三百七十三話 その敗北さえ糧にして
未知なる魔物たちの強さを痛感して、戦略的撤退を選び、以前より少しだけ進んだ地点で戦っていると、隣に射し込んでいた薄青の光が、眩く白に近い金光へと移り変わった。
朝の時間のおとずれを迎え、ちょうど戦闘の合間に小さな闇の精霊さんとまたねを交わして、闇色の姿がぱっと消えるのを見送る。
その後は、再度範囲魔法を周囲の魔物たちへと放つ間もなく、蒼光に導かれ――トリアの街の神殿の、白亜の宿部屋へと戻って来た。
「さ、さすがに……なかなかたいへんな戦闘でしたね」
〈フィ・ロンド〉を解除しつつ、気分的に額をぬぐって呟きを零す。
頭の中にうかぶのは、強き魔物たちに全方位から、いっせいに攻撃をされた時の、まだ真新しい記憶。
……これから先、あのような数と一気に戦うことはさすがに稀だとは、思う。
しかしそれでも、いずれあの魔物たちとは、戦う日が来るのだろう。
『おくのまものたち、こわかった~!』
『すっごく、つよかった~!』
『いっぱいこわいの、いた~!』
『ぼくたちのまほう、よわくないのによわかった!』
頭上から眼前へとおりてきた、小さな四色の精霊さんたちも、ゆらゆらと左右に不安げにゆれながら、口々に声を上げる。
幼げな声音が少しだけ沈んで聴こえるのは、きっと気のせいではないのだろう。
みなさんの言葉に一つうなずき、口を開く。
「えぇ。私のオリジナル魔法も、みなさんの精霊魔法も、決して弱くはないはずなのですが……まだ、あの魔物たちには通用しないと、思い知ることになりましたね」
『うん……』
とたんに、しょんぼりとした雰囲気になった精霊さんたちを、そっと両の掌で胸元へといざない、ゆったりとソファに腰かける。
掌の上に乗っていたみなさんを膝の上におろして、順番に指先でよしよしと優しく撫でると、それぞれの色の光が少しだけ強くなった。
可愛らしい精霊のみなさんを気落ちさせてしまうのは、当然私の本意ではない。
ふわりとうかべた微笑みを注ぎ、みなさんへと優しく紡ぐ。
「大丈夫ですよ、みなさん。
今回の敗北によって私たちは、まだまだ高みを目指すことが出来るのだと、そう学ぶことができました。であれば、この後は強くなってゆくだけで好いのです。
今までと、何も変わりませんよ」
やわらかな声音でそうお伝えすると、自らの色を一度またたかせた精霊さんたちは、次いでぽよっと膝の上で元気に跳ねた。
『うん、わかった!!!! しーどりあといっしょに、つよくなる!!!!』
「えぇ! 一緒に強くなっていきましょうね」
『うんっ!!!!』
明るくなった幼げな声音に、内心で安堵しつつ、満面の笑みを返す。
実際に言葉通り、私のレベルが上がることで、小さな精霊さんたちも一緒に強くなって行くのだ。
今後も特別、私たちの進みかた――【シードリアテイル】での冒険の仕方が、変わることはないだろう。
それに、なにも先の穢れに染まる魔物たちとの戦いで、ただただ負けて、一つの収穫もなく逃げ帰って来たわけではない。
自然と上がった口角をそのままに、そのことを小さな四色の精霊さんたちへと語る。
「それから……今回の敗北は、たしかに私たちにとって、まだまだ力不足を痛感するものではありましたが。
――それはそれとして、これから先に戦う強い魔物たちの戦いかた、という情報は、しっかり得ていますからね!
次に戦う際には、もう何も知らない無知な私たちではありませんよ!」
『おぉ~~!!!!』
……つい、勢いあまって、拳を握り込んでしまったのは、ご愛嬌と言うことで。
事実、それぞれ戦った魔物たちの動き、攻撃方法、防御方法などは、苛烈で印象的な戦闘だったからこそ、より鮮明に記憶している。
例えば、爆走ニワトリ。
あの魔物は、その速度とおそらく当たった際の威力こそ、警戒する必要があるものの、ラファール高山の銀牡鹿の魔物、ラファールディアー同様に、それ以外の戦闘方法を使ってくることはなかった。
であれば、反撃は簡単だろう。
例えば、巨大兎。
あの魔物は、一見して大きな姿に驚き警戒したが、あの巨体が大きく動くようなことはなかった。
対処する必要があるのは、大穴を足下にあけてくる攻撃と、半円状の土壁を使った防御壁を展開する、土属性の魔法のみ。
一種類の属性魔法だけを使ってくるのであれば、こちらも対策を考えればいいのだ。
他の魔物たちも、複数の属性魔法を攻撃に使う厄介さや、攻撃魔法の強さ、数の厄介さなど、戦う際の問題点はしっかりと憶えている。
後は対策を考え、魔法やスキルなどの必要な力や技を習得し、それらを使いこなすことが出来るように訓練を重ねることで、きっと勝利の道が見えてくるはず。
――それでも難しい、という場面があるのならば、それこそこの大規模戦闘では特効攻撃となる、浄化魔法や星魔法の出番だ。
「……出来る限り、今回の大規模戦闘でも再戦して勝てるよう、精進することは前提としまして――ひとまず、休息もゆっくり楽しみましょう」
『おやすみも、だいじ~~!!!!』
「えぇ。おっしゃる通りかと」
前提となる決定事項を呟き、内心ではいざとなれば特効攻撃連発の力押し戦法も使おう、と選択肢に加えつつ、やはり休息は大切だと感じてそう紡ぐ。
ぽよぽよと膝の上で跳ねる、小さな四色の精霊さんたちの言葉に肯定を返し、再び両手ですくいあげて、ひとまずはと宿部屋を出る。
肩と頭の上の定位置に戻ったみなさんと共に、神殿からも出ると、朝の陽光を浴びながら大通りを歩いて、職人ギルドへ。
ギルド内でポーションの素材と、ついでに細工の素材を買い、ふと目に入った奥の作業部屋へとつづく扉を見て、閃く。
すぐさま、この後の予定を、気分転換も兼ねつつ、久しぶりに職人ギルド内の作業部屋にて、ポーションと装飾品づくりをまったりと楽しむことに決定!
穏やかに流れる、作業時間が終わった後は……いつもよりは少ない数だが、商品をパルの街の商人ギルドへ、持って行こう!




