三百六十一話 掘り出し物があるらしい
神殿から出る手前で、小さな光の精霊さんとまたねを交わし、小さな闇の精霊さんを頭に乗せて、外へと踏み出す。
見上げた空は小さな光と闇の精霊さんの交代が示す通り、夜のはじまりを感じさせる宵の口の、暗い青色に染まっていた。
大通りの端、神殿の入り口の横でたたずみ、のんびりと夜空を見上げながら、ほぅと吐息をつく。
神殿でのお祈りを神々へ捧げる合間に気づいたのだが……どうやら予想以上に、大規模戦闘での一時間の連戦は疲労感をもたらすらしく、まだ少しその感覚がぬぐえない。
もしかすると、創世の女神様はこの状態になることが分かっていたから、連戦可能な時間を一時間までと区切ったのかもしれない、とさえ思う。
まぁ、残念ながらそのあたりの真相を解明することは、簡単ではないのだろうけれど。
何はともあれ、疲労感が消えないまま無理に戦闘を再開する気はない。
――もう少し、ゆっくり過ごしてから、また戦闘を楽しめば好いのだから。
さいわい、この時間はまだ各種施設があいている。
となるとこの後は……。
「……そう言えば、あのウワサ話は以前から少々、気になっていたのですよね」
『うわさばなし????』
「はい。このトリアの街中で偶然聞いた、掘り出し物があるらしい、と言うウワサ話です」
『ほりだしもの!!!! わくわく!!!!』
小さな四色の精霊さんたちへと説明をしながら思い出すのは、トリアの街中にあふれる雑談の、その一つ。
いつかの日に、街中のノンプレイヤーキャラクターのかたが語っていた、この街には職人が多いため、実は掘り出し物の商品があるのだと言う、真偽不明のウワサ話だ。
ちょうどのんびりしようと思っていた時に、このウワサ話を思い出したのは、間違いなく良いタイミングと言えるだろう。
と言うことで――この後は、ウワサの真偽をたしかめに、商人ギルドで他のかたの商品を拝見することに、決定だ!
小さな四色の精霊さんたちに視線を向け、イタズラめいた微笑みをうかべる。
「と言うことで、みなさん。ウワサ話をたしかめに、商人ギルドの商品売り場へまいりましょう!」
『はぁ~~い!!!!』
ぽよぽよと、楽しげに跳ねる精霊さんたちに笑顔を返し、さっそくと大通りをギルド通りに向けて進んで行く。
すぐにたどり着いた商人ギルドの隣に建つ建物が、私やアトリエのみなさんのような職人や商人たちが、商人ギルドにお届けする商品を売っている、商人ギルド所有の広いお店だ。
宵の口のこの時間でも、商品を求めてひっきりなしにお客さんが出入り口を行き交う様子を少し眺め、するりと扉をくぐって店内へ。
『いらっしゃいませ!!!』
とたんに響く店員さんたちのさわやかなあいさつに、そっと会釈を返しながら広い室内を見回す。
奥のお会計の場をのぞき、左右の壁側どころか出入り口の隣にまでさまざまな商品が並ぶ光景は、なかなかに好奇心をくすぐられる。
剣や杖などの武器に、煌く装飾品、衣類、ポーション、日用品……。
視線を巡らせてザッと眺め、試しに目についた、どこかで見たことがある気がする剣のそばへと歩みより、商人さんか店員さんが書いたのだろうとおぼしき説明書きを読んで――思わず二度見した。
[シードリアの名工 ドワーフのドバンス作]
説明書きの最初に書かれたその一文は、じっくり二回読んでも、たしかにアトリエ【紡ぎ人】のお仲間である、あのドバンスさんのお名前が書かれている。
――まさか、パルの街ではなくトリアの街に、ドバンスさんの剣が売られているとは!
驚きつつ、もしやと頭を過ぎった予感に従い、ゆったりと他の種類の商品を拝見しながら確認してみると、予想通り装飾品にはノイナさんの作品が飾られており、衣類にはナノさんの、ポーションにはアルさんの作品が、商品棚に並べられていた。
それだけならばまだ、さすがはアトリエ【紡ぎ人】のみなさんだと、商人さんの説明書きを楽しみつつ、純粋にフレンドさんたちの素晴らしさに感動することができたのだが……。
『しーどりあのだ~~!!!!』
「えぇ……私がつくったポーション、ですねぇ……トリアの街で売る、と言ったお話を、フィードさんからうかがったことは、なかったと思うのですが……」
――自身の作品までこの場にあると言う点には、疑問と戸惑いを感じずにはいられない。
ふわふわと、私がつくったポーションの近くへ移動して、嬉しげにそれぞれの色を明滅させている小さな四色の精霊さんたちは、たいへん可愛らしいのだけれど。
……それはそれとして、やはりフィードさんはあなどれない、としみじみ思う。
いや、あなどったことは、一瞬たりとてないのだが。
もはや反射的に、内心で改めて銀の商人さんの凄腕な印象を、さらに引き上げていると、すすすっといつの間にかそばによってきていらしたエルフ族の女性店員さんが、にこりと綺麗に微笑んで口を開いた。
『たいへんご好評です。ぜひ今後とも、美味しいポーションを商人ギルドへお持ちいただければと……』
「え、えぇ。その予定です」
『ありがとうございます!』
どうやら、さきほどの四色の精霊さんたちとの会話を、しっかりと耳に入れてくださっていたらしい。
唐突な出現に内心動揺しつつも、微笑みに反した切実な眼差しになんとか肯定の言葉を返すと、目の前でぱっと眩い笑顔が咲いた。
そのまますすす……と嬉しげな表情で下がっていく姿を見送り、やはり商売人はしたたかなかたが多いのだなぁと、妙に一人納得する。
素直に凄いと思いながら、そろりと視線をポーションの商品棚へと戻したところで、ぱちりと緑の瞳をまたたいた。
ポーションが並ぶ棚の、一番端。
ひっそりと棚に並ぶ、[製作者不明]と説明書きに書かれたその小瓶に入ったポーションの色は、どう見ても……美しい星空色。
この色のポーションは、私が知る中ではただ一つ、ノクスティッラを素材に使う、あの夜闇ポーションのみ!
この街に住む錬金術師のお爺様がおつくりになられた、珍しいポーションであり、私とアルさんが共同で名前をつけたこのポーションが、製作者不明などと書かれて何やら怪しげな雰囲気をかもしだして売られている、と言うことは。
これはおそらく、錬金術師のお爺様の商品なのだろう。
きっとそうに、違いない。
……と言うことで。
せっかく見つけたのだから、こちらは買っていこう!
そっと星空色のポーションを手に取り、奥のカウンターへと向かい、お会計をする。
「さすが栄光なるシードリアのお客様。なかなかお目が高い! これはとても希少なポーションなのですよ!」
お会計中、さきほどのエルフの店員さんが声音を弾ませてそう紡ぐのに、そうだろうなと思いながら、凪いだ心でうなずきを返す。
そしてはたと、こういった商品が、いわゆる掘り出し物なのだと察して――つい好奇心を秘めた笑みを、口元にうかべる。
どうやらウワサ話は真実だったらしいと、確信をいだきながら。




