三十六話 装飾品は星のごとく
クインさんに感謝を告げて優雅に別れ、再び土道へ戻る。
時刻はすでに朝から昼へと移り、空は照りつける陽光をさらに輝かせて、眩い木漏れ日を降り注がせていた。
小さな三色の精霊のみなさんを肩と頭に乗せ、次に向かうのはリリー師匠の装飾品店。
――前回保留にした細工技術の教えを、今度こそ受けよう!
煌びやかな店内へ足を踏み入れると、数人のシードリアたちが綺麗に飾られた装飾品を見ていた。
美しいリリー師匠作の装飾品に、各々の瞳が煌いている。
いくつかその瞳がこちらに向けられたので、微笑みながら軽く会釈をすると、それぞれの形で返礼してくれた。
微笑みを深めながら店内をさっと見回すと、入り口から見て左側の壁に近い場所で、シードリアの女性に接客をしているリリー師匠の姿を見つける。
変わらない元気な笑顔でのやりとりが聞こえ、ほっこりと心があたたかくなった。
自然にゆるむ頬を気合いで整えつつ、ちょうど空いていた首飾りや髪飾りが並べられている展示机へと歩みより、視線を注ぐ。
雫型の青い魔石を飾った首飾りに、蔦をモチーフにした髪飾り……どれも綺麗で美しく、宝石のように煌いている。
と、やや離れた場所で『あ!』と上がったリリー師匠の声音を耳が拾い、何事かと振り向く。
見やった視線の先では、後頭部で結った黄緑色の長髪を跳ねさせて、リリー師匠がこちらへと走って来ていた。
『ロストシード!! いらっしゃ~い!!』
「おっと!」
小さな身体が突撃する勢いで目の前へ迫り、慌てて一歩足を下げる。
それに気づいたのか、ぱっと交わった蒼の瞳が大きく見開かれた。
『まぁ! ごめんなさい! 弟子にあえたのがうれしくて、つい!』
純粋な言葉に、驚きが嬉しさへ転じる。
自然と手が伸びて口元にそうと、喜びの小さな笑みが零れた。
「ふふっ。いえ、大丈夫ですよ。私もリリー師匠にお会いできて、嬉しいですから」
『そう? よかったぁ~!』
そう告げ、照れたような笑顔を見せる小さな師匠は、本当に可愛らしい。
――例えるなら、孫娘を見る祖父母の気持ちが、このような感じなのではなかろうか。
実際のところは、生まれたばかりのシードリアが、年長者の近所のお姉さんに可愛がって貰っている、という構図のほうが正しいのだろうけれど。
そんなことを考えていると、リリー師匠がコテンと小首をかしげた。
『今日はお買いもの? それとも……作業、してみる?』
蒼いつぶらな瞳を煌かせての問いかけに、答える言葉は決まっている。
そっと背筋を伸ばし、左手を右胸にそえて。
「はい。本日こそは――作業を」
深く、微笑んでみせる。
リリー師匠の蒼い瞳が、キラリと輝いた。
私の言葉にうんうんと嬉しげにうなずくと、言葉を紡ぐ。
『あのね! まずはね、どんな形にするのかを、あたしの作品たちを見て参考にしながら、かんがえてみてほしいの!』
なるほど、たしかに事前に作るもののイメージを固めておくことは、きっと大切なことなのだろう。
こちらもうなずきを返し、軽く問いかける。
「分かりました。じっくり拝見しても?」
『もちろんよ!』
満面の笑顔をみせるリリー師匠に、私まで嬉しくなり、お互いに笑顔を咲かし合う。
再び接客に戻るリリー師匠を見送り、腕輪が飾られているところへと移動すると、三色の精霊のみなさんと一緒にそれらをじっくりと観察してみる。
魔石一つを飾り、それを小さな蔓が包むように形作られたものや、小さな複数の魔石を輪にそわせて細やかに飾ったもの。
そのどれもが煌き、大老様たちからほめられた、と語っていた言葉にも改めて納得する。
リリー師匠のつくった飾りは、右手につけているマナさんの手飾りよりもさらに繊細な美があり、魔石を目立たせるように見せた細やかな飾りの細工は見事の一言だ。
それはまるで、夜空を飾る星々のごとく、そこになければ味気ないとさえ思わせる綺麗さと魅力を秘めている――少なくとも私には、そのように感じた。
『ぜんぶきれい!』
「そうなのですよねぇ……リリー師匠の作品は、どれも本当に素晴らしくて、目移りしてしまいます」
率直な小さな土の精霊さんの意見に深く同意しつつ、では私はどのような作品に仕上げたいのかと、そう考えてみる。
昨日リリー師匠に導かれ魔導晶石でつくった、腕輪の原型。
私の第一作目は、あの腕にはめられる大きさの輪を使って仕上げようか、とその際にリリー師匠は言っていた。
だからこそこうして腕輪を見に来たのだが、リリー師匠の作品は当然どれもが匠の傑作。
……正直なところ、参考にしようにもこれらは美しすぎる。
口元に手をそえ、うなりこそしないが、悩ましさに眉根をよせた。
同じものを今すぐ作ることなど、さすがにリリー師匠も考えてはいないはずだ。そもそも、匠の技をもってつくられた作品を、初心者が制作できるなどあり得ない。
であれば、今の私に使える技術をもって作成可能なものをイメージしなければ。
つらつらと考えながら、例えば繊細な蔓や蔦模様は形作れずとも、糸で編み込みをするような形状ならば可能かもしれない、と閃く。
ついでに、武器屋のマナさんとテルさんが教えてくれた魔石の話なども思い出す。
純性魔石は魔力に直接関与できるから、手飾りの付与魔法に使われており、それ以外にも、魔力の外部補助としての役割がある。
属性魔石は、装飾品などに用いられ、その属性の魔法の威力を高める効果をもっている、らしい。
ちらりと、口元にそえていた右手に煌く手飾りを見やる。
飾られた純性魔石にマナさんが付与しているような、高度な付与魔法は私にはまだ使うことはできない。
しかし、もっと簡単な魔法を付与することならば、できるはずだ。
物に付与する意識をして付与魔法をかける、という方法をすでに教えて貰っているのだから。
――方針は、見えた。
ふっとうかんだ微笑みをそのままに、店内を見回す。
他のシードリアたちはいつの間にか買い物をすませたのか、残るはあと一人だけ。その一人も、すでに出入り口へと向かっていた。
その様子を、手を振りながら見送るリリー師匠と一緒に見つめてから、お互いの視線を交し合う。
トコトコと近づいてきたリリー師匠は、再び可愛らしく小首をかしげた。
『つくりたいものは、思いうかんだ?』
「――えぇ」
好奇心を宿した問いに、優雅にうなずいてみせる。
微笑みを深め、小さな師匠に言葉を紡いだ。
「はじめましょう、リリー師匠」
『まぁ! わかったわ、ロストシード!』
さぁ――この手で唯一の作品をつくりあげよう!




