地で戦った、穢れに染まる魔物たちの多くが本来、すでに私がたどり着くことの出来るフィールドの、さらにその先の地にいるということ。
であれば、未知なる魔物たちと地上で交戦する日は、もう少し後になるかもしれない。
あるいは――思いのほかあっさりと、先の地に到達して、戦うことができるかもしれないけれど。




