三百六十三話 ひと時、健闘を称え合いて
浮遊大陸にて、鮮やかなる共闘を楽しませてくださったシルラスさんが、強制送還されるのを見送った後も、しっかり一時間になるまで戦い切ったのち。
蒼い光に導かれて、地上の宿部屋へと戻ってきた。
窓から見た夜空は、すでに深夜を示す漆黒に銀点の星を散りばめた美しい星空で、つられるように窓辺の椅子に腰を下ろして吐息をつく。
〈フィ・ロンド〉を解除して、小さな四色の精霊さんたちが肩と頭の上へとおり立つのに微笑みながら、思い立って灰色の石盤を出現させる。
サロン【ユグドラシルのお茶会】のお仲間、その全員の名前が刻まれたページから、シルラスさんの名前を選び、名前の下に端的に記された現在の状況を視線でなぞった。
[ログイン中 イベント不参加状態 現在地はパルの街]
そう記された文字に、にこりと笑みを咲かせる。
この現在の状況の表示は、昨今のゲームでは没入ゲームに関わらず、いろいろ細かい設定から選ぶことができるものが多い。
それはこの【シードリアテイル】も例外ではなく、ログイン中かログアウトしているか、という最低限の情報のみを開示することもできるし、もっと細かい情報や、常に現在地を示すこともできると、公式の情報にも書かれていた。
分かりやすい情報を表示してくださっているシルラスさんに感謝しつつ、念じて新しく開いたページは、このページからも送ることができるメッセージのページ、ではなく。
石盤へと鏡のように映した姿を、通信を繋いだ相手へと送り合うことのできる、いわゆる簡易型画面通信のページ。
たしかふた昔前の、動画通話という通信形態から技術の進歩によってつくられたもので、現在では少々古い技術ではあるものの、まだまだ手軽な便利さゆえに特にこういったゲーム内では健在の通信手段だ。
今回このページを開いたのは、他でもない。
さきほどの共闘について――シルラスさんと、熱く語り合うためだ!!
存分に語り合うためには、やはりメッセージの文字だけのやり取りではなく、石盤越しにはなるものの、顔と声も使ったほうが楽しいだろうと思った、とも言う。
『なになに~~????』
「これから、石盤越しにシルラスさんとお話ができれば、と思いまして。
ご都合がよろしければいいのですが……」
『わくわく!!!!』
疑問の声を紡ぎ、いつもの石盤とは異なる、縁のみ枠として残した見慣れない半透明な石盤へと、ふよふよと近寄って来た四色の精霊さんたちに、軽く説明を語る。
とたんにわくわくになったみなさんの可愛らしさに癒されながら、通信願いをシルラスさんへと送り……三拍ののち。
半透明だった枠の内側に、ぱっとシルラスさんのお顔が映った。
きっとあちらにも、私の顔から肩付近までの姿が、映っていることだろう。
上品に会釈をしてから、笑顔で口を開く。
「通信のご許可、ありがとうございます、シルラスさん」
「いや、私もちょうど、兄君と通信しようと考えていたところだった」
「そうなのですか?」
私の紡いだ言葉に、そう返事をくださったシルラスさんは、常の凛々しい表情のまま、しかしかすかにその切れ長の薄緑の瞳と口元をなごませて、一つうなずいた。
「あぁ。――さきの共闘の礼を、伝えたいと思っていたからな」
「おや! 実は私も、さきほどの共闘がとても楽しく、有意義に感じまして。
そのお礼と共闘の際に感じたことを、シルラスさんにぜひお伝えしたいと思い、通信を繋がせていただきました」
まさか、シルラスさんも私に共闘のお礼を伝えてくださるおつもりだったとは!
幼げなステラさんのことを、気にかけてくださっていた時から思っていたことではあったが……本当に、シルラスさんは親身なかただ。
ついつい嬉しさで微笑みを深めながら紡ぐと、シルラスさんも「そうだったのか」と喜色をまぜた声音で納得を返してくださる。
お互いに雰囲気をあたためたところで、改めてまずはと感謝の言葉を紡ぐ。
「改めまして、素敵な共闘をしていただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、兄君と共に戦えたことを、嬉しく思っている。ありがとう」
『ありがとう~~!!!!』
『ありがとう~!!!』
お互いのそばにいる、小さな精霊さんたちまで可愛らしく交し合う感謝に、そろって思わず小さな笑みを零す。
楽しさまで満ちる中、いかにシルラスさんの弓の腕前が凄いと感じたのかを伝えたくて、高揚感と共に口を開いた。
「共闘の間、シルラスさんの戦いかたを拝見しておりましたが、本当に飛んでいく矢の全てが魔物たちを射抜く様は、とてもかっこよかったです!!」
「それを言うのなら、兄君のあの雷の矢の魔法も、とてもかっこよかった。あの魔法は何度見ても目を奪われる、素晴らしい魔法だと思ったほどだ」
「おや! そう言っていただけますと、今日の大規模戦闘のためにと、新しく創り出したかいもあったと言うものです!」
「なるほど。新作の魔法だったのだな?」
「えぇ!」
「実は私が使っていた、放った矢に追従する風の矢も――」
――そうして、声音を弾ませ、あるいは表情をなごませて、お互いに戦法や技術や魔法について称え合う時間は、またたく間に過ぎて行き……。
あやうく忘れかけていた、新作の腰飾りをさっそくお買い上げくださっていたことへの感謝を、しっかりお伝えした、その直後。
パァッとそばの窓から射し込んだ、薄青色の夜明けの光に、過ぎ行く時間に関しては、すっかり把握し忘れていたことに気づかされた。
「――おっと。すみませんシルラスさん。ずいぶん長らくお引止めしてしまったようで……」
「いや、こちらこそ時間の確認を失念していた。兄君はそろそろ夕食に?」
「はい。シルラスさんも空に戻るお時間でしょうか?」
「あぁ。そのつもりだ。……名残惜しいが」
「えぇ……名残惜しくはありますが、通信はこれにてお開きといたしましょう。シルラスさんとたくさんお話ができて、とても嬉しかったです! ありがとうございました!」
「こちらこそ、本当に楽しい時間だった。この後もお互いに、イベントを楽しもう」
「えぇ! 引きつづき、創世の女神様のご武運を!」
最後にお互い微笑みを交わし、通信を切って石盤を消す。
存分に健闘と称賛の言葉を伝えることの出来た満足感に、微笑みを深めたのち。
素早く各種魔法を解除して小さな多色と水の精霊さんたちを見送り、ベッドへと横になって現れたばかりの小さな光の精霊さんを含む、五色の精霊さんたちとまた遊ぶ約束して――夕食のためのログアウトを呟いた。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。




