三百五十六話 大規模戦闘、開始!
※戦闘描写あり!
高所特有の吹き抜ける風に、水色のローブと金から白金へと至る長髪をゆらしながら、この浮遊大地にもかわらず等しく降り注ぐ眩い朝の陽光を浴びて、その時を待つ。
石盤に現れたカウントダウンの数字は、古い時計がその秒針を刻むように、徐々に切り替わっていき――最後に[開戦]の文字に移り替わり、石盤ごと消えた。
「我が盟友に勝利を!」
優しげながらも凛と響いた若い青年の声につづき、「勝利を!」とトキの声が上がる。
右側に整然と並んでいた、攻略系のかたがたとおぼしきその集団の戦意を宿した叫び声に、後方からもやる気に満ちた声が次々と響いた。
戦場での士気の上げかたまでご存知とは、さすがは攻略系のかたがただと、思わず感動が胸をつく。
戦意と高揚が広がった丘の上で、同じように意気込みながら、不敵な笑みをうかべなおし――。
「僕につづけ!!」
そう再び響いた青年の声と共に、右側に整列していた一つの集団が、一気に丘を駆け降りはじめた。
同時にタッと軽やかに駆け出し、私もその動きにならう形で、前方の平地でうごめく多様な魔物たちへと向かって直進する。
最前列だったこともあり、私の左右にいたシードリアのかたがた共々、あっという間に赤を混ぜた黒霧――穢れをまとうスライムや兎、狼やクマの姿の魔物たちの姿が、目前となった。
『しーどりあ、ぼくたちも~!!!!』
「えぇ! 共闘をお願いいたします――〈フィ・ロンド〉!」
肩と頭の上にぴたっとくっついてくれていた、小さな四色の精霊さんたちが上げた声に応じ、《隠蔽 五》によるかくれんぼを心の中でお願いしながら、精霊のみなさんと事実上の共闘を可能とする精霊魔法を詠唱。
ふわりと肩と頭の上を離れた四色の精霊さんたちが、頭上で円を描くと共に、かくれんぼをしたまま共闘のために現れてくれた精霊さんたちの精霊魔法が、次々と魔物たちへと放たれた。
見事な先制攻撃の集中砲火を受け、かつてエルフの里の森で戦った、額に角を生やした灰色の狼の魔物たち……懐かしのホーンウルフたちは、たちまちつむじ風となってかき消える。
今の精霊さんたちの強さならば、さもありなん、と言うものだろう。
一瞬で終わった戦いの結果に納得しつつも、走る速度はゆるめず、魔物たちの間をさらに駆け抜けていく。
そうして、後方のかたがたにも場所をゆずるためにと、右側の攻略系集団のみなさんと並んで中央付近まで進出した結果、今や周囲を埋めつくす魔物、魔物、魔物……時折シードリア、という状況に、思わず苦笑が零れた。
正直なところ、もはや狙い撃つ必要もないほどで、他のシードリアのかたの獲物をうっかり倒してしまわないよう、気をつけるだけで十分だと思う。
あまりにも周囲でうごめく魔物の多さに、これがいわゆる千客万来……と刹那の現実逃避をしかけて、ここからが本番なのだと瞬時に意識を引き戻す。
道中でも、精霊さんたちの精霊魔法は主に前方の魔物たちに突き刺さっていたが、私自身はまだ、一度も魔法を当てていない。
思い切り戦うことの出来る場所と状況を、せっかく整えたのだから――この先は、全力で戦いを楽しむとしよう!!
刹那に意気込み、集中。
低いうなり声と共に右側から振り下ろされた、穢れをまとうフォレストベアーの腕を難なく避け、左側からにじりよってきたフォレストハイエナの群れを見やり、口角を上げる。
あぁ――まずは周囲を、一掃しよう。
そう思考した次の瞬間には、半ば反射的に、隠していた二つのオリジナル魔法、〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉と〈オリジナル:麻痺放つ迅速の並行雷矢〉を二段階目に移行。
鋭い石の杭と多くの雷の矢がまたたく間に放たれ、二種の魔物たちを消し去った。
『しーどりあ、つよ~いっ!!!!』
「ありがとうございます。みなさんもとてもお強いので、頼もしく感じております。私も魔物たちを殲滅できるように、はげみますね」
『うんっ!!!! いっぱいたたかう~~!!!!』
頭上で円状に並びうかぶ、四色の精霊さんたちと言葉を交わして、互いに戦意を高めながらも、〈オリジナル:吹雪き舞う毒凍結の花細氷〉を発動して周囲の魔物たちを毒と凍結状態にして牽制。
〈オリジナル:残痕刻む雷花水の渦〉も加えて、麻痺と毒と感電効果を存分に周囲へと刻みつける。
さいわい、この近くにいる魔物のほとんどは、パルの街周辺のフィールドにいた魔物たちであり、単純に数が多いだけでは、まだまだ苦戦を強いられるような状況にはならない。
少しばかり周りの地面がひらけたことで、お次はと天空を見上げる。
緑の瞳に映った空は、黒々と空中を舞い飛ぶ魔物たちに埋めつくされており、隙間からまるで木漏れ日のように、朝の陽光が射し込んでいた。
地上の魔物たちの群れに突っ込んでから、ずいぶん周囲が暗いとは思っていたが、たしかにこれほどまでに陽射しをさえぎられては、暗く感じるのも当然だろう。
これはこれでなかなかに威圧的だと思いつつ、ひとまず頭上にも試しに、〈オリジナル:昇華一:無音なる風の一閃〉と〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉を同時に放ってみる。
一瞬で空へと飛来した風の一閃と雷光の一閃は、距離的にはるか天空の敵には届かないかと思いきや、不思議とまたたく間に翼をもつ魔物たちへと届き、閃いた。
つづけて、他のシードリアのかたが放ったとおぼしき魔法もしっかりと魔物に届いている様子を見て、なるほどとうなずく。
どうやら、魔法を天へと放てば、天空の魔物へと届く仕様になっているらしい。
これもまた、ある意味では創世の女神様の守護のおかげ、と解釈しても好いだろう。
「……これはぜひとも、ご期待に応えたいものですね」
小さく呟き、決意を新たにして。
トンっと地面を蹴り、ふわりふわりと魔物たちの頭上を飛び越え、あるいは横をすり抜け、さらに奥を目指す。
女神様の守護は、魔物からの攻撃を無効化すると公式情報でも書かれていたため、もう少し強い魔物たちを相手にしても、おそらくは問題なく戦うことが可能なはずだ。
その魔物たちがいる場所を、私の戦場にしよう。
不敵な笑みを深め、上品に優雅に美しく、地を蹴る。
踊る心はそのままで好い。
――大規模戦闘は、まだはじまったばかりなのだから!




